プラス、マイナス
ユスターシュの屋敷に引っ越した翌日、ヘレナは朝食後に執事のテオから屋敷の案内の申し出を受ける。もちろん有り難く案内してもらった。
ユスターシュの屋敷は大きすぎず、小さすぎず、程よい広さである。これなら、どこに何の部屋があるのか直ぐに覚えられそうで、ヘレナは安心した。
実はヘレナは、ちょっとばかり方向音痴なのだ。故にこのお気楽な広さはプラスポイント10点となる。
そう言えば、ご飯も美味しかったから更に10点プラスだ。
今日の朝食メニューを思い出し、幸福に浸るヘレナ。しかも夕食はハンバーグである。
朝起きても、朝食作りや洗濯などに走り回らないでいられるとは、なんという贅沢だろうとヘレナは感動する。これはもう100ポイントプラスで良いだろう。
普段であれば、朝起きたらまず庭に作った畑に向かっていた。
そこで何がしかの野菜をゲットして、鶏が産んだ卵を格闘の末にこれまたゲットして、麦粉に水を入れてコネコネして焼く。
時間があれば仕事前に自分用のお弁当も作るが、洗濯もあるから、これがけっこうギリギリだったりする。
そういう時は野菜のどれかを一つ丸のまま持って行くのだ。
・・・そう言えば、それを見たハインリヒたちが気の毒がって、食堂で昼食を奢ってくれたんだっけ。
きゅうり一本をお弁当袋から取り出したヘレナを、ハインリヒたちが何とも言えない目で見つめていた。今となっては懐かしい思い出だ。
それがどうだ。今はなんと、コックさんがいる家に嫁に来てしまった。他に執事やメイドもいる。
いや、まだ婚約者だから嫁ではないけれど。でも番だから、そういう気分でいても良いのではないだろうか。
そんな事を考えているうちに、屋敷内の案内は終わり、今度は庭へと案内される。
日当たりが良い庭、少し離れた所には温室が見える。あれなら季節外れの野菜とか果物とかも育てられるわね、などとヘレナは密かに考えた。
だが、残念なことにユスターシュの屋敷の庭には野菜などを植えている様子はない。
やはりお金があるからだろう、買えば済むのは確かなのだが、でもやはり採れたてはすごく美味しいし、化学肥料とかの余計な心配もしなくて済むのに、なんて思うとちょっと残念だった。マイナス5ポイントだ。
しかしここでヘレナは、ぴこんと閃く。
もう図書館に働きに行かないのだ。つまり時間がたっぷりある。ならばならば。
この広い庭で、好きなだけ畑仕事をすれば良いではないか。
ユスターシュにも採れたての野菜や果物を食べさせてあげられる。余った土地も有効活用出来る。素晴らしい、これぞ一石二鳥。
ヘレナは、案内役として前を歩くテオに意気込んで声をかけた。ここを全部畑にして良いですか、と。
「・・・」
テオはにっこりと笑った。
だからヘレナも良い返事を期待したのだ。なのに。
庭の端っこの一画を、ちょこっと貰えただけだった。しかもそれ以外の場所を勝手に耕しては駄目ですよ、とステキな笑顔で念まで押されてしまった。
・・・マイナス1ポイント。
まあ、貰えたのは1番、日当たりの良い場所ではあったのだけれど。
だからプラス5ポイント。




