幕間II 『赤面剣士の最強魔法 -Lapin's first makeup!!- 』
「風が気持ちいいねぇ」
ふんわりとした金髪が僅かに揺れた。
春風は太陽の光を受け止め、柔らかい温度を運んでいく。
今日は休日。
王都のメインストリートは、いつも以上に賑やかな人の声で溢れかえっている。
オリエとラパンの2人は、そんな人々を見渡しながら通りを歩いていた。
本来であれば王都追放の身である2人がこんな風に堂々と出歩くなど、不可能に近い。
異世界人であるオリエの風貌は目につくし、ラパンは街中の人々に顔が知れ渡っている。
数分と経たずに騎士たちに取り押さえられ、連行されてしまうだろう。
「この眼鏡、ほんとに効果あるんだな。いや、疑ってたわけじゃないけど」
「ねー。ガテムレックスが、騎士たちはこのレベルのマジックアイテムの対策はしてないから大丈夫だろうって。かなり上級の魔法具みたい」
「他でもない騎士隊長様が言うならそうなんだろうな。……ってか、あいつ俺たちのデートごときのために身を削りすぎじゃないか?」
ひとえに、オリエたちが王都を闊歩できているのは、ガテムレックスが調達してくれた眼鏡型マジックアイテムのおかげなのである。
オリエは、バレたら騎士の称号剥奪どころか重罪もんだろうにと、お人好しすぎる騎士隊長を頭に浮かべながら溜息をついた。
「ガテムレックスには何かお礼買っていかないとね。……というかオリエくん今、デートごときって言ったでしょぉ!」
ラパンはむむむ、と眉間に皺を寄せ、抗議の目でオリエを見る。
(あ、やばっ……)
オリエはドキッとして目を逸らす。
(はぁ。トラッシュタウンから戻ってきてから、なんかギクシャクしてるんだよな……)
(目! 目逸らされた!? やっぱりオリエくん、無理して僕に合わせてるだけなのかな……)
最高神マリーダによってかけられたチャームを解かれたオリエは、以前と比べて感情が昂ることが少なくなっていた。
とは言っても、感情が無くなったわけではない。
むしろ、チャーム無しでも存在していたことが分かった自身の感情に、彼は戸惑いを覚えていた。
一方、ラパンはその変化を敏感に感じ取りつつも、元は異性愛者であると言うオリエの嗜好の対象が気になっていた。
もしかしたら、チャームが解けても彼が自分を好きだと言い続けてくれるのは、自分を傷付けないための優しさに過ぎず、実際は心が離れてしまったのではないかと、気が気でないのである。
「あ、あーいや、ごめん。そんなつもりはなかったんだ。許してほしい。俺はラパンとのデートはすごく大切なことだと思ってる」
オリエは逸らした目を再びラパンに向けながら、ボソボソとそう呟いた。
「だ、大丈夫だよ。僕も意地悪言ってごめん。ガテムレックスからしたら、ってことだもんね。大丈夫、分かってるから、大丈夫……」
そう言いながら、今度は逆にラパンが目を逸らした。
(目が泳いでた……。やっぱりそういうことなんだ……)
逸らした目線の先にはブティックのショーウィンドウがあった。
余裕を持って立ち並ぶ、豪奢に着飾った3体のマネキンたち。
今では遠い昔、いつだかの舞踏会で見た貴婦人たちのドレス姿がラパンの頭によぎった。
そして、いつか自分もそれを着る時が来るのだろうと、無邪気に信じていた、滑稽な幼い自分自身も。
街の喧騒が遠く過ぎ去っていく。
惨めと暗さを混ぜ込んだ過去が、扉を開けて彼を招き寄せる。
やっぱり自分は逃れられないのだと、心からは強さのメッキが剥がれていく。その心を敏感に感じ取った脚は彼を扉の奥へと運んでいく。
「ラパン……?」
不意に隣から呼びかけられ、ラパンは目を見開いたまま彼を見た。
「気になるのか、そのドレス?」
「あ、あーいや……うん、ちょっと綺麗だなって、思って……」
誤魔化すように、再びショーウィンドウに目を向ける。
太陽が雲に隠れたからだろうか、窓は2人の姿をうっすらと映し出していた。
ついさっきまで頭の中にいた幼い日の無知な自分ではなく、大きくなり、成人して、けれどもまだ心の支え方は知らない今の自分が映っている。
けれど、昨日までの自分とは違う。眼鏡のせいで分かりづらかったが、それでもやっぱり違ってて、それが彼の憂いを少し払ってくれた。
(君が気づいてくれたらもっと良かったけれど……)
同じく窓に映った隣の彼を見る。
そうか、こういう服がいいのか、と真剣にその奥を見ている彼を見て、ラパンはため息混じりに薄く微笑んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「じゃあまずは化粧水、乾燥してると乗りが悪いから……。あ、ラパンちゃんってフロフロのしっとりタイプ使ってるんだ。私は結構皮脂浮いちゃうからさっぱりタイプ……って私の話はどうでもいいよね。えっと、化粧水の後は日焼け止めを……」
シャンソン邸の2階、ラパンにあてがわれた部屋の中。
部屋の中央にあるテーブルの上に置かれた、独立式の丸い鏡の前にラパンは座っている。
その後ろには顔を赤らめた長身の女剣士、ローズロッサ、もとい蒼が日焼け止めの容器を手に持ちながらニヤけていた。
ニヤけていたと言っても、何かやましいことを考えているわけではない。新しくできた友達の前で、どんな顔をしていいかわからない彼女は、緊張と嬉しさが入り混じったせいで、相手によっては警戒されかねないような中途半端な表情になっていた。
「日焼け止めもOKだね。ここまではラパンちゃんもいつもやってると思うけど、ここからは初めてじゃないかな?」
「う、うん……」
ラパンは、鏡の横に置かれた数々のメイク道具に目をやり、ゴクリと唾を嚥下した。
「え、えっとじゃあ次はこれ。化粧下地ってやつ。リキッドタイプだから、日焼け止めと同じような感じで塗っていくよ」
自身も緊張しているので、ラパンの緊張にはかけらも気づかないまま、蒼は手を動かしていく。
「ラパンちゃん、ほんと肌すべすべだよね。なんか触っててすごく気持ちいい……はっ! 今の私、すごく気持ち悪かったよね!? ご、ごめん!!」
「え? そ、そんなことないよ」
緊張から良い返しが思い浮かばず、短い返答。
「き、気をつけるね、変なこと言わないように。それで、次はコンシーラーでシミとかくすみを消すんだけど……」
(肌が綺麗すぎて隠す必要ないな……。天使……的確な表現だと思うよ織衛君……!!)
「ど、どうかした?」
「い、いや、なんでもないの!! 肌綺麗だなって! 天使……じゃない。いや、天使なんだけどそうじゃなくて……あぁっ!!」
ラパンからは、鏡越しにさらに一回り顔が赤くなった彼女が見えた。かなり慌てふためいている。
「大丈夫? あの、僕、蒼ちゃんになら何言われても怒ったりしないよ。だから、思ったことそのまま言っても大丈夫だよ?」
「はぅっ!?」
(やっぱり天使、この子は天使、心まで天使!!)
「あ、あのですね、ラパンちゃんが天使だなぁと思う次第でございましてね……あ、メイクの続きしないとですよね。えーと、コンシーラーは肌が大変お綺麗ですので必要な……あ、でもちょっとクマができてますのでそこだけ……」
彼女は鏡の中のラパンに目線を合わせずに早口で話す。
スティックタイプのコンシーラーを目の下にさっと引き、指で軽く肌に馴染ませていく。
「……昨日は寝付けなかった?」
メイクをしている途中で落ち着きを取り戻した彼女は、問いかける。
「うん……」
「わ、私は大丈夫だと思うけどなぁ。ラパンちゃんはちゃんと自分を持ってると思うよ」
昨日した話。自分がわからない、というラパンの悩み。アイデンティティの揺らぎ。
「ありがとう。それもそう、なんだけど……」
コンシーラーを塗り終わり、フェイスパウダーを塗していく。ナチュラルにしたいというラパンの要望で、ファンデーションは使わないことにした。
「オリエくんがほんとに僕を好きなのかどうか自信が持てなくて」
「織衛君、ラパンちゃんのこと大好きだと思うけど……」
「そういう風に装ってくれてるのかなって。オリエくん優しいから、僕のこと傷つけないように」
「どうしてそう思うの……?」
瞼の上にダークブラウンのアイラインを引く。目の下にも薄く、まつ毛とまつ毛を繋げるように。
少し長めに目尻まで引いた後、綿棒で輪郭をぼかしていく。
影のようになったラインは、大きな瞳をより大きく、けれどそれと分からないようにスッキリと仕上げていた。
「だって、元々オリエくんは女の人が好きだから。僕のこと好きだったのは、マリーダのチャームのせいで、それが解けたのなら、僕のこと好きなのはおかしいんだ」
「そう、かな……? 私は……いや、私よりも長く織衛君と一緒にいる君の方が、彼のことは分かってるか……」
蒼としては、そんなことはないと断言してラパンを楽にしてあげたかった。しかし、チャームをかけられていた時の彼とその後の彼の違いが分かるほど、長い時を一緒にした訳ではない彼女にとっては、真実は正直、見当もつかない。
「あ、アイライン引き終わったよ! メイクしてる、って感じにしたくないならここまでかなって思うんだけど……」
ラパンは鏡をまじまじと見つめる。
普段よりも幾分、肌がはっきりと綺麗に見えるし、瞳の輪郭も鮮明で顔立ちが整っている気がした。
「わ、すごい……。色々使わなくても、こんなに綺麗になるものなんだね……!」
「ラパンちゃんは元が良いからってのも大きいと思うけどね。……あ、あのね、折角だからもう一歩やってみない?」
「もう一歩?」
蒼は化粧道具から一本のアイライナーを取り出した。
「うん。赤いアイライン。アイブロウとかアイシャドウとか、チークとかは化粧感出ちゃうけど、これなら自然な範囲に収まるかなって。さっき引いたアイラインに重ねるの」
久しぶりに使うんだよね、と蒼は自分の手の甲に軽く線を引く。
思っていた通りの色であることを確認すると、鏡越しにラパンを見た。
「デートがうまくいくように、織衛君に続いて今度はお姉さんがラパンちゃんに魔法をかけちゃおうかな、なんて」
自分で言っておいて恥ずかしさを感じた彼女は、さっと目を鏡から逸らした。手の甲の赤いラインを確認するそぶりを見せる。
「……うん。じゃあお願いしようかな。なんだか効きそうだから、その魔法」
ラパンは目を閉じる。
蒼は、ダークブラウンのアイラインに重なるように新たなラインを引いていく。目尻は元のラインよりも僅かに伸ばす。そして、再び綿棒を使って輪郭をぼかしていく。
(デートがうまくいったらそれでいいし、駄目なら私の魔法のせいにしてくれたら。少しでもラパンちゃんが傷つかないように……)
「はい、できたよ」
ラパンはゆっくりと瞼を上げる。
赤いラインを一本引いただけ。それなのに、目の前の鏡に映る自分は、明らかにさっきまでの自分とは違う人間だった。
「す……ごい……。全然違う、のに、自然だ。本当に魔法みたい」
「赤は元々人間にある色だからね。自然に仕上がりやすいんだよ」
目尻に向かって徐々に赤みを帯びた瞳は、これまでとは違う自分のものであって、それでもこれまでもその瞳で生きていたような、奇妙な錯覚をラパンに与えた。
「これで、今日は完璧だね」
赤ら顔で微笑む蒼に、ラパンは鏡越しに笑い返した。
※※※※※※※※※※※※※※※※
(うん、大丈夫。蒼ちゃんの魔法があれば、ちょっとやそっとじゃくじけないよ)
「行こ、オリエくん!」
オリエの袖を引っ張り、ラパンは言う。
「え、もういいのか?」
「いいのいいの。今日はいっぱい行きたいところあるんだから、急がないと回りきれないよ!」
「お、おう」
先を歩く華奢な背中をオリエは見つめる。
(化粧した顔も綺麗だぞって、どのタイミングで言おう……)
ご覧いただきありがとうございます。
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
書きたかったんです。ラパンくんがメイクする話。
いや男でも最近はメイクするだろ、と言われてしまえばそこまでなんですが。
それでも初めてのメイクって、なんかもうそれだけでドキドキするもんだよなぁなんて思いながら書いていました。女の人でも、初めてだとドキドキしたりしてるんだろうか。
さて、話はすっかり変わりますが、この度、カウンセラーになりたくて大学に通うこととなりました。
仕事をしながら勉強も、という生活になるので、今のペースで小説を書くのは私には厳しく、これまでお休みをいただきつつも定期的に更新してきた本作ですが、今後は不定期更新にしたいと思います。
私事で恐縮です。
エタりたくはないので、ゆっくりにはなりますがマイペースに更新はしていきたいと思っています。
もしそれでも良いよ、と海のように広いお言葉を言っていただけるのであれば、今後ともご覧いただけましたら幸いです。




