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第4章 第18節『男の娘と転移者(ラパンとオリエ)』

 オリエは頭の中で反芻する。目の前の彼の言葉を。


 どっちを選ぶのか。

 2択。

 ラパンか、マリーダか。


 とてもシンプルな問いだ。

 直観に従えばコンマ一秒で答えが出る問い。


 それなのに、オリエの頭はその答えに迷っていた。

 目の前の男の娘から漂う、強烈な甘い匂いにも似た、目もくらむ魔力に()てられて。


「……もしかして君、迷っているのかい?」


 普通ならば、ついさっき初めて出会ったはずのマリーダがそんなこと言うのはおかしいことだ。

 むしろ、迷わせているだけでも勲章ものだろう。どれだけ見た目がいいのか、もしくはどれだけ相手の好みの真ん中を突いているのか、といった話になる。

 喜びこそすれ、不服そうにそんなセリフを吐くなどというのは、客観的にこの状況を見ているものがいるのならば、不可解に思うのは必至だった。


 だが、この褐色の可愛らしい男の娘は確信していた。彼は、間違いなく自分を選ぶはずだと。自分を選び、自分に従い、(こうべ)を垂れて足の甲にキスの一つでもするだろうと。


 それほどに、彼は彼のチャームに絶対的な自信を持っていたし、それは事実でもあった。


「……俺は…………」


 オリエの頬に嫌な汗が伝う。

 口を薄く開けては、再び固く結ぶことを繰り返す。

 全力で抗わなければ、その言葉を口にしてしまいそうだった。


 自分が選ぶのは、愛しているのは、最高神、マリーダだと。


「オリエくん……」


 その身体に抱き着いているラパンは、腕に力を込めた。

 そっちに行ってはいけない、決して離さないと言うように。


「ほらほら。我慢は身体に良くないよ? 一言、私の名を告げるだけで、君はラクになれる。この世全ての快楽は君のものさ。私が、永遠に夢を見させてあげると誓おうじゃないか」


 マリーダは、そのか細い指をオリエの顎にかけ、やわらかく撫でた。


 肌の接地面から、自分の意識を引き抜かれそうな感覚。

 熱い。オリエは、身体が熱くなるのを感じる。

 吐息が、漏れる。


「いい顔になってきたね、オリエ君。恍惚、快感、悦楽。そんな表情だ。私の好きな顔だ。さぁ、私に溺れよう、私と1つになろう……」


 褐色の男の娘は、つま先立ちになり、彼の耳元に顔を近づける。


「…………ね?」


 ーードクンーー!!


 心臓が跳ねた。

 オリエは沸騰する自身の全身を、もう抑えることができない。


 口が、開く。


「お……俺が、選ぶのは……」


 オリエの耳元に顔を寄せたまま、薄く笑う、褐色の可憐。


「マリ……マリー……」


 静寂が、辺りを包んだ。


「……ほら、どうしたんだい。はやく、続きを……」


 何か嫌な気配を感じた最高神は、オリエから飛びのいた。

 静寂は、おかしい。

 ただ最後の力を振り絞って抵抗しているのなら、オリエが震える音が、漏らす息遣いが聞こえなければおかしい。

 無音のはずがない。


「これは……!?」


 飛びのいた彼の目に映ったのは、何かに見入る、オリエの姿。そしてーー、


 ーー彼に寄り添う、天使の、群れだったーー。


「ラパンテッド・ランカスター……。一体、なんのつもりだ」


「……僕は、自己評価がとても低い」


 そうつぶやいたラパン。光の翼を生やし、オリエを守るように支える彼の目は、最高神を捉えてはいない。

 オリエをじっと見つめるその目は、言葉とは裏腹に、自虐ではなく、慈愛に満ちていた。


「僕を受け入れてくれる人なんて、場所なんて、どこにもなかったんだ」


 そのラパンとは違うラパン。だけどやっぱりオリエに寄り添う彼はそうつぶやく。


「変わろうとしたこともあった。けれど、変われなかった」


「そんな僕に価値なんてない。みんなと同じことができない僕に、価値なんてあるはずがない」


「そう、思ってた……」


「今でも、たまに思うときはあって、だからこの自己否定は、きっと簡単になくなるものではないのだろうけれど」


「けれど、今は1つだけ、昔とは違うところがあるんだよ」


「それは、僕が僕と言う存在を認められるようになったこと」


「君が、教えてくれたんだよ。オリエくん……。僕は」


「僕は、"男の娘"だっていうことを」


 分身したラパン達が、口々に言葉を紡ぐ。


 1人、また1人と、光の粒子になって消えていく。


 最後に残ったラパンが、オリエの前に立つ。


「ありがとう。僕に居場所を与えてくれて。……きっと君が彼についていっても、その居場所は消えないよ。だから、だから大丈夫……」


 その瞳は、もう、涙を抑えきれていなかった。


「もう、ラクになっていいんだよ、オリエくん……」


 その身体は引き寄せられた。

 強く、強く、抱きしめられた。


「俺はーー


 ーー俺は! ラパンを愛している!! 最初から! ずっと! これからも!! 俺にはラパンしかいない!!」


 オリエは叫んだ。のどが張り裂けそうなほどに。

 彼の脳に、心に、全身に。過去に、未来に、現在に。ラパン以外の全てが、介在する余地などなかった。それは、最高神マリーダでさえも、例外ではなかった。


「な!? 嘘だ……そんな……私を目の前にして、他の男の娘を選ぶなんて……」


 マリーダは、目の前の現状をにわかには受け入れることができない。

 それでも、無理やり自身を納得させる。


「そ、そうか、同じアイコンを持つもの同士だと、より心の距離が近い方を選ぶようだ。これは、知らなかったよ、新発見だ……今までそんな存在いなかったからねぇ!!」


 ヒステリックな笑いの後、彼の顔はスイッチを切ったように無表情へと変貌する。


「じゃあいいや。君のチャームは解いてしまおう」


「……え」


 声を漏らしたのはラパンだ。


(覚悟はしてきたよ……。してきたけど、やっぱり……)


 理性では、オリエが本来の状態に戻ることは喜ばしいことだと思おうとしていた。

 自分の好きな人の精神が操られているというのなら、それが正されるのはきっと良いことだと。


(だけど、だけど……やっぱり無理……)


「う……うぅぅぅぅぅぅぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 本能では、それを認めることはできなかったのだ。

 先ほどとは違う感情を帯びた涙が、勢いよくあふれ出す。


「ラパン……」


 オリエは、穏やかにその震える身体を抱きしめ、頭を撫でる。


「くははははは!! 泣き出しちゃったねぇラパン君!! 私に似ている君を彼は好きになったにすぎない! どうせ私のものにならないなら、お前も道ずれだ!!」


「やめ、やめて……」


「ふふ、ふふふふふ。……さて、連れのラパン君は泣き出しちゃったけど、君はやっぱり冷淡なんだね、オリエ君」


 マリーダは、冷静にラパンをあやすオリエを見据える。


「いや、強さ、なのかな。これは」


 --俺が、強いーー?


 オリエは、その言葉に聞き覚えがあった。

 マリーダの顔が、その記憶とシンクロする。


 思い出したのはーー、


『兄さんは強いよね』


 ーー妹の、顔だった。


 言葉が、脳裏に反響する。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 一言で言えば、俺の妹は、お姫様(アイドル)だった。

 周囲の期待を現実に変える、まるで、魔法使いのようなお姫様(アイドル)だった。

ご覧いただきありがとうございます!


オリエ、男の娘の誘惑に打ち勝ち、男の娘に愛を叫ぶ!!

両手に男の娘。羨ましきかな。


次回はオリエ過去編です! 10/31(土)18時頃更新予定!!

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