表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/70

第4章 終 節『男の娘には37.0℃の愛情を』

「まさか、君自ら懇願するとは……。私でも彼でもなく、結局君は孤独を選ぼうと言うんだね」


 最高神マリーダは、予想外のオリエの言動に、目を(しばた)かせた。


「ああ。嘘はつきたくないんだ。それに、俺がいなくなっても大丈夫だって、確信もあるから」


「そんなわけないよぉ……。いなくなるなんて言わないで……」


 ラパンは、すがる様にオリエにしがみつく。オリエにとって、彼の気持ちはとても嬉しいものだった。しかし、その感情すらも幻なのかもしれないことを思うと、やはりこれ以上、この状態を続けていてはいけないとも感じる。


 ラパンを優しく抱きしめながらも、オリエは言う。


「さぁ。解いてくれ、マリーダ。覚悟はできてるから……」


「そうか。まぁ、君が望まずともそうするつもりだったけどね」


(どうせ、私のものにならないのなら、解こうが解かまいが同じことだ。だけど、目の前で私以外の男の娘といちゃつかれるのも目障りだからね)


 マリーダは、再びオリエに近づくと、ラパンの肩を掴んだ。


「邪魔」


 そのまま肩を掴む腕を振るうと、ラパンは質量が無いかのようにオリエから引き剥がされ、地面を転がっていった。


「おい、おま……」


「すぐにそんな感情は無くなるんだ。我慢しなよ、少しくらい」


 静かに、厳かに、最高神は囁く。吐息が触れ合いそうな距離で。


「うう……うっ……うあぁぁぁぁっ…………」


 奇麗に舗装されたレンガ造りの道に、押し殺したようなラパンの泣き声がこだました。それをBGMに、最高神はオリエのチャームを解除する。


転換(トランス)


 瞬間、自分を中心に、あらゆる音が収束していく感覚をオリエは覚えた。

 静寂。次いで、視界の停止、暗転。


 ただ、そこに立っているという感覚のみが、オリエの自我を支えていた。


(なんだ、これ……。……こわい……こわい、こわいこわいこわい……!!)


 先の見えない暗闇に、何も聞こえない静寂。これまで感じたことのない恐怖が、足元から立ち昇る。

 身体が震える。何も見えない、感じないのに、震えているということだけは分かる。


(あいつ……あいつ、だましたんだ。マリーダ、お前は俺を一体どうしたんだ……。答えろよマリーダ!!)


 声が出ない。それが、オリエを更に焦らせる。

 恐怖、焦燥、自分勝手な己への罪悪感。


 全身から汗が吹き出し、過呼吸に陥る。


(もう無理だ。立っていられない……。けど、このまま倒れたら、立っているという感覚さえなくなったら俺は……)


 しかしもう、感情の渦に抗えなかった。オリエはゆっくりと正面に倒れこんでいく、筈だったのだが。


(……………………ん?)


 オリエは、立っていた。しっかりと脚を踏み出して、自身を支えていた。


(あれ……感情が……)


 汗が引き、呼吸も正常に戻っている。

 だが、身体的な変化よりも彼が戸惑ったのは、感情の渦がすっかりと掻き消えていたことだった。


「よぉ。すまねぇな、あんたの身体に勝手に住み着いてよ」


 声が聞こえた。何も聞こえないはずのこの暗闇から。

 ふと前を見ようと、意識をすると、白く、人影が浮かび上がった。


 そして、どうやらその人影が、自分に話しかけているということが、オリエには分かった。


「……あんたは?」


「俺はあんたの感情さ。この世界にあんたが来てから生み出された、あんたの分身みたいなもんかな」


「マリーダがかけたチャームそのものってことか?」


「端的に言えばそうだな。お役御免みたいだから、俺は主様のところに帰るぜ」


 その人影に表情はないはずなのに、オリエにはそいつが笑顔で話しているように感じられた。


「しっかしあんた、俺を抑え込むとは大したもんだよ。主導権握らせるつもりなんて、欠片もなかったのになぁ」


「……それは、どういう……?」


「さっきあんた言ったろ? ラパンを愛してるってよ。俺は当然、マリーダ様を愛してるって答えるつもりだったんだぜ。まさか、遮られちまうとは思わなかった」


「………………………………」


「お、これ以上、悠長には話してられんな。俺は行くぜ。まぁなんだ。俺はそれなりに楽しかったよ。あいつらにもよろしく言っといてくれ」


 人影が眩く光を放つ。


「じゃあな」


 暗闇が、晴れていくーー。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「どうだい、オリエ君?」


 マリーダがオリエに向かって、にたにたと気味の悪い笑顔を向けている。

 マリーダに対しての好意が欠片もなくっていることが、彼にはすぐに分かった。

 それに、


「ほんとにさっきまでの自分が夢みたいだよ。あんな燃え上がるような感情を持つ俺なんて、やっぱ俺じゃなかったみたいだ」


(やっぱり俺は、何事にも無気力無感動が基本じゃないとな……)


 胸の内をチクリと刺すような痛みを覚えたが、オリエにはそれがなんだか分からない。


「オリエくん……」


 彼は、小さな声の主を見る。道にペタンと座り込んだラパンは、目を真っ赤にしながら彼を見ていた。

 涙は壊れた蛇口から噴き出すように止まる気配はなく、その華奢な身体は小刻みに震えている。


「ラパン……」


(泣くなよ、ラパン。お前はいつも泣いて……初めてお前の親父に会った時から、ずっと、ずっとお前は泣いてきた……。どうしてだ。どうして、ラパンばっかりいつもこんなに苦しまなくちゃならないんだ)


 沸々と、暗い感情がオリエの心を満たしていく。眉間に刻まれた深い皺。噛み締める奥歯の圧力。握る拳、手のひらに食い込む爪の痛み。


(これは……)


 オリエは、気づく。


「怒り……か? なぁ、最高神、俺は怒っているのか?」


「何を……」


「ふふ……はは……ははははははははははははははははははっ!!」


「君、いったい……」


 マリーダは目を丸くする。

 怒っているかと聞いた相手が次は笑い出したのだ、"チャームの解除に失敗したのだろうか"と、一瞬頭によぎった。


「いや……そんなはずはない。私の魔法が失敗することなど……」


 顔を引きつらせたマリーダを放置し、オリエはラパンのもとに歩いていく。


「ラパン!」


 名前を呼び、抱きしめる。そして再び、身体を離すと、真っ直ぐに彼の顔を見た。


「オリエ……くん……?」


「俺、覚えてたんだよ。ラパンに出会えた喜び、ラパンを苦しめる全てのものへの怒り、そんなラパンの過去を思った時の哀しみ、ラパンやみんなと旅した楽しさ……。ちゃんと、ちゃんと覚えてる。もう、あんなに強い感情じゃないけれど、だけどちゃんと心の中にある。喜怒哀楽が、感情が、心の中に」


 オリエは、確信を持っていた。自身の中に、かつて妹を失った時に完全に無くしたと思っていた、あらゆる感情が再び芽生えているということに。


 優しい気持ち。穏やかな気持ち。晴れやかな気持ち。


 これまでとは違う、激しくなく、熱くなく、緩やかな、爽やかな気持ち。


「なぁ、ラパン。やっぱり俺は、お前のことが好きみたいだ。前みたいな、沸騰するような愛情ではないけれど、それでもいいか?」


「あ゛だりま゛え゛だよ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 ラパンはオリエに抱き着き、顔をその胸に埋める。壊れた蛇口から漏れ出る涙は、更に勢いを増していた。


 相思相愛を改めて確認しあった2人は、お互いを強く強く抱きしめあう。


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 そんな2人の時間を切り裂くように、怒号が鳴り響く。空気が波立ち、建物が軋む。あらゆる物音は砕けちり、耳に痛いほどの静寂が街を包む。


 憤怒の表情を浮かべたマリーダが、2人を見ていた。


「私を……私をコケにしやがって……許さない、許さないぞお前らぁぁぁぁ!!」


「マリーダ様!」


 最高神の怒声を聞いたヒュドラが、戦闘を中断し、すぐそばに駆け寄る。


「いけませんマリーダ様、ここで力を解放されては、この街にいる味方もろとも……」


「うるさい! 君は私に指図できる立場か!? この街ごと、地上から消し去ってやる……!」


「「マリーダ様!」」


 同じく怒声を耳にしたグレンデル、癘鬼(レイキ)の2柱が到着した。


「……騒ぐな。もう私が決めたことだ、君たちが何を言おうが覆らない」


「……じゃあその殺戮は、神の国で行うのはどう?」


「……シルフィード」


 遅れて現れたシルフィードは、マリーダに恭しく一礼する。

 彼女は他の神がいる前では、マリーダに対する礼儀を強める。


「貴方様の力を拝めるなんて中々ないことですから、神の国の全国民を観客として招いてみる、というのはいかがでしょうか。きっと素晴らしいショーになるかと」


 マリーダは、昂ぶりを抑えるように大きく息を1つ吐くと、神の国へ続くゲートを開いた。


「……オリエ君、ラパンテッド・ランカスター。我が配下の提案に感謝するがいい。私は君たちを神の国で待つことにしたよ。……7人だ。7人集めて、モンテオールの頂に来い。君たちの当初の望み通り、我々は君たちとの決闘に応じよう。期限は2週間後までだ。逃げたときは……分かってるね?」


 オリエとラパンは頷くと、震えるお互いの身体を抱き、去り行く最高神を見つめる。


 最高神がゲートを潜ると、ヒュドラ、癘鬼、グレンデルがそれに続く。

 最後にゲートに向かったシルフィードは、2人に振り返り、ウインクを1つ飛ばすと、暗闇の中に消えていった。


「ラパン、怖いか?」


「オリエくんだって、震えてるよ?」


 互いの身を案じながら、2人は顔を近づける。

 唇と唇を重ね、お互いの体温を感じ合う。


 2人の心は同じ。


 ーー今だけは、他の全てを忘却の彼方に追いやってでも、自分たちの関係性を確かめ合いたかった。

ご覧いただきありがとうございます。


長らくお待たせてしまいました。

申し訳ございません。


ご覧いただいている皆さんに支えられ、どうにか第4章終節まで書いてこれました。

これからもよろしくお願いします。


次回は第4章のエピローグを挟みます。

来週は日曜日の投稿になります。11/22の18時頃に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ