心当たりがあり過ぎる
「これは何ですか?」
手のひらの上に乗せられたキラキラ光るものを見下ろしながら、ヘレナはそう質問した。
「これはね、あなたを守る為に作らせた、アクセサリーに模した魔道具だよ。魔道具師に大急ぎで作らせたんだ。肌身離さず身につけてて欲しい」
「・・・」
ちょっとだけ不安がよぎる。
こんな綺麗なものを貰えたのは嬉しい。
しかも嵌め込まれているのは、ユスターシュの色、灰色の宝石だ。
でもなぜ守る?
なぜ肌身離さず?
今の自分は、そんなに危ない目に遭うという設定なのだろうか。
「3日間、外に出ないでくれてありがとうね。本人は王城に押しかけて来てるけど、手下をどこに潜ませてるか分からなかったから」
「・・・」
出・没。
出た。出ましたよ、何だか物騒な言葉が。
出没とは穏やかでない。一体なにが出て来るというのだろう。まさかゴッキー・・・
「うん。今から話すよ。取り敢えずお守りは手に入ったし、いつまでもあなたを屋敷の中に閉じ込めてる訳にはいかないから」
「・・・はい」
「実はね、あなたに会わせろって大騒ぎしてる奴がいてね」
「・・・大騒ぎ、してる奴」
という事は、ゴッキーではない。
「うん、ゴッキーではないね。でもほら、この婚約は王命でしょ。それに私とあなたは誰も引き離す事が出来ない番同士だって発表してるのに、ピーピーピーピーうるさい奴がね」
「・・・ピーピーピーピーうるさい」
「オマケにそいつの言うことがまた馬鹿すぎてね。
真に受けて罰する方が心が狭いんじゃないかって思っちゃうくらい」
「・・・言うことが馬鹿すぎる」
・・・心当たりがありすぎるんですが。
もしや。
もしやここ3日、ユスターシュの帰りが遅くなっていたのは。
しかも思いっきり疲れていたのは。
「そう。例の、あなたが縁談から逃げたがってた・・・」
やっぱりロクタンですかーっ!
「・・・で、このイヤリングね。これは装着した人がイメージした音を実際に作り出してくれるんだ」
「へ? 音を何でも、ですか?」
「そうだよ。爆発音でも猫の鳴き声でも、あなたが想像した音なら何でもね。ただし3回までだ」
回数制限付きか。それでは遊びて試してみる訳にはいくまい。
「イヤリング一つにつき3回だから、両耳に着けたら合計で6回音が生み出せる」
おおう、なんとファンタジーな魔道具だ。
「そしてこっち。この指輪は、思った方向に障壁が作れる」
「障壁?」
「そう、いわゆるバリアだね。透明で硬い膜を張り出して自分と相手、もしくは危険物との間を遮れるんだ」
そう言って、ユスターシュは灰色の石が嵌め込まれた指輪を、ヘレナの右手中指にそっと嵌めた。
「・・・なぜ右手なんですか?」
「ヘレナの利き手でしょ? 咄嗟の時に出るのは、その人の利き手の方だと思って」
なるほど。
それは確かにそうなのだけれど。
「・・・ヘレナ?」
ユスターシュさまから貰った指輪だから、本当は左手のくすり指に嵌めたかったなぁ、なんて。
「・・・っ」
ぶわっとユスターシュの頬が染まる。
「・・・っ、えっと。その、婚約指輪と結婚指輪は今、今、準備してるところだから・・・っ! そっちはちゃんとくすり指に、着けてもらうから!」
「・・・あ」
そっか。
これは婚約指輪ではないのか。
「そう! それは、ほら、お守り、お守りなんだよ」
・・・お守り。
なら、右手でも仕方ないのか。
でもこれ、すごく綺麗なんだよね。ユスターシュさまの色だからか、特別感があるし。
「・・・ありがとう。それ、グレーダイヤモンドなんだよ」
・・・グレーダイヤモンド。
そんな宝石があったんだ。初めて見た。
ヘレナは、右手を持ち上げ、そっと灯りにかざした。
ユスターシュの色の宝石を付けた指輪は、照明の光を反射してキラキラと輝いている。
・・・この魔道具があれば、ロクタンが何か仕出かしても返り討ちにしちゃえるかもしれない。
「でね、こっちのペンダントはね・・・」
ユスターシュの説明は続く。
だがヘレナは、地面でぐったりと伸びているロクタンを見下ろしながら、ほーっほっほっと悪役のような笑い声を上げる自分を想像して、(闘ってもいないのに)勝利の気分を味わっていた。




