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第4.5章 第1節 『行ってらっしゃいませ、ししょー』

 王城から徒歩で20分ほど。大通りに面した広場。

 季節によって幾重にも表情を変えるこの広場は、多くの市民の憩いの場である。


 今の季節は、春。

 色とりどりに咲き乱れる花たちは、生命の尊さを訴えかけているようだ。


 普段ならば。この光景を見た殆どの市民がそう思うところだろうが、今ばかりはそんな感想を持つ者は皆無だと断言できよう。


 広場に設置された木造の高い足場。その上に立つ我の前には、身動きが取れないように、手足を拘束された男がうつ伏せで横になっている。

 男の頭側、足場より20メートル程先には多くの市民が詰めかけている。


「俺の死をこんなに大勢の人が観に来るとはな。死にがいがあるってもんだ」


 呵呵(かか)、と男は笑う。肝の太い男だ。体の震えもないところを見ると、強がりではなく、本当にそう思っているらしい。


「あぁ、そうだな」


 ポツリ、と一言だけ返す。

 堂々たるこの男に対し、我は()()()緊張している。剣を持つ手は震え、唇は渇き切っている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、慣れることはない。永遠にこれを完遂できる時は来ないのだろうと、そう思う。


「処刑人、そろそろ執行の時間です。刑を」


「……はい」


 浅い呼吸を気取られないよう、短く返事をする。


 剣を振りかぶる。男の首筋に狙いを定め、振り下ろす。

 刃は途中で止まり、男は痛みに(わめ)く。


 何十、何百、いや、何千回は見ただろう光景。


 我は、自身の身体の震えが大きくなることにも気が付かぬまま、赤子のように泣き叫ぶ男を見下ろしている。


「貸せ!」


 師匠である父が我が剣を取り上げ、振り下ろす。

 綺麗に胴と分かたれた罪人の頭が、ぼとりと落ちる。


 この後は、そう、暴動が起きるのだ。観衆は、つまらんものを観せるな、などと騒ぎ立て、足場に昇り我に掴みかかろうとする。

 もう、それらの顔も台詞も全てを鮮明に覚えているというのに、身体だけはやはり動かないのだ。

 脚が震え、膝をつき、ただ駆け上がってくる人々をぼうっと眺めるのみ。


 足音が、暴言が、近づいてくる。

 処刑用に組まれた足場には、表に設置された梯子の他に、抜け口がある。このような暴動に備えたものだ。


 早く、そこに向かわなくては。


 何千回とこれを繰り返しているのだから、そんなことをしなくても()()()()()()()()()()()

 だが、身体に刻まれた記憶が、我をそう、急き立てるのだ。


 よろよろと、立ち上がろうとするが、やはり力が入らない。這うようにして、その抜け口へと向かう。

 父の姿は既にない。役人の姿も。暴動を察知して、早急に足場から降りたらしい。


 賢明だ。薄情などとは思わぬ。我を庇ったところで、良くて重症、下手すれば死にかねない。だから、その合理的な判断を批判する気は特にない。


 市民が駆け上がる振動が伝わってくる。もう大分近い。

 身体に刻み込まれた恐怖が、我はもうここまでだと告げている。その恐怖に従い、目を、閉じた。


 否。


 否、否、断じて否だ。


 ここまでであるのであれば、なぜ我は生きていた?

 何百、何千と、()()を体験することができた?


 そう、それはーー、


「こっち! 早く、手を伸ばして!」


 目を瞑っていても分かる。その眩さ。

 我を救ったのは、光そのものだ。


 若かりし、少年の頃のラパンテッド・ランカスター様。

 光り輝く御身に手を伸ばし、そしてーー、


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「ししょー、時間ですよ! 今日は大切なお仕事の日でしょー!?」


 高い声、若い女の声が室内に響き渡った。


「……やはりここで目が覚めるか」


「なーにが、やはり、ですか! また夜更かししていたんでしょう! コーヒー淹れましたから、まずは顔洗ってきてくださいね!」


「あぁ、アンヌ、おはよう」


「あ、はい、おはようございます」


 その冷静な口調に、アンヌと呼ばれた10代半ば頃の少女は、ペースを乱されたようだ。声のトーンが少し下がる。


 むくりと、色白の青年、アヴニール王国の国家処刑人であるシャンソンは身体を起こす。ベッドから起き上がった彼は、彼女の言う通り、洗顔のために階下に降りた。


 洗面所に行くためには、リビングを通る必要がある。

 リビングに足を踏み入れると、ひょっこりと、少年が厨房から顔を出した。


「あ、ししょー、おはようございます。朝から姉さんがうるさくてすみませんね」


「いや、構わぬ。おかげで寝過ごすことがなかった。今日も良い朝だな、マリエ」


 マリエと呼ばれた中性的な少年は、返事代わりににこりと笑った。その手にはフライ返しが握られている。


「今日の朝ごはん当番はそなただったか」


「ええ。ししょーの好きなサニーサイドアップ、ばっちり準備できていますよ」


「そなたの作る料理は美味だから楽しみだ。それから……朝からグラタンとは珍しいな」


「あ、わかりますか。ししょー、暫く帰ってこないんでしょう? 美味しいもの食べて行ってもらいたくて。朝からじゃ重かったですかね……」


「そんなことはない。グラタンも好物だ。特にそなたが作るグラタンはな。ありがとう、マリエ」


「えへへ」


 はにかみながら厨房に戻るマリエを見送った彼は、洗面台に向かい、顔を洗う。


(暫く、と言っても2、3日で戻るつもりなのだがな。だがまぁ、あの楽しそうな顔を見たら何も言えまい)


 乾いたフェイスタオルで顔を拭きながらリビングに戻ると、朝食の準備がきっちりとなされていた。


「いただきます」


「いただきまーす!」


「あぁ、いただこう」


 シャンソンが席に着くと食事が始まる。いつものことだ。我を待つな、と何度言われても、この2人は師匠である彼を待って食事を始める。

 今朝の献立は、トースト2枚、サニーサイドアップの目玉焼き、マカロニグラタン。そして、飲むのに丁度いい温度になったブラックコーヒー。

 シャンソンはトーストに崩した半熟の黄身を付けて口に運ぶ。


「ししょー、今更ですけどルーアンなんて行って大丈夫なんです?」


 マリエがグラタンを頬張りながら尋ねた。


「うむ。まぁ、大丈夫ではないだろうな」


「ぶふっ!? ちょ! 私も行くんですから、不安なこと言わないでくださいよ!」


 アンヌは口に含んだコーヒーを吹き出し、シャンソンを睨みつけた。


「ははは。大丈夫ではないことは起こるだろうが、大丈夫だよ、アンヌ。だが、我のそばを離れるでないぞ」


「ししょーが言うなら、そうしますけど……」


「いいなー姉さん、ししょーに守ってもらえて。僕もししょーにお姫様抱っこされたいなー」


「な、なんで守ってもらえるイコールお姫様抱っこになってるのよ!? どんな妄想してるんだあんた!」


「どんなって言われてもなぁ。それに妄想かどうかも分からないじゃないか」


「え、それって……。し、ししょー!? もしかしてマリエとそんな、いかがわしいこと……」


「いかがわしい……? いや、以前、悪漢に追われた時に抱えて逃げたことはあったが……」


「ぶはぁ!? そ、そんな、私に黙ってハレンチな!?」


「ちょ、姉さん、鼻血、鼻血!」


 アンヌはテーブルに置いてあった紙ナプキンで鼻を拭うと、ふらふらと席を立つ。


「準備しに、自室に戻ります。時間には降りてきますので……」


 リビングを去る少女を見送り、2人は食事に戻る。


「あれはたまにああなるが……真に妄想豊かなのはアンヌの方ではなかろうか」


「そうかもですね。姉さん、むっつりだからなー」


「む、マリエ、口に黄身が……」


 シャンソンは、マリエの口元に付いたトロッとしたそれを親指で拭うと、自らの舌で掬い取った。


「うーん、ししょーにも原因がある気がしますねー。まぁ、僕は嬉しいですけども」


「ん? はは、そなた以外にはこんなことせぬよ」


「ぶっほぁ!?」


 リビングの外から、何かが盛大に吹き出す音が聞こえた気がしたが、いつものことなので2人は無視して食事を続ける。


「ししょーって、僕のことも姉さんのこともよく理解してますよね」


「理解はできておらぬと思うぞ。あくまで理解しようとして、見当を付けているだけだ」


「それでも充分、大人って感じがしますよ。僕は人の表面しか見えてないなって気がします」


「はは。ひと回り若い少女に朝起こされるような男を大人と言ってくれるのは、そなただけだろうさ」


「それとこれとは別ですよー。人を見る目があるなって話です。それにどんなに忙しなくしてたって、滅多なことじゃ怒らないし」


「人が人を真に理解することなどできぬさ。違う人間なのだ。想像するのが関の山。だが、うむ、そうだな。他者への理解と怒り……に限らず感情というのは密接に関係しているとは思うぞ。個人的な考えだがな」


「そうなんですか? それってどういう……」


「そなたは(さと)い。ここまで分かれば自ずと答えを出すであろう。我から示せるのはここまでだ」


「えー。僕のこと買い被りすぎですよー」


「そんなことはない。それにこれを教えることには重大なリスクも伴うのでな」


「え。そんなに重い話をしたつもりはなかったんですが……」


「他者への理解や感情の整理は処刑人にとってはとても大切なことだ。まぁこのように、得てして大切なことは、日頃見落としがちな日常の些細なことの中に含まれているということだな。我も改めて勉強になった。ありがとう」


「……っ!! い、いえ! じゃあ、僕、片付けに入りますね」


「ああ。ごちそうさま」


 マリエは食器を重ねると、厨房へと運んでいく。


(もう。ししょーはああいうところがずるいんだよなー。あんな穏やかに微笑まれたら……ニヤケが止まらなくなっちゃうじゃないかー!)


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「では、行ってくる」


「行ってきまーす! マリエ、ちゃんと留守番してなさいよ!」


「姉さんじゃないんだから大丈夫だよ。それよりもししょーをよろしくね、姉さん」


「あったりまえでしょー! 朝から晩までお世話しまくりよ!」


「……それは勘弁したいな」


 黒い外套に身を包んだシャンソンは、弟子であるアンヌと共に玄関を出る。


「シャンソンさん。今回もどうかよろしく」


 痩せぎすの長身の男が古ぼけた馬車から降りて告げた。

 処刑人の出張の際は、王都から馬車が派遣されることになっており、この男とシャンソンはそれなりに見知った仲であった。


「ああ、よろしく頼む。隣町までで良いからな」


「頼まれなくたってそうしますよ。なんせルーアンだ。命が幾つあっても足りやしない」


「聡明な男で助かる。命は大事にするものだ」


「シャンソンさんのそういうとこ、好きですわ。国の役人なんて、みんなふんぞり返って威張り腐ってる奴らばっかりなんだから」


「……聞かなかったことにしておこう」


 小さくため息をついたシャンソンは、男の後ろから馬車に乗り込む。続いてアンヌが駆け込むと、馬車はゆっくりと動き出した。


「帰ってきたら、僕のスペシャルフルコースですからねー!! 行ってらっしゃいませー!!」


 その後ろ姿が見えなくなるまで、中性的な弟子の少年マリエは大きく大きく手を振り続けていたのだった。

ご覧いただきありがとうございます。


4.5章始まりました! シャンソンメイン章!

マリエ君の出番はここまでですが、次回からは姉のアンヌが活躍する……かな?

マリエ君は中性的ではありますが、男の娘かどうかは議論の余地がありそうです。私の脳内の。


男の娘はざっくり言えば"女性的な見た目をした男性"かと思います。男女二元論から外れた存在かもしれませんが、男女というカテゴリーありきの存在でもあるのかもしれません。

なので、私はその中間でどっちにも属さないぜ! っていう中性とか、私は男女とカテゴリーにそもそもぴんと来ないなぁ。っていう無性という在り方もありなんじゃないかなと個人的には思います。もちろんそれ以外の性も。


その人が自分という存在をどう思うか次第なんでしょう。

そもそも、男女やその他の性というカテゴライズは置いておいて、個人対個人で関係を結ぶことが当たり前になる時代も、もしかしたらそう遠くない未来に来るのかも。


つい1900年代後半くらいまでは同性愛も元々は病気だから治療しなければならない(異性愛に矯正しなければならない)という時代がありましたが、今はその人の性質として尊重されているように、社会的な常識は意外とスピード感を伴って変わっていくものなのかもしれません。


……かもしれないばっかだな(笑)


次回は12/20(日)18時頃の更新です! シャンソン、お仕事開始!!

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