黒薔薇、再び
「ねえ、テオ。今日の夕食はハンバーグにしてもらいたいんだ。コックにそう伝えておいてくれるかい?」
番としてユスターシュの屋敷に来た翌日。初めての2人での朝食の席のことだ。
執事に向かってそんな嬉しい事をユスターシュが言った時、ヘレナは卵料理を頬張っている最中だった。
卵の火の通し加減が絶妙、さすがプロの料理人は違うな、などと考えていたヘレナの眼は、「ハンバーグ」のひと言にキラキラと輝いた。
何故か分からないが、ヘレナは朝起きたら無性にハンバーグが食べたい気分になっていたのだ。
まさかユスターシュも同じだったとは、なんと奇遇なことだ。
これぞまさしく、以心伝心というアレだろう。
そう思って感謝を込めて見つめれば、ユスターシュはにこりと微笑みを返した。
ヘレナは頷く。
分かっている。
自分も番の端くれ。あれはきっと、「私たち好みの食べ物も同じなんだね」と言っているのだ。
「・・・」
無言で微笑むユスターシュに、ヘレナもまた自信満々に微笑みを返す。
何も言わなくても気持ちが伝わるというのは素晴らしい事だ。特に食事中に便利なスキルだとヘレナは思う。
口の中に食べ物がある時に話すのはマナー違反、だがユスターシュ相手に限ってはその心配もない。
もぐもぐしながら思う存分、会話が楽しめるのである。ああ素晴らしい。
「いやそれは駄目」
と思っていたら、いきなりのダメ出しである。
どうして?
「そのやり方だと、側からは私だけペラペラ喋るイタい人に見えてしまうし、そもそも私が食事出来なくなるだろう?」
おお、なるほど。確かにそう見えるかもしれませんね。
「・・・ヘレナ?」
「は、はいっ、分かりました」
ついうっかり、そう、ついうっかりだ。
また心の中で返事をしてしまったのだが、ユスターシュは黒い笑顔で微笑みかけてきた。圧が怖い、王族の圧、凄い。
「それにね、ヘレナ」
「・・・なんでしょうか」
カトラリーを一旦皿の上に置き、ユスターシュは手を組むとヘレナをじっと見つめた。
その視線に、ヘレナは思わず頬を赤らめる。
なんだろう。心の声を聞かれるよりも、ただ見つめられるだけの方が恥ずかしく思うのは。
その声が聞こえたのか、ユスターシュはふ、と笑う。そしてこう言ったのだ。
「・・・私だって、ヘレナの声が聞きたいんだよ?」
「・・・へ?」
「ヘレナは楽できて良いって言うけどさ、その方法だと、私の方はあなたの声が聞けなくなるってこと、気づいてないの?」
「あ、えと、でも」
「そりゃあね、心の声もあなたの声には違いないよ? けどね、実際の声と心の声とでは響きが違うんだ。心の声は少しくぐもった感じで頭に直接響いてくる。
私の耳に直接届くのは、あなたの本当の声だけ。それが聞けないのは・・・寂しいな」
ユスターシュはこてりと首を傾げる。
中性的な美形のユスターシュは、そんなポーズも様になる。うう、カッコいいです。
ここで更にユスターシュの笑みが深まると。
あああ、生えて来ました。ユスターシュの後ろに生えて来ましたよ。にょきにょきと、わさわさと。
ユスターシュは一瞬、ぴくりと肩を揺らすが、果敢にもそのまま言葉を継いだ。
「だから・・・ね? なるべく言いたい事は口に出して言ってね?」
「ひゃ、ひゃい!」
再び出現した黒薔薇に囲まれ、にこやかに笑うユスターシュは、とても妖艶で、とても美しかった。
それはもう、胸がドキドキして苦しくて息も出来なくなるくらいに。
・・・いえそれでも、朝食はちゃんと完食しましたけどね。




