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第4.5章 第2節 『ししょー、姉さんをよろしくです』

「ししょー、ここからどれくらい歩くんですかー?」


「大した距離ではない。2時間ほどだ。多少の登り坂はあるが」


「うえぇ……」


 涼しい顔をして前を歩くシャンソンとは対照的に、アンヌはげんなりした表情を隠すことなくついて行く。


「別にギリギリまで馬車でもよかったんじゃないですかー? さすがに、村の外で蛮行には及ばないでしょー、ルーアンの村人とは言っても」


「用心するに越したことはない。無益な殺生は好まぬのだ我は」


「あの大男だったら、なんだかんだのらりくらりと生き延びますって」


「あやつは戦闘経験などなかろう。魔法学校でもそれほど成績は良くなかったと聞いている」


 大男とは、彼らをルーアンの隣街まで連れてきた馬車の御者のことだ。

 軽口を叩く少女に処刑人はあくまで真面目に言葉を返す。


「……そなた、弟と離れると途端に言うことが幼くなるな」


「女はいつだって頼れる男に守られたい生き物なんですー」


「女は、か。主語が大きすぎる思考は物事の本質を見失うことに繋がりかねんぞ」


「ぶー! 子供扱いしないでください!」


「どっちなのだいったい……」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 隣街からルーアンまでは、時折緩やかに上る細道が続いている。

 舗装まではされていないものの、少なくとも道に迷うことはない。


「とは言っても、すでに不気味なんですけど……」


「ふむ。暗くなる前には到着したいものだな」


 周りは鬱蒼とした森に覆われ、昼間だというのに薄暗い。

 日が落ちれば、おそらく星の光など届かず、道から外れる可能性もあるだろう。


「……あー、すみませんししょー、あの……」


「トイレならその辺の草陰で済ませろ」


「ちょ! せめて少しは言葉にためらってくださいよ! 私! 一応! 女の子!!」


「なんだ違うのか」


「い、いや違わないです……」


 アンヌは周囲を警戒しながら、おずおずと草陰に入っていく。


「ししょー! 絶対近くにいてくださいよ! してる音は聞こえない範囲で!」


(無茶を言う……)


 暫しの沈黙。

 歩き始めてから今の今まで、途切れることない少女の言葉を聞いていたため、シャンソンは酷く静かに思えた。


 そんな中でも耳へと届く、木々のざわめき、虫の音、鳥の鳴き声。


(静かではあるが、これだけ賑やかならば、小水の音など聞こえまい)


 枝葉の間から僅かに光差す空を眺めながら、シャンソンは森の声に耳を傾け、心を落ち着かせる。


(はぁ。()()()()()()()()だったかもしれぬな。いらぬトラウマを植え付けそうだ)


 ため息を一つ吐くと、処刑人は森の中へと足を踏み入れた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


(うぅ……。ししょーに音を聞かれたくなくて少し離れすぎたかもしれない……。こんな薄気味悪いところで下半身丸出しとか……)


 アンヌは再び周りをきょろきょろと見回すと、黒いスラックスのベルトを緩める。


 恐怖心と羞恥で大きくなっている心臓の音を聞きながら、ファスナーを降ろしたその時ーー、


「……っっっ!!?」


 何者かに後ろから身体を抑えられた。

 口にも手を被され、声を上げることもできない。


(黒い手袋、手が大きい……。捲った袖から覗く浅黒く筋張った腕。粗暴な男。人攫い? 盗賊? それとも……)


 少女はすぐさま相手の素性を推理し、腹筋に意識を集中する。


(掴まれているのは口と肋骨辺り。脚を振り子にして後ろにいる相手の身体に組み付かせる。その勢いで、上半身を掴んでいる両腕を振り払い、拳で脛を狙い打つ……!!)


 一瞬で頭を駆け巡らせたシミュレーションの通り、彼女は下半身を振り上げた。


(…………あ)


 すぽん、と音がしたかのように、勢いよくスラックスが脱げる。

 綺麗に脱げたのならまだよかったのだが、左右どちらも足首で止まっていた。


(緩めてたの忘れてたーー!? これじゃ脚を組み付かせられない!!)


 勢い良く振り上げたはずの脚は、力無く、引力に正直に落ちていく。


「なんのつもりだ女? そういう趣味なのか?」


「んんんん〜〜っ!!」


 何とかして相手の腕を引き離そうとするが、まるで力では敵わない。


「女。貴様、どこから来た? 宗派はなんだ?」


 質問と同時に口から手を離される。

 アンヌは酸素を求めて大きく息を吸った。


(やっぱりこいつら、ルーアンの村人か! どうしよう、下手なこと言ったらこの場で……)


 口から離された手には、いつの間にか短刀が握られている。

 嘘をついたとしても、余程上手くつき通さなければバレてあの世行きだろう。


「わ、私はモンテオー……」


「彼女は処刑人の弟子だ。本日、そちらに伺う予定になっていた筈だが?」


 少女の言葉を遮りながら、茂みから黒衣の青年が姿を現した。


「ししょー!!」


「そして我が今回の刑を執行する、シャンソン・ド・ロアだ。以後お見知り置きを」


「処刑人? 聞いてたか?」


 アンヌを押さえ付けていた大柄な男は、すぐ背後にいた小太りの男に声をかける。


「へぇ。ちょっとお待ちくださいね」


 男はくしゃくしゃになったメモをズボンのポケットから取り出し、上から順に目で追っていく。


「あ、たしかに予定に入ってますね。処刑人」


「そうか。それは失礼したな黒衣の御仁よ。他の者にも話は通しておく故、森の通りを真っ直ぐに向かうが良い」


 そう言うと、男はアンヌをシャンソンに向かって突き飛ばす。


 少女を受け止めた彼は、一瞬、鋭い眼差しで相手を睨みつけたが、男たちは意に介さず森の中へと消えていった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 2人は再び森の道を行く。


「ししょー、すみませんでした……」


 がっくりと肩をうなだれたアンヌが、申し訳なさそうに呟いた。


「そなたのせいではなかろう。無事で何よりだ。それよりも……」


 シャンソンは歩みは止めずに空を見上げる。


「あの者たちのせいで時間をロスしてしまったな。暗くなるまでに辿り着くのは難しそうだ」


「そんなぁ……。あんなののいる中で野宿なんて嫌ですよ私……」


 ただでさえ項垂れた肩から、より力が抜けていく。

 ああ、こんなことならもっと早くししょーを叩き起こしておくんだったという、若干の後悔もあった。


「ん?」


「どうしました、ししょー? ってうわっ!?」


 シャンソンはアンヌを抱き抱え、道脇の茂みに飛び込んだ。

 ガサッという枝葉と身体が擦れる音の直後、何か巨大な物体が道を勢いよく通り過ぎた。


「ななななな!? なんですかこれは!?」


「魔法で音を消していたな。通りで直前まで気づかん訳だ」


 土煙を巻き上げながら急ブレーキをかけたその物体を確認し、師弟は茂みからゆっくりと道に戻る。


「いやー、ごめんごめん! まさかこんな所を歩いてるやつがいるなんて思わなかったからさー!」


 陰鬱としたこの森に似合わない、お祭りみたいな騒がしい声。

 物体は馬車だった。その声の主は、中から降りてきた赤髪の女だった。


「それはこちらの台詞だ。女、外者のようだが、ルーアンには何の用事だ?」


「家具の営業さ。まぁ、言ったらなんだけど、あそこって鎖国状態だから文明レベル低そうだなってよ。そんな所に王都でデザインされた最新の家具を売り付けりゃあ、バンバン買い手がつくだろうって寸法さ」


「それは結構なことだが、鎖国状態ということはつまりそういうことだぞ? そなた、モンテオール教徒ではなかろう?」


「まぁ、そりゃあそうなんだがよ。一儲けしたら、すぐにこの音消しの魔法使ってトンズラこくから大丈夫よぉ」


「命が惜しければやめておくことだ」


「まぁまぁ! 見たところあんたら歩きだろ? 良かったら乗せてくぜ? あたしの馬車なら歩くのよか3倍は早く到着できるだろうよ」


「自殺志願者に頼るつもりなどな……」


 申し出を断り、再びルーアンへの道を歩き出そうとしたシャンソンだが、その袖はアンヌに掴まれていた。


「アンヌ?」


 彼が少女を見ると、力のない顔で自分の方を見上げていた。


「すみません、ししょー。あの……実はちょっと体調悪いというかお腹が……さっきお花摘みに行った時に気づいたというか……」


「む、それはいかん。今、治療を……」


「あーいや、その、ししょーが()()()()()()やつ……」


「……気づかずすまぬ。歩けそうか?」


「歩けるのは歩けるんですけど……」


 少女はシャンソンから目を逸らしながら、歯切れ悪く返答をする。


「なに? あなた、小さいのにいっちょ前に()()()の? いいわよいいわよ、それならお姉さんの馬車乗ってきなさい! ね!?」


「いやだからそなた……」


「ごめんなさいししょー……今回ちょっと重いかも……」


「……自己責任だ。馬車に乗せてもらう以上、金は払う。だが、そなたがどうなろうと我は知らぬ存ぜぬを決め込むぞ」


「そうこなくっちゃね! あたしはデュバリー! さすらいの商売人ってやつさ! 短い間だがよろしく頼むよお二人さん!」

ご覧いただきありがとうございます。


豪快な女商人のデュバリーさんを巻き込み、次回からはルーアンに入る予定です。

ですが、次回更新分は幕間を挟みたいと思っています。


幕間その1はラパンとローズロッサがメイン。

ちょっと引っ込み思案な同性愛者という似た者同士の二人が、仲良くお散歩するお話です。

バトルも良いけど、そういうほんわか系の方が書くのは楽しかったり(笑)

まぁ、つらい思いをしてきたキャラがそんな日常を送っているの書いていると、うるっと来ちゃって筆が進まなかったりするんですけどね……。

ほんと、みんな幸せになって(泣)


シャンソン不在中の皆の日常を、幕間として描いていけたらいいなーと思っていますので、たまにかもですがお付き合いくだされば最高にうれしいです。


次回は12/27(日)18時頃の更新予定です。最近、日曜投稿がデフォになってきた感あるな……。

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