五時間目 真夜中のG
ヤツは地球上の生命体の歴史の中では人類よりもはるかに古くから存在すると言われている。あのサイズや形状を持つ昆虫にありがちな硬い殻もないのに今まで生き延びてきた種だ。いや、進化の過程を考えるとどうにも矛盾が多い気がする。もしかしたらヤツは地球外生命体なのかもしれない。
とはいえごく最近、1950年代頃まではヤツもそこまで忌み嫌われる存在ではなかったようだ。ヤツをコガネムシと呼び、お金が貯まる縁起のいい虫とされていたという記述もある。ところが高度経済成長期に突入した1960年代頃から菌やウイルスを撒き散らす害虫扱いになった。
何もしていないのにいきなり迫害される。ヤツからすればたまったものではなかっただろう。そんな仕打ちを受けたらとても友好的な態度ではいられないというのも理解できる。こういった経緯を経て人類とヤツの戦争が始まった。そして今も人類はヤツとの終わりなき戦争を続けている。
人の叡智で作り上げた鉄筋コンクリートの建物、住居、二重サッシ。にもかかわらずヤツはいとも簡単に侵入してくる。イタリアの赤い高級スポーツカーのように薄く洗練されたフォルムは人類の常識では考えられない隙間からの侵入を可能とする。
人類も籠城しているばかりではない。防御だけではヤツに打ち勝つことはできないので攻撃手段も開発してきたのだ。毒で攻撃するものが主流だが最近では窒息、凍止、粘着など考えうる限りの残虐な手段を用いたりもする。敵に対して容赦しないのは弱肉強食の基本だろう。
一般的な生物の遺伝子はDNAだ。これに対してインフルエンザウイルス等の遺伝子はRNA。このRNAはDNAに比べて1000倍くらい激しく変異する。大雑把にいうとそれだけ早く進化していくということだ。
ヤツもDNAで遺伝しているはずなのに、人類が作り出した兵器に対して耐性を持つ個体を容易に誕生させる。これではまるでRNAだ。いったいどういうことなのか。
画期的な兵器を開発したとしても、その知恵や技術をあざ笑うかのように変異し進化する。このいたちごっこが現在どちらにどれだけ有利か、それがこの戦争の最前線となるわけだ。
いたちごっこである以上決着などつかないのかもしれない。だがそれでも人類は安息を求めて今日も戦い続ける。
一戦交えるという言い方がある。スプレー等の兵器開発ではなく直接戦闘という意味ではヤツと人類の一戦は短時間である場合が多い。しかしながらその戦いが完全に終わったかというとそうではなく、次の戦いは数日後、数ヶ月後、来シーズンであったりする場合もあり、いずれにせよこの戦いに終わりは見えない。
さて、人類のテリトリーに潜入してきたヤツは狡猾だ。まず自身の保護色となるような暗い場所や黒い背景の場所で気配を消す。移動の際はいきなりトップスピードに達する。そして人間側が攻撃を加えようとすると物理法則を無視するような鋭角な動きで回避する。
見失ってしまった場合、もしこのまま決着がつかなかったら後に残る不安感は永遠に払拭できないだろう。また、稀に深夜に侵入してきたヤツがカサカサと音をたてたりする。これはもう「霊現象ではないラップ音」という新しいタイプの音として提唱したいほどの恐怖を感じる。
人間では知覚できない速さとトリッキーな動きに翻弄された経験は誰にでもあるだろう。そしてこの動き、どこかで似たようなものがあった気がしないだろうか。僕は気づいてしまったのだ。そう、これらの特徴はUFOに酷似している。
昔よく観たUFO番組でも語られていたように「飛行する」「不自然かつ鋭角な動き」「速すぎる」「しっかり見ているのに見失う」というのはどれもUFOの特徴だ。
どちらも月明かりを背に受けてこちらに向かってきたりするところも共通点と言える。さらに言ってしまえば目撃情報が夏に集中している。
つまりヤツはUFOそのものか、もしくは地球外生命体である可能性が非常に高いと言えよう。ならば今人類が考えうる進化の歴史に矛盾が生じても納得できるというのもだ。もしこの仮説が正しいとするならばもうひとつ納得できる要素がある。
ここまでで述べたようにヤツはサイズの割にかなり高スペックだ。にもかかわらず飛行後に内側の羽がハミ出ていることがあるだろう。本来あれだけの高スペックな生命体ならそんな失敗はしないはずだ。では何故?
アレはおそらく人類のオスを陥落させようとしている、いわばハニートラップだ。
主に銭湯などで見られる風呂上がりの浴衣美人、これに対して人類のオスはかなりの確率で喰いつくだろう。その魅力のひとつにうなじがある。このうなじが重要だ。
濡れ髪をアップにしている状態でうなじからこぼれ落ちる一筋の髪。これだ、この魅力だ。ヤツのアレはこれを模しているのではないか、というのが僕の推論だ。ヤツが地球外生命体だとするならば、多少的外れなもの納得できるだろう。
動きだけでなく戦略的にも狡猾なヤツが自分のすぐ近くで息を潜めている。その恐怖心だけで各種隙間や三角コーナーには触りたくなくなるという心理攻撃。それによりヤツにとっての潜伏はより快適なものになり、いつしか潜伏というより居住空間となっていくだろう。
地球が征服されるのももう時間の問題なのかもしれない。
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