ロクタン、眼鏡を手に入れる
ヘレナは今頃、花嫁衣裳の着付けをしているのだろうな。
普段は薄化粧しかしない彼女が、美しいドレスを纏い、髪を綺麗に結い上げ、化粧を施した姿はきっと・・・うん、さぞかし・・・
「顔がにやけてるぞ、ベスト」
結婚式当日、会場入りを前にして幸せな妄想に浸っていたユスターシュは、空気を読まないロクタンのひと言で現実に引き戻される。
今、彼の隣にいるのはヘレナではなくロクタン。そう、最後のひと仕事の真っ最中である。
「いい加減、ちゃんと名前を憶えてくれないか、ロッ・・・クタン」
「大体あってるだろう? ならいいじゃないか」
「大体どころか全然あってないから、ちゃんと覚えろって言ってるんだけどね」
んん? そうか?と首を傾げるロクタンとユスターシュは、本日式を挙げる大会堂の上方にしつらえた秘密の小部屋にいた。
その部屋には片側からのみ透明のガラスがはめ込まれており、誰にも気づかれずに入り口付近を見渡せる仕様になっている。
入堂時のチェックなどの際、裁定者であるユスターシュが頻繁に使用している。
そんな部屋に今回ロクタンがいる理由は、ユスターシュが彼にある事を依頼したから。
「そろそろ客人たちが来る頃だ。ロッ・・・クタン、頼む」
「あいつらを見ればいいのか? ・・・どれどれ」
ユスターシュの言葉を受け、参列客として現れた集団を上方からさっと見渡し、ロクタンはひと言「いないな」と言う。
そんなやり取りが暫く続いた後、ロクタンは一人の男性を見て「あいつ」と呟いた。
「あいつは城で見た事がないぞ」
ロクタンが指したのは、プルフトス王国から来た使者たちの1人。
代表である王太子と共に来城し、国王にも謁見済みだ。もちろんユスターシュも顔を見ている。
ユスターシュからすれば城で挨拶した男と全くの同一人物に見える。だがロクタンは、違うと言った。あの男を見るのは初めてだと。
確認の為、ユスターシュは能力を発動し、ピンポイントでその人物の心を読む。
遠くからでも、力を使う範囲を狭めれば負担はあまりかからない。そういう意味で、ロクタンによる人物指定は大助かりだ。
そうして男の心を読んでみれば、ロクタンが正解だった。そう、あの男は使節団の一人に見せかけた別人だった。
「・・・なるほど」
同時にその男の目的を知り、ユスターシュは今後の計画に少しばかり変更を加える。
何はともあれ、今日の式には影響なさそうだ。
ユスターシュは息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。
「ロッ・・・クタン、もういいよ。眼鏡をつけて休むといい」
「っ、そうか!」
ロクタンは喜色満面で懐から眼鏡を取り出し、すちゃ、と装着する。
一見すると普通の眼鏡。
だが、両側のヨロイ部分が大きめに作られており、そのどちらにも魔石が嵌めこまれている。
つまりは魔道具だ。
「私からのプレゼント、気に入ったみたいだね」
ものすごいスピードで眼鏡をかけるのを見て、ユスターシュが笑いを堪えつつ言う。
ロクタンはぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。
「ああ。これをつけてると、いつもみたいにすぐ眠くならないし、ぼーっともならなくて楽なんだ。なんと昨日は、夜の9時まで起きていられたんだぞ。しかも今朝は10時に起きられた。すごいだろう!」
「そ、そうか、それは何よりだ」
正直言って、朝の6時に起きて夜の12時近くまでは大抵起きているユスターシュには、どこに同意したらいいのかちょっとよく分からない台詞だ。
だが、ロクタンはいつも夜の8時前には眠くなり朝は昼過ぎまで起きられないらしいから、たぶん大きな違いなのだろう。
つけ始めてたった1日だが、効果は既に出ている様だ。
この眼鏡は、昨日ロクタンの両親が王城に来た時、つまりレオーネ姫の縁談の話をした際に、ロクタンの手元に渡るようユスターシュが手配したもの。
軽度の認識阻害の魔法が組み込まれた眼鏡で、ただし効果は相手側ではなく装着した本人に向かうという特殊仕様、つまりはロクタン専用にあつらえた魔道具だった。
ロクタン本人に軽く認識阻害をかける事で、視覚からの過度な情報流入を防ぐのだ。
「その魔道具を使っていれば、たぶん普通に寝て起きる生活ができると思うよ」
あとは、急に眠くなったり、耳からの情報に意識が回らなくなったりとかも減るかもね。
「おお! そうか!」
ロクタンは素直に目を輝かせた。
なんでも、彼はいつか夜食を食べるのが夢だったらしい。
けれど、どうしてもその時間まで起きていられなかったのだとか。
「ついに夜食が食べられるのだな!」
大喜びのロクタンを見て、ユスターシュはさもありなんと笑った。
それだけ彼が目から取り入れる情報が脳に負担をかけていたという事だ。
ロクタンを見て気づいた、彼の眼から入った情報の異常なまでの正確さと鮮明さ。そしてそれら情報の蓄積量。
視覚映像に限って言えば、生後まもなくと思われるものまで彼の頭の中に正確に残っている。
耳からの情報がほぼスルーされる事と、極端に多い睡眠量、そしてヘレナやユスターシュの変装を変装とも気づかずに見破った事などから、ロクタンが視覚識別および認知記憶に特化した能力があるのでは、との仮定に至った訳だ。
そして、それが正解だと証明された今、ユスターシュは彼を側近として近くに置こうと考えている。
そうなれば当然、ロクタンをライオネス国に婿に出すという選択肢は消える訳で。
・・・でもな。
国外から王女を迎える先の家としては、伯爵家だと弱いんだよね。
あちらは気にしないだろうけど、せめて侯爵家くらいにはなってもらおうか。
そのお礼は、働いて返してもらえばいい。
脳のキャパオーバーが治れば、私の名前もちゃんと覚えられるだろうし、たぶん話も前よりは通じる様になるだろう。
などと算段をつけながら、ユスターシュは席を立った。
プルフトス国からの謎の入国者。
最後の懸念だったが、ロクタンの協力で不安も消えた。
残るはお楽しみだけだ。
そう、遂に迎える結婚式結婚式(大事だから2回言う)である。




