第1章 第7節『男の娘とバニーガール(赤)』
一旦はディオンに帰らなければならない2人だったが、長期間旅ができるほどの荷物は持ち合わせていなかった。
ここからディオンまでは、馬車を使っても2週間以上はかかる。
王都で行動が禁止されている2人はーー禁止されているのは厳密にはラパンのみだがーー、とりあえず隣街に移動することにした。
王都を出て数分。
道の真ん中に、小柄な人影が見えた。
近づいてみると、その人物は仁王立ちでこちらを睨んでいる。
しかも、赤いバニーガール姿で。
「なんかやばいやついるぞ?」
「しーっ! 目を合わせたらだめだよ! 見えてないふりして通り過ぎよう!」
2人はこそこそと耳打ちし合う。
2人は赤バニー女の横を通り過ぎ、安堵のため息を漏らした。
「うぉい! てめぇら! 俺を無視してんじゃねぇ!!」
胸をなでおろしたのもつかの間、後ろから怒声が響く。
「うおお! びっくりしたぁ。急に大声出すなよ」
「僕たち、バニーガールの知り合いなんていないんだけど?」
「ばにーがーる? ……あぁ、この格好のことか。……変だったか?」
キョトンとした顔で尋ねる、金髪赤眼の女。
「うん」「変」
2人は同時に回答する。
「な!? お前らの国の女の服装じゃねぇのか? これは?」
「いや、女の服装だけど……。こんな白昼堂々、道のど真ん中で着るような服じゃないよ?」
残念なものを見る目をしながら、ラパンが答える。
「くそっ! ざけんな! テメェらが飲み会してた酒屋の女はこれ着てただろうが! これが下界の女の服装だと思ったのによ……。ゆるさねぇ! ぶっ殺す!」
激怒するその女は、マルティコラス。
霊峰モンテオール山頂における神の1人であり、オリエとラパンに討伐された魔獣"ラヴィ"の召喚主である。
「僕たちがいた酒屋の女? え、もしかしてこの人、僕たちのストーカー?」
ラパンは身の危険を感じて身構える。
「ってか何を理不尽にキレてんだこの女?」
その横で疑問を呈したその瞬間ーー、
ーーオリエは空に舞っていた。
(な……!)
意識はある。が、何が起きたかはさっぱりわからない。
「まずは挨拶がわりだ。びびったかよ、クソども!」
「"分身"!」
瞬間的にヤバさを感じ取ったラパンはとっさに分身する。
片方のラパンがオリエを受け止めた。
「大丈夫!?」
「あぁ、痛みはない。びっくりはしたけどな」
マルティコラスは再び仁王立ちで2人を睨みつける。
「俺の名はマルティコラス! てめぇらを殺すためにモンテオールの頂から遥々来てやったぜ!」
「モンテオールの頂!? それって……」
「あぁ、神の国だ。つまりこいつは……」
((神!!))
「くはっ! いい顔だぁ! 不安と恐怖が入り混じったいい顔してるぜぇお前ら!!」
「神の国のこと聞き出す良いチャンスだ! プランAで行くぞ! ラパン!」
「オーケー!」
「"影"、"濃"!」
限界まで威圧感を高めるオリエ。
しかし当然、マルティコラスには効いていない。
「この俺にそんな子供騙しが効くかよ!」
「ちっ! まぁ、使いの堕天使にも効いてなかったし予想はしてたよ! ラパン! Bに変更だ! ……"淡"!」
オリエの存在感が消失した。
「……なるほど、確かにこいつは見えねぇな」
マルティコラスが不敵に笑う。
「うおお!!」
マルティコラスを挟み込むように2人のラパンが飛び込んでいく。
「はっ! おせぇんだよ」
ひらりと躱すマルティコラス。
そのまま2人のラパンを掴み、投げ飛ばした。
「「うわ!」」
ラパンは背中から木に直撃し、落下する。
「うぅ……」
マルティコラスが片方のラパンに迫る。
狙われたラパンが輝き、弾けた。
「触手か!」
触手がマルティコラスの身体に巻きつく。
「こんなチャチなもんで俺を抑え込めると思うなよぉぉぉおおお!!」
マルティコラスが全身に力を込めると、筋肉が膨張していく。触手はミシミシと音を立てた。
肥大化していくマルティコラスの肉体、耐久力の限界を迎えた触手が弾け飛ぶ。
砂煙が舞い、ラパンの視界からマルティコラスの姿が消失する。
ラパンは危機を感じ、距離を取った。
砂煙が晴れ、現れたのはーー、
彼の遥か頭上に頭がある、赤い獅子だった。
背中には黒い翼が生え、尻から生えた尾はサソリのように黒く、硬く、鋭い。
たてがみは金色で、瞳は真紅。
「ーーーーーーーーーーー!!!!」
地響きのような唸り声が辺り一帯に響き渡る。
幻獣化。それがマルティコラスの切り札だった。
(あれは……マンティコア!?)
前回同様、木の上で機を伺っていたオリエは戦慄を覚える。目の前の化け物は、元々彼がいた世界の伝説上の生き物、マンティコアに酷似していたからだ。
(あれがマンティコアだとしたら…。くっ! しょうがねぇ!)
「ラパン! そいつ、羽根を飛ばすぞ!!」
見つかる覚悟でオリエは叫ぶ。
「羽根!?」
マルティコラスは正面にラパンを置き、翼を広げると、矢のように大量の羽根を射出した。
「!? "分身"! 身体強化! 簡易シールド展開!」
とっさに分身し、分身体を前に送る。さらに身体強化で耐久力をあげ、自身の前にはビームシールドのような盾を展開した。
(はっ! そんなもんで防げるかよ!)
分身を容易く貫通した大量の羽根が、シールドに襲いかかる。数本は耐えたものの、所詮は初級魔法。すぐにシールドは壊れ、羽根はラパンに襲いかかった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
羽根が貫いた箇所から鮮血を撒き散らしながら、後方に吹き飛ぶラパン。
そのまま地面を滑っていく。
「う、あ……」
ラパンは、意識はあるものの、痛みと衝撃で身動きが取れない。
とどめを刺そうと、近づくマルティコラス。
「させるかよ!」
オリエがマルティコラスの前に立ちふさがる。
「オ……リエ……く……」
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
虚勢だ。この状況を打破する手段など何も思い浮かばない。
「うおお! "影"! "濃"! "濃"! "濃"!!!」
限界以上に威圧感を高めようとするが、マルティコラスは全く意に介していない。
「ーーーーーーーーー!!!」
逆に、相手の吠える声に身体がビリビリと震え、力が抜けていく。
「……くそ、こんな、ところで……。俺は、ラパンと一緒に神の世界に行かなきゃいけないのによぉ!!」
マルティコラスはゆっくりと、オリエに狙いを定め、歩を進めていく。
オリエが死を覚悟した、その時。
紫色の霧が、辺り一帯を覆った。
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やっとマルティコラス出せました。
今のところ貴重な?女性キャラです。ほんとに女性キャラ少ないな…。2章は女性キャラ出したいですね。
次回は明日(4/24)20時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。