夢はハンバーグ
今は夜。
ユスターシュは窓際のカーテンを開け、夜空に輝く三日月を見上げていた。
今日は、念願の婚約者を家に迎えた日。
そして、抱えていた秘密の幾つかを明かす事が出来た日だ。
カツラを被ってジュストと名乗っていたこと。
裁定者の主な能力を打ち明けたこと。
能力が発現するきっかけとなった暗殺未遂事件のこと。
その度に驚くヘレナだったが、どうにも抱く感想がいちいち微妙にズレていたのが面白かった。
「・・・私なら、ヘレナが海で漂流していても見つけられるのか」
この能力を、そんな風に言ってもらえたのは、初めてだった。
5歳の時に裁定者としての能力が発現したのは、たぶん仕方のない事だったとユスターシュは納得している。
それでその後のユスターシュの人生が灰色の道に落とされたとしても。
なにせあの側妃は、王子全員に毒を盛ろうとしていたのだ。
もしあの時、何も知らず何も対策をせずにお茶会に参加していたら、ハインリヒが抵抗したとして、それでも最悪の事態を避けられたとは明言できない。
何かの形で王家の直系は途絶えていたかもしれず、最悪、正妃の母国と戦争が起きる可能性だってあった。
・・・そう、だから仕方ない。
人が隠しておきたいと思う部分を、容赦なく見せつけられるとしても。
それを敢えて暴かざるを得ない立場に立たされたとしても。
仕方なかったのだ、そう思うしかない。そう思わなくてはやってられない。
頭の中に他者の悪意ある言葉が飛び込んで来るたび、人の意外な内面を突きつけられるたび、そんな風に自分に言い聞かせてきた。
沢山いる王族の中で、なぜユスターシュが裁定者となったかは分からない。
1番年下で、裁定者として長く働けるから?
何か波長の様なものが合った?
それとも、単に素養の問題なのか?
幼ければ幼いほど、能力をコントロールしやすいとか?
詮ない事と知りつつ、それでもどうしても色々と考えてしまう。
なぜ自分だったのか、兄たちの一人でも良かったではないか。何故どうして、と。
・・・まあ、裁定者が選ばれる仕組みは今でもよく分かっていないから、そんな事をボヤいても今さらなのだけれど。
救いは、王家に代々受け継がれて来た『裁定者の書』の存在。
裁定者以外には理解できない孤独や苦悩、それに能力そのものの使い方、コントロールの仕方などが細々と綴られていた。
ユスターシュはそれを読みながら、必死に力の制御を学んだのだ。
お陰で今は、能力を自由自在に操れる。人の思考を覗く事への苦悩とも折り合いをつけた。
それでも、あの日からずっと、ユスターシュは孤独だった。
相談したとして分かってはもらえない。むしろ打ち明ければ、却って相談相手の恐怖を煽るだけだろう。
本来なら黙ってさえいれば隠せる人の本心を、勝手に覗き見てしまう存在など。
だから仮面のように微笑むしかなかった。
つまらなくて、寂しくて、悲しくて。
ずっと、そうずっと。
ああ、でも。
「・・・でも、私はヘレナに出会えたからね」
あの日、回廊でヘレナを見かけた時、自分はどれだけ驚いたことだろう。
その一瞬で心を奪われてしまったなんて、きっとあなたは想像もしないのだろうな。
きっと私は、それまでの歴代の裁定者たちよりずっと幸せだ。
彼らは見つからなかった。見つけられなかった。
どんな手段を使っても側に置きたいと願う程の存在を。
裁定者の主な能力、つまり人の心が読めること ーーー それはとても厄介な能力だ。
裁定者の力について、王家が敢えて『神の目を持ち相手の意図の善悪を見極める』などとぼかしているのはそのせいだ。
意図の善悪、そう言われれば相手側の恐怖も少しは抑えられる。少なくとも良い意図を持っている者たちは裁定者の目を避けようとはしない。
これで国民からも恐怖の目で見られたら、ユスターシュだって耐えられないと思う。
・・・まあこんな、人に一番嫌がられそうな能力、重宝してくれるのはヘレナくらいだよね。
ーーー 便利ですよね
ふた心なく、この厄介な能力をそう言ってのけたヘレナの笑顔は、本当に、本当に眩しかった。
喋るのを面倒がって、さあ読めと言わんばかりに心の中でユスターシュに語りかけてくる。
「・・・本当、変わった子」
ユスターシュは続き扉へと視線を向ける。
今は鍵がかかっているその扉。それを開ければ、そこにヘレナがいるのだ。
『番』などとでっち上げてまで、手に入れようと思った子。
彼女は今、ハンバーグの夢を見ている。