第4.5章 第5節『信じています、ししょー』
(あぁ、我としたことがなんたる醜態か。弟子1人の面倒も見切れんとは!)
呼吸を荒げ、処刑人は走る。
寂れた村だがやけに広い。端から端までゆっくりと見て回るのなら丸一日はかかるだろう。
(そんな悠長なことは言ってられん)
時刻はてっぺんを回り、申し訳程度の家屋の灯りも今はない。
住民に気づかれないよう、最小限の灯りを右手に灯し、速くなった呼吸を意図的に抑え、走る。
(どこだ……どこだ、どこだ……。どこにいる……アンヌ……!!)
身を隠すために頭から被った黒いマント。その隙間から覗く青白い肌には、じんわりと汗が滲んでいる。
彼にしては珍しく焦燥しきった表情を認識する余裕もないまま、彼はただひたすらに駆けた。
嫌な予感を拭えないまま、角を曲がる。
事前に入手していた村の地図を見るに、ここが最後の通りだ。
人の気配はなく、ただ闇だけが世界に存在していた。
処刑人は土が剥き出した地面に崩れ落ちる。
頭から被ったマントを脱ぎ捨て、顔を覆う。
「どこに行った、アンヌ……。デュバリーも部屋にいなかった。一介の商人であるデュバリーは分からぬが、我の弟子であるアンヌを殺すということはあるまい……。ある訳がないのだ……」
彼は自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟く。
ふと、両手で覆った視界が、白んだ。
両手を降ろし、目を開く。
どうやら、朝が来たらしい。
やや厚い雲が外側から光源に照らされ、グレーの隙間をオレンジが這う。
「……支度を、せねば……」
彼は、アンヌの師匠である前に国家処刑人だ。
例え身内に何があろうとも、業務を放り出すことはできない立場だ。
いつも以上に蒼白になった顔面を地面に向けながら、ふらふらと立ち上がる。
その時、弱い朝日に照らされた地面に、見慣れた暗い赤褐色が見えた。
それに駆け寄った彼は、再び地面に膝をつく。
(血痕か……)
見慣れた色。仕事の度に嫌でも目にする、忌々しい暗赤色。
時間は経っているようだが、丸一日というほどではない。
(女性であれば致死量というほどではないな。だがそれなりの量ではある。放っておけば死にかねん。
……端の方、僅かに色が違うな。酒を飲まん若者の血だ。アンヌ……なのか)
その血痕がアンヌとデュバリーの2人分のものではないかと当たりをつけた彼は、立ち上がる。
(身体が無いのであれば、移動したか、連れ去られたか。いずれにせよ動いた痕跡があるはずだ)
注意深く、周囲を観察する。
血痕がぽたぽたと、ある方向に点在している。
(詰めが甘いな……)
血痕を辿っていくと、それは狭い路地裏にある酒屋の倉庫に繋がっていた。
彼は再びマントを頭から羽織り、手には護身のために医療用のメスを持つ。基本的に治療は魔法で行う彼だが、知識のない症例については、その限りではなかった。というか、その場合は魔法による治療はできない。
治癒魔法とは、あくまで理屈がわかっている場合のみ有効な手段だった。
そのため、彼は医療用具を常に持ち歩いている。
倉庫の重い扉を開け、中に入る。
それなりに大きな音がしたが、それに気付いた誰かが動いている気配はない。
倉庫内はしんと静まり返り、誰一人いないようだった。
シャンソンは、更に慎重に周囲を探索し、完全に人がいないことを確認すると、光魔法により生み出したバレーボール大の光源を上に向かって投げた。
それは倉庫内をくまなく照らし、真昼の屋外のように眩い光に包んだ。
扉から続く血痕も視認できるようになり、彼がそれを追うと、大人1人分は入れそうな木箱に繋がっていた。
彼はメスをコートの下に仕舞い、木箱を開く。
するとそこにはーー、
「……やぁ、随分遅かったじゃないか。おししょーさんよぉ」
赤く滲んだ腹部を抑えたデュバリーが、力の無い笑顔を向けていた。
「……アンヌはどこだ」
「ハハッ……。こんな大怪我人見て第一声がそれとは流石だねぇ、あんた……」
「アンヌはどこだと聞いている」
デュバリーの腹部を覆う手を払いのけ、治癒魔法をかけながら問う。
「お、なんだ助けてくれんのかい。じゃあまぁ教えてあげようかね……。彼女は生きてるよ。気絶させられてはいたけどね。いくら小さいお嬢ちゃんとは言え、人1人抱えて逃げる程の体力はなかったんだ。許してくれよ?」
「そなたは音消しの魔法を使って逃げ延びた訳か」
「まぁそういうことさ。幸い真っ暗だったからねぇ。あちらさんも見つけられんだろうって、さっさと見切りをつけて去って行ったよ」
「そなたのことは分かった。アンヌが生きているというのはなぜ確信できる?」
「何、あたしらを襲った連中が言ってたのさ、あの娘はーーーーってさ。だからそれまでは生きてる筈だよ」
デュバリーの言葉を聴き、彼の口角が上がる。
「おいおい、笑う状況かい、これ?」
表面上は塞がった傷跡をさすりながら、デュバリーが眉を顰める。
「もちろん。やつらがその気であるなら我が我慢する必要もあるまい」
「……難儀なモンをお持ちなようで」
「とりあえず出血は収まったし、動ける程度には治療した。しばらくは血液不足でふらつくだろうが、ここからは離れたところで療養しておけ。我が気付くようにわざとだったかもしれんが、血痕でそなたの位置は丸わかりだからな」
そう言い捨てると、彼は光源を解除し、入ってきた扉から出て行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
暫しの間を置き、鐘の音が響き渡る。
それは、処刑の時刻を告げる鐘の音。
「あぁ、処刑人様、お待ちしておりました」
村長を名乗る豊かな白髭の老人が、ゆったりとした動きで会釈した。
「どうも。準備に時間がかかってな、時刻ギリギリですまぬ」
「いえいえ。我々も貴方に1つお願いをしなければならない立場ですので」
シャンソンは無言で村長の顔を見る。
「ホホ。実は処刑していただきたい罪人が1人増えましてな」
村長が後方に目配せすると、元々予定されていた死刑囚の後ろから、2人の大柄な男が1人の少女を抱えて連れてきた。
「神聖な祈りの場に踏み込んだのですよ。我が村では、異教徒がその場に踏み込むことは極刑として定めております故。何卒よろしくお願いしたい」
「ししょー……?」
その少女は、意識が朦朧としているようだった。
正面からでは外傷があるかは分からない。
おそらくは薬品か、何かしらの魔法の行使だろうと、シャンソンは推測した。
「……従う必要が?」
「処刑人様が刑を執行しないのであれば、我々は我々の教義に従い、この娘を殺すだけです」
村長の言葉を聞いた大柄の男の1人が、ナイフを取り出して見せた。
「なるほど、わかりました。教義に従い、刑を執行することとしましょう」
「話が早くて助かりますよ」
にやりと微笑む村長に、処刑人は笑顔を返す。
「ええ。ラパンテッド教の教義に従って、ですがね」
そう言うと、彼は老人の頸動脈をメスで切り裂いた。
ご覧いただきありがとうございます。
頭から終わりまでひたすらシャンソンでした。
意外と熱い男シャンソン。弟子への愛情も熱かった。
次回は1/24(日)18時頃の更新予定です!
【1/24追記】
すみません。精神的に参ってしまいまして、2週間お休みをいただきます。
2/7に次回更新できるようにしたいと思います。
【2/20追記】
2/21の18時頃に更新します。幕間の続きになります。
だいぶ遅くなってしまい、申し訳ありません。




