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八時間目 大魔導士になる前に

 これは30歳で魔法使いになるのを回避するためにどうするか、そこに苦悩する若者の物語だ。


 始まりは小学生、高学年のある日のこと。男女関係なくふざけてじゃれあっていると、ふとした瞬間にその柔らかさに気づいてしまうことがある。お互いがそれを意識して気まずい空気になったりすることもある。


 その日はそんな出来事があったのでちょっとドキドキする夢を見た。翌日目が覚めると生まれて初めて暴発していた。誰にも言えないカルマを抱えたまま通学し、乾いてもカペカペの感触を不快に思いつつ授業を受けて下校、その後は家族に見つからないように必死の水洗いだ。


 元服は15歳、成人は20歳、これからの成人は18歳になろうとしている。時代により社会的な成人年齢は変わってくる。しかし肉体的な成人年齢、つまり暴発というセレモニーは栄養状態による誤差はあるがいつの時代にも同じだと思う。


 しばらくすると制服を着るようになる。中学生になるのだ。ご存知ない方もいるかもしれないが、中学校というのは少子化の現在でも何百人という単位でJCがいるのだ、今思い出してみるとまさに天国と言えよう。


 とはいえ男子中学生というのはその有り難みがわかるほど賢くない場合が多い。男子ばかりで集まって下世話な話に興じることも珍しくない。


 中学校においては禁書扱いの雑誌、そこには布面積が少なすぎるグラビアアイドルの写真があったりする。その写真をさりげなくチラ見する。まわりの友達にはバレバレだがいちいち突っ込まないのが紳士予備軍としてのルールだ。


 写真に対してあーだこーだ話していると、その中のひとりが


 「で、お前ヤッたとこあんのかよ?」


 という爆弾発言を繰り出してきた。したり顔でニヤつきながら、だ。


 こいつはおそらく先駆者だ。大多数の男子がまだ夢と憧れを抱くアレを経験しているに違いない。どうする、どう答える? もしこいつが本当に先駆者だった場合知ったかぶりでおかしなことを言うことこそ最も恥ずかしい行為だ。


 だが素直に魔法使いの可能性を残しているとも言いたくない。よし、昔見た深夜番組のネタをそのまま使えばこの場を乗り切ることができるだろう。


 「ど ど ど ど どーてーちゃうわ!」


 幸いまわりのみんなも元ネタを知っていたようでうまく爆笑の渦の中、うやむやにすることができた。神様ごめんなさい、カッコつけて嘘つきました。


 魔法なんて使えなくていいのだ。でも今はまだ知らない世界を夢見ているだけ。魔法使いの期限までまだまだ時間はある、きっとなんとかなるだろう。


 その後高校生活を満喫することになる。ご存知ない方もいるかもしれないが、JCはしばらくほっとくとJKになるのだ。この事実に気づいた時には自分が天才かと思ったが、SNSでつぶやいてみてもあまり反応は良くなかった。何故だ。


 とはいえ担任と親の策略により男子校に進学してしまうと楽しみは半減どころか全減だ。通学中の電車以外に楽しみがない。活路は外にしかないので、他校の女子や付属の大学のお姉さんにかまってもらったりするしかないのだ。紆余曲折もなく極めて希薄な高校生活を終えた。


 というわけでもう大学生。新生活を楽しもうという期待や、自分が魔法使いに近づいていることを絶対に誰にも話してはいけないというプレッシャーなど、さまざまな思いを抱えて夢のキャンパスライフがスタートする。


 だがそんな夢のキャンパスライフにはならない。当然だ、僕が思い描いていた大学生というのはコミュニケーションスキルが高いのだ。僕にそんなマネはできない。どんよりぼんやり毎日を過ごしていくしかない。


 それでもわずかに友達はできる。ニッチな趣味の合う友達、というヤツだ。そいつはちゃんと人の目を見て会話ができるスキルを持っている。決してぼっちはかわいそうだから、みたいな憐れみで友達のフリをしているわけではない、と信じている。


 その友達の友達の友達に女神がいた。生ゴミを見るような目ではなく、はじめまして、と微笑んでくれた。明らかに女神だ。それ以外の何者でもない。


 これはもう運命としか言いようがない。チャンスは訪れるものではなく掴むもの。今こそ行動すべき時だ。さぁ、楽しいストーキングの時間だ。


 手がかりになる情報はほとんどない。蜘蛛の糸で地獄から脱出するような気持ちでの隠密行動。ようやくわかったのは女神が通学に使っている路線だ。数日間の張り込みを経て、帰路につく女神がホームに佇んでいるところを発見した。


 気づかれないように駆け込み乗車ぎみのタイミングを見計らって電車に乗り込むと同時にドアが閉まる。駆け込んだフリをしたので息が乱れていても特に違和感はないだろう。こちらに背を向ける女神を意識しつつ大きく深呼吸をする。ああ、何故息を吐かなければならないのだろう。ずっと吸っていたい。


 加速する急行、加速する妄想。違いは必要に応じて停まるかどうかだ。だがその妄想を強制終了させるような事実に気づいてしまった。


 この路線は田園都市線、なんと略称がDTなのだ。これは明らかに鉄道会社による当てつけだ。意気消沈して冷静になる。これがカルマというやつか。


 その後は特に何もなく家に着いた。振り返ってみるとなかなか充実した一日だったと思う。ようやく気持ちを切り替えることができた。


 おもむろに慣れた手つきで秘密の動画サイトを立ち上げる。さぁ、今夜もひとりで練習を始めよう。

本作と同名のアルバムが各種配信サービスで配信されております。

よろしければ是非!

↓紹介動画はこちら。

https://youtu.be/pEREp-KosvM

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