第4章 エピローグ『青薔薇の剣士は天を仰ぎ、紫煙の処刑人は死地へと降る』
「ローズロッサ、大丈夫か?」
オリエとラパンは、つい先ほどまですぐ近くでヒュドラと激戦を繰り広げていたローズロッサに駆け寄った。
お互いの愛を確かめ合うことに夢中になりかけていた2人だったが、流石にそこまで周りが見えない彼らでもなかった。
「……ええ。身体的には無事です。身体的には……」
青い刀に体重を預けてそこに立つ彼女。言葉とは裏腹に、相当なダメージを負っていることは明白だった。
しかし、それ以上に精神的ダメージが大きいのだろうこともまた明白だった。
「……リーヴィットのことは……」
何とか元気付けようと、見切り発車でオリエが口を開いたその時、
「……っ! リーちゃん!」
何かにハッとしたローズロッサは、刀を放り出し、崩れかけた家屋の壁に駆け出した。オリエたちもその後を追う。
「リーちゃん! リーちゃん!!」
「……あ、ローちゃん……」
上半身に大きく穴の開いたリーヴィットが壁にもたれかかっていた。傷からは血液がゆっくりと、しかし止めどなく溢れている。顔は文字通り血の気が引いており、呼吸も声も掻き消えそうなほどに弱々しい。
生きているのが奇跡のようなその惨状に、オリエとラパンは息を飲んだ。
ローズロッサは振動を与えないよう、ゆっくりとリーヴィットを腕に抱く。
「ローちゃん……。私、やっと神の国に行くことができそうだよ……。何が起こったのかはよく……わからなかったけれど……」
「……貴女が行くのは、そんなところよりももっともっと綺麗な所だよ……」
「もっと……きれい……?」
虚な目。たどたどしい言葉。
彼女を助けることはできないのだと思うと、ローズロッサの胸は激しく締め付けられる。
だけど、ならばせめて幸せの内に逝かせてあげたいと思った。
「そうだよ。天国って、とっても美しい場所。永遠の幸福をもたらしてくれる場所」
「かみのくにより……すごいところ……なんだ……。それは……とってもうれし……い……な……」
彼女は笑顔を浮かべ、焦点の合わない目でローズロッサを見る。
その幸せそうな顔のまま目蓋を閉じると、もうその目が開くことはなかった。
ローズロッサは彼女の肩を強く抱き、天を見上げる。
奥歯を強く噛みしめた彼女のその手は震えている。
「私もいつか……必ずそっちに行くから……もう少しだけ待っててね……」
(……だけどまだ、私にはやらなければいけないことが)
リーヴィットの亡骸を優しく寝かせると、彼女はゆっくりと立ち上がった。
オリエ達に泣き顔が見えないよう、背を向けたまま、彼女は言う。
「オリエ……君。一度断った身で、大変おこがましいのですが……。私を……私をあなた達の仲間に入れていただけませんか……?」
「……いいのか?」
「はい……。私は、斬らねばなりません。あの黒蛇を、頭一つ残さず斬り伏せねば……この身の内に湧き上がる憤怒を鎮められる気がしないのです」
オリエはラパンを見る。
ラパンは小さく頷いた。
「……大歓迎だ、ローズロッサ。よろしく頼む」
彼女の背中を見ながらそう言ったオリエだが、続けて疑問が口を突いて出た。
「せっかく仲間になるなら本名も知りたいんだけど……」
「……っ!?」
思わずローズロッサは振り向いた。
虚をつかれたその顔は、初めて会った時のように真っ赤に染まっている。
「あ、ごめん、つい。嫌なら全然……」
「いえ! なか、仲間に隠し事なんてそんな失礼なこと、するつもりもありません! あの、わた、私の! 名前は……!」
身体に力が入り、上手く口が回らないながらも、オリエの顔をしっかりと見て告げる。
「沖田……沖田、蒼です! よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく! えーと……蒼さん!」
「ははははい! よろしくです、よろしくです! オリ、織衛くん!」
2人はどぎまぎしながらお互いの手を握る。
7人目。青薔薇を操る女剣士。ローズロッサもとい沖田蒼が正式に仲間へと加わった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
合流し、リーヴィットの亡骸を手厚く埋葬したオリエ一行は、王都郊外にあるシャンソン邸へと戻ってきた。
「おらぁ! 戻ったぞシャンソン!」
マルティが乱暴に入口の扉を開け放つ。
「うおぁ! びっくりしたぁ! 誰ですか貴女!?」
そこには、黒衣に身を包んだ痩身の処刑人シャンソン……ではなく、10代中盤程の小柄で中性的な美少年が目を丸くして立っていた。
手にはホウキを握っており、どうやら部屋の掃除をしていたらしい。
「あぁ? なんだこのちんちくりん。俺はマルティコラスだけど、シャンソンはどこ行った?」
マルティの名前を聞いた少年は、目を輝かせ彼女に近づく。
「わわ! 貴女がマルティさんですか! ししょーから話は聞いてますよ!」
「ほーう! 俺の素晴らしさにようやく気づいたみてぇだな、あの処刑人やろう」
「ええ! 人語を話す猛獣だから気を付けろとおっしゃってました! 首輪も付いてるから、やっぱり猛獣なんですね、マルティさん!」
「んな!?」
「あ、あと貴女にししょーから伝言がありますよ。『我は暫く仕事で外に出る。頭が残念な貴様ならすっかり忘れているだろうが、妙な動きをすれば、首輪が自動で貴様の首を両断することをお忘れなく。それから……』」
「ちょ! 待った待った! その娘、意外と打たれ弱いからやめてあげて!?」
満面の笑みでシャンソンの伝言を読み上げる少年と、怒りと恐怖でぷるぷる震えるマルティの間にオリエが割って入った。
「首輪のことくらい覚えてるよちくしょ……」
「まぁまぁまぁ。シャンソンからしたら俺たちみんな頭悪いって!」
立ったままぶつくさと文句を言い始めたマルティと、慰めるオリエをスルーし、ガテムレックスが少年に声をかける。
「私はガテムレックス・マクシミリアンと申します。師匠、とおっしゃっていましたが、シャンソンさんのお弟子さんですか?」
「そうです! 師匠の弟子のマリエと申します! ガテムレックスさん、よろしくです!」
「ええ。よろしくお願いします。……さて、シャンソンさんの事ですが、公務で出張中なのですか?」
「そうです。僕の双子の姉と共にルーアンに向かいました。処刑人としてのお仕事です」
「ルーアン!? 処刑人とは言え、あまりにも危険では!?」
「ルーアンとはどんな所なんですか?」
取り乱したガテムレックスにソレイユが訪ねる。
「ルーアンはモンテオール教徒の村なんですよ。モンテオールとは神の国がある霊峰のことですね。つまり、モンテオール教とは、神の国の神々を信仰している宗教なわけです」
「つまり、トラッシュタウンのようなところということでござるか?」
疑問に思った蒼も訪ねた。
「トラッシュタウンは"神の国自体"を信仰していた街でしたが、ルーアンは"個々の神様"を信仰している村です。トラッシュタウンのように外者に対して友好的ではありません。異教徒は徹底的に排除される村で、国の役人でも滅多なことでは近寄りません」
「そんな所行ってシャンソン大丈夫かな……」
ラパンが心配そうにぽつりと呟く。
「ラパンテッド様!? ししょーから毎日のようにお話を聞いています! ししょーの言っていた通り、光り輝いて見えます! 握手いいですか?」
「え、あ、うん。僕で良ければ」
相手からグイグイ来られる経験があまりないラパンは、緊張しながら手を差し出した。
「わぁ! 本当に天使みたいに白くてきめ細やかな肌ですね!」
「ええ!? あ、ありがと……」
(シャンソン、一体どんな話を……)
考え込んでいるラパンを見て、マリエは言う。
「あ、ししょーのことですね? 師匠の心配をしてくださるなんて本当に良い人達ですね! 僕、感動です。師匠にも仲の良い方々がこんなにいたんですね……ぐすん」
一瞬涙ぐんだと思ったら、次の瞬間には笑顔に戻る少年。
「まぁでも大丈夫ですよ。なんせ、うちの師匠は最恐ですから。何かあっても村人全員きれいに始末してきますよ。しかも合法的に。あはは」
さも当たり前だと言うように、彼の弟子を名乗る少年はさっぱりとした口調でそう言った。
ご覧いただきありがとうございます!
第4章、完全に完結です。
これまでの章と比べ長丁場でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
次回からは、番外編として第4.5章に入ります。
異端排除の村ルーアンを舞台とした、国家処刑人シャンソンと弟子の少女がメインの章となります。
……が、まだプロットすら完成してません。
そして、他にも構想を練りたい話がちらほらと。
毎度毎度申し訳ありませんが、今回も少しお時間ください。
12/12(土)20時頃の更新予定。
中々書けなかったシャンソンメイン回、開幕です!




