表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

九時間目 cuz she allay so

 「cuz she allay so」


 昔見た英文の一節だ。直訳すれば「彼女はそのように和らげるから」という意味になるだろうか。この後に続くのはkneeだったと思う、膝だ。膝を柔らかくするなら準備運動かもしれない。


 いずれにせよこの英文は何故か覚えているというだけで意味についてはあまり考えたことはない。


 語感と直訳程度の意味だけをぼんやり考えていると何故かいつも同じような風景が目に浮かぶ。僕が勝手にイメージしているものなので、英文とイメージに相関関係はあまりない。だがどうしてもその風景を思い出してしまうのだ。


 その風景の中で、僕は学校の外周を囲む道路の一角にいる。学校には裏山があり、裏山と学校の間の道路は民家もほとんどなく通学する児童もいない。そこに僕がいるのだ。


 僕は何をしているかというと、学校を見ている。この位置からだと奥に校舎の裏が見えており、手前にはプールがある。今時の学校では紳士のみなさんへの対策のためプールには目隠しの壁があるはずなのに何故こんなに詳しくわかるかというと、その風景に登場する学校は僕の母校だからだ。


 正確な時間はわからないものの、昼間ではある。授業もまだやっている時間だ。児童たちがプールの授業を受けている。


 健康的な小麦色の背中。少しズレると眩いくらいの白さも垣間見える。その生命力とは対照的に無機質に焼けたコンクリートや誰もが登りたくなるようなフェンス。視線をわずかにずらせば真夏の太陽に照らされ鋭利な光を反射する蛇口。


 飾り気のない髪ゴムでまとめられた長い黒髪。その黒髪が水に濡れてある種の色気すら感じる。濡れた黒髪が漆黒だからなのか、空を見上げているからなのか、普段は黒いと思っているその瞳もしっかりダークブラウンだと認識できる。


 そして水が冷たいのだろう、よく見ればその唇は紫色だ。素肌を覆うナイロンの濃紺とうまくコーディネイトされている。そのナイロンになりたい。


 ちなみにナイロン以外でよく使われるのはポリウレタンなどもある。こちらは伸縮性も価格も高く、各種スペックを考えると高性能なのだが弱点が2つほどある。


 このポリウレタン、まず熱に弱いのだ。合成繊維は概ね熱に弱いが、こいつはドライヤーレベルでも劣化するらしい。今見えている僕の妄想風景の中でもコンクリートの地面はかなり高温だ。ここにポリウレタンを着用した状態で寝転んだらどうなる?


 もうひとつの弱点はもっとダイレクトだ。なんとポリウレタンは塩素に弱いのだ。たくさんの塩素が入った水の中に入るためのものなのに、塩素で腐食するという素材が使われている。もう作った人もわざとやってるんじゃないかと思うほどだ。ぜひ腐食していただきたい。


 脳内に広がる風景とシチュエイション、膨らんでいく妄想の中で少しだけ意識して見つめてみる。ああ、違うんだ、振り向いて欲しいわけじゃない。むしろこちらの視線に気づかない、無防備なままの君が愛しい。


 念の為に言っておくが犯罪者と一緒にしないでいただきたい。僕を同志として認めてくれる方たちを代表して今ここで明言しておこう。


 実は答えは簡単だ、何故魅力的なのかを考えてみればいい。穢れのない純真無垢なその在りようが魅力的なのだ。ところが犯罪者達はどうだ、彼らは自らその対象を穢す行為によって犯罪者になるのだ。そんなヤツらと一緒にされたくないのは当然と言えよう。


 手を出すどころか意識されてしまった時点で我々のジャッジではアウトだ。これが先ほどの「振り向いて欲しいわけじゃない」につながる。


 ここでようやく件の英文と僕の妄想風景の関連性が見えてきた。欲望とストイックな信念の矛盾による婉曲表現ではないか、と。


 「cuz she allay so」


 声に出してみるとわかる。わからない場合はカタカナ英語で早口で声に出してみるとわかるだろう。これはつまり腰洗い槽のことだ。プールに入る前に浸かる、塩素濃度の高い水が腰まで満たしてある浴槽のような部分。前後に階段がありそこが出入り口となっている。


 プール施設の構造として出入り口をこの一箇所にしておくことで、プールに出入りするためには必ずこの腰洗い槽を通る必要がある。


 ある程度の年齢以上の方々にはさまざまな思い出があるだろう。冷たすぎて早くプールに入りたいという謎の現象が発生しがちだ。油風呂と真逆の苦行である。目を洗う蛇口と共に思い出していただけただろうか。


 若い世代の方々は不自然な階段が一体何のためにあるのか、と思った経験があるのではないだろうか。腰洗い槽は衛生的にほぼ意味なしという科学的根拠が認められ、設置義務がなくなったと同時に廃れていった文化だ。腰洗い槽無し、温水シャワー、これらの改革によりプール嫌いの児童が減ったと思われる。


 前述の通り妄想風景の中で僕は学校の敷地の外にいる。これはおそらく大人になってからの記憶で脳内風景を構築しているからだろう。そして絶対に穢してはいけないという信念のもと、自分の妄想にすら嘘が混じっているのかもしれない。


 だが本当はわかっている。そういう目で見るだけでも、妄想を膨らませるだけでもそれは穢してしまう行為なのだ。まだまだ僕も精進が足りない。


 cuz she allay so knee 潜伏したい。

本作と同名のアルバムが各種配信サービスで配信されております。

よろしければ是非!

↓紹介動画はこちら。

https://youtu.be/pEREp-KosvM

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ