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初恋  作者: 史音
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元恋人 浜田エミリ

優さんを探すために、私は優さんと関係のある人に話を聞く事にした。

真っ先に思い浮かべた人がいた。


大学生時代の優さんの隣にいつもいた人。

浜田エミリ。

優さんの大学の同級生で、そして恋人だった。


いつから付き合っていたかはわからない。でも大学卒業までは付き合っていたと思う。

仲が良さそうだったから、別れたと聞いた時は驚いた。美人で頭の回転も良い浜田さんを、優さんのご両親も気に入っていたし、多分このまま結婚するのだろうと思っていたから。

大学を卒業してからの彼女のことは知らない。

もしかしたら誰かと結婚しているかもしれない。


だけど、私は彼女が優さんと関わっていると思っていた。

ピアスの女性は、浜田さんだと考えていたのだ。


彼女が優さんと会っていたのか、今もそういう関係だったのか。

それを確かめたい。そして、聞いてみたかった。

今、彼がどこにいるのか。どうして突然いなくなってしまったのか。

だから、彼女の連絡先を人伝に聞いて、連絡をとった。


ホテルのティールームで彼女を待っていると、約束の時間ぴったりに彼女は現れた。

「お待たせしてごめんなさい」

顔を上げると彼女が立っていた。


ゆるくパーマのかかった長い髪を片側に寄せて、ベージュのパンツスーツを着ていた。華やかな雰囲気があって、静かなティールームの中でも彼女は目立っていた。

彼女は私の向かい側に座ると、店員に紅茶を頼んだ。探るように私を見つめる。


まだ話してはいないけれど、よく思われていない事は伝わった。予想していたけれど、やっぱりって感じだった。

知り合いをたくさん経由しての紹介。元彼氏の婚約者の依頼。

嫌がられる要素はたくさん、ある。


先に口を開いたのは彼女だった。

「話って何かしら?」

「優さんのことで」

そう言ったら、彼女は驚いた顔をした。

「彼、見つかったの?」

予想もしない質問に、私が驚いた。

「どうしてそれを」

「いなくなってすぐに、あの弟が来たわ。何か知らないかってあなたと同じ事を聞いてきたわよ」

浜田エミリはなんでもないことのように言って、そして苦笑いした。

「相変わらずね、あの弟」

そして大きなため息をついた。


「それで、私に何を聞きたいの?」

「最近優さんと会っていませんか?」

浜田エミリは眉を顰めた。私はそのまま話を続ける。

「もし会っていたらあの人がどんな様子だったか、知りたいんです。あとは……浜田さんの知る彼のことを教えて欲しいんです。昔の事でも今の事でも。何かいなくなる原因になりそうな事を。浜田さんがおかしいと思うようなことを」

「何も知らないし、最近は会ってないわ」

浜田エミリはすぐに首を振って、大きくため息をついた。

「ごめんなさい。卒業してからはお互い仕事があるから、同期と一緒に会うことはあったけど、数える程なの」

そして悲しそうに笑う。

「卒業と同時に私たち、別れてしまったしね」



私はバッグから一つの箱を出した。

「何?それ」

訝しげに尋ねる彼女の目の前に、その箱をおく。

「優さんがいなくなる前に注文していたものです。手違いで私のところに届けられました」

私はその箱を開けて彼女に見せた。それはこの間のダイヤのピアスだ。

「だけど、これは私へ渡す予定のものではないです。私、ピアスは付けないので」

彼女は視線をピアスから私の耳へ移して納得した顔をした。


彼女の髪の間には、ピアスが見えた。

綺麗な細長いチェーンの下に石のついたデザインで、彼女の長い髪や首に似合っている。

私もこんなピアスを付けてみたい。きっと私には似合わないだろうけど。


彼女は首を振った。

「これ、私のものではないわ。私の誕生石はダイヤじゃないし、私たちはもう随分前に別れて、そういう関係ではないの」

そう寂しそうに笑った。



「逆に聞いてもいい?」

俯いている私に今度は彼女が声をかけてきた。慌てて顔をあげると、浜田エミリはとても真剣だった。

「一番近くにいたあなたから見て、心当たりはないの?」

今度は私が言葉に詰まる番だった。私は視線を落として首を振った。

「家族や私にも手紙やメールも何もなくて。誰にも何も言わずにいなくなったんです」

「何かきっかけがあったんじゃないの?仕事や人間関係とか、事前に何か話を聞いてないの?……あなたは一番近くにいる人なんだから」


私は首を振った。悲しいけれど、私には何もわからなかった。

彼の気持ちを想像できるほど、同じ時間を過ごしてもいなかったし、踏み込んだ会話もなかった。


もし、その何かがわかっていたら、こうして人と会うこともないだろうし。

彼がいなくなった理由がわかっていたら、彼はいなくならなかったかもしれない。



「わかりません」

私は小さな声で返事をした。

「いなくなる前の日も、いつもと同じでした。いつものように一緒にご飯を食べて別れて、それきりで。変わったことなんて何もなかったんです。本当に何もかもいつも通りで」


浜田エミリは私をじっと見ていた。私は泣きそうになりながら、それを誤魔化すために笑った。

「だから知りたいんです。どうしていなくなったのか。何があったのか。仕事なのか、それとも他の何かが原因なのか。それとも家族や友人や……私に嫌なところがあったのか」

一息ついて、浜田エミリを見る。その冷静な目を見て、私は急に我に返る。


ちょっと感情的になりすぎたかもしれない。私は気まずく思ったけれど、浜田エミリは特に表情を変えなかった。

「恋人にも言えない秘密を持つ人は、いると思う」

浜田エミリはそう言ってため息をついた。

「優は私にも、自分の全てを打ち明けていなかったと思う。だから、私でも同じ事になったかもしれない」

そして私を見つめた。きっと私を励ますために言った言葉に、泣きそうになった。



「私と優はね、私が彼を好きになって告白してはじまったの」

浜田エミリは思い出すように話した。

「優はとても優しかったし、大好きだった。私は優と結婚するって思ってた」

そういった後で、浜田エミリは苦い顔をした。

「別れちゃったけどね。でも彼は多分私のことなんて、好きでなかった気がする」


それを聞いて驚いた。

私が見ていた二人はとても仲良かったから。


「どうしてそう思うのですか?」

私の質問に浜田エミリは少し考えるような顔をした。

「私の希望はなんでも叶えてくれたけど、彼がこうしたいって言った事が一度もなかった。どんな事でも君の好きでいいよって言って……それに甘えていたけど、ふと思ったの。本当はこの人はどうしたいのかなって。そう思って考えたら、優は自分の気持ちは一度も私に言っていなかった。恋人なのに、気持ちを伝える対象ではないのかと思ったら、急に付き合いを続けるのが辛くなって」

浜田エミリは大きなため息をついた。

「だから、私から別れようって言ったの」

そして顔を上げて私を見て笑った。

「ああ、ごめんなさい。こんな話聞きたくなかったわよね」



だけど、私は彼女の話を聞いて、怖くなった。

だって同じことが私にも当てはまる。


付き合うようになったのも、二人で何かする時も、全部私が主導だった。優さんは何も言わなかった。

結婚は私ではないけど、言い出したのは彼の親で、きっと彼にとっては、私以上に断れない相手だ。


いつも『春奈の好きにしていいよ』という言葉が返って来ていた。

同じだ。

浜田エミリと私は同じと思った。



「あなたから見て、優はどんな人だったの?」

私は少し躊躇ってから口を開いた。

「優しくて、明るくて、誰にでも親切で。何にでも一生懸命な人でした」

あの人はとても優しくて、一緒にいるとホッとする人だった。

「とても家族思いで、親の会社を継ぐためにずっと頑張っていて、これからは自分が会社を支えていこうとしていました」

子供の頃から彼の夢は一つだった。


尊敬する父の会社を継いで、そして父と同じように仕事をしたい。

そのためにできることはなんでもしていたと思う。勉強も、それから生徒会や部活にも熱心だった。

それが将来父親の会社を継ぐために役に立つと思っていたから。


その努力が実って、彼は日本で一番いい大学に入って、卒業してすぐに親の元で働いた。

もうすぐ、夢が叶うところだったのだ。

もう少し、だったのに。


大切にしていた全てを捨てて、いなくなってしまったのだ。




視線を上げると、浜田エミリはじっと私を見て、それから視線を再び窓へ向けた。

「私もそう思うわ」

膝の上に片肘を置いてそこに顎を載せた。ため息をつく。


「いつも笑顔で優しくて、人から愛される、とてもいい人だった」

だけど彼女は顔を動かすと、私を見て笑った。


「でも、本当はとても悩んでいたんじゃないかと思うの」


「え?」

浜田エミリはため息をついた。

「あの人、誰にも言えない感情を抱えていたんじゃないかしら」

思いも寄らない事だから、私は 驚いた。


浜田エミリは記憶を辿るようにゆっくりと話だした。

「たまに感情の無い顔をする事があった」

「感情の、無い?」

それに頷くと、浜田エミリは思い出すように目を細めた。

「無表情で、ぼんやり遠くを見るの。……まるで感情が無くなったようだった。黙ってずっと遠くを見ているの」

それを思い出したのか、浜田エミリもとても苦い顔をした。

「そのままどこかに行ってしまうのではないかって、見ていると不安になった。でも声をかけると、あっという間にいつもの笑顔になるの」


そんな優さんは、見たことがない。想像もできなかった。


「その姿を学生の時に何回か見た。でも働いてからも同じ顔をしてた時があったから、何かあったのかもって心配になった」

「何かって」

「仕事で……トラブルに巻き込まれたとか。何かあるなら相談してって言ったわ」

私は彼女のジャケットについているバッジが目に入った。解決できる人だから、そう心配したのだとわかった。

「そうしたら、なんて……」


「何も無いって」

「え?」

「ただ怖いって。怖いんだって……」


浜田エミリは首を横に振った。

「何がですか?何が怖いのですか?」

「わからない。怖いって、それだけ。他は何も教えてくれなかった」

「それだけですか?」

「踏み込めない雰囲気だったから、それ以上は聞けなかった。それでこの話は終わりになってしまったの」


私から視線を外して窓の外を見る浜田エミリの横顔は、苦いものを飲み込んだような顔だった。

「何かに悩んでいたんじゃないかしら。とても苦しそうな顔をしていたから」

そして私を見て、苦笑いした。

「私も同じよ。あの人の近くにいたこともあったけど、あの人の痛みを共有するとこはできなかったの」



そのまま浜田エミリは目を伏せた。

「私、初めて自分から告白したのが優なの」

彼女の綺麗な顎のラインが、窓の光に反射した。


「あの人はね、私の初恋の人なの」

そう言った後に彼女の瞳が閉じられて、そして涙が一筋頬を伝った。

「好きだったな。とても……」



この人とこんなに話をしたのは、初めてだった。

私とこの人はとても似ていると思った。


だけど、この人が見ていた優さんは私の見たことのない顔をしていた。










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