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第4章 第17節『これがひと時の夢ならば、せめて幸せな結末を』

「すでにかかってるって……どういう……こと……?」


「受け入れたくない気持ちは分かるけれど、言葉通りの意味よ。もう彼は最高神マリーダの虜。彼に敵対することはできないどころか、彼の言うことなら素直に聞くでしょう」


「で、でも、それは……。そ、そうだ! 一体いつそんなものをかけたって言うのさ! オリエくんが最高神に出会ったのはついさっきが初めてのはずだよ!」


「貴方に出会う前。彼自身も気づいていないでしょうけど、彼がこの世界に来た時には、もうその()()は付与されていたわ」


「そんなの、どうやって……」


「あちらの世界とこちらの世界を繋ぐルート、私たちは"無意識と無意識の境界(シュツギー・ライン)線"と呼んでいるけれど、その中に、通る人間に自動的にチャームをかける機構が設置されているの。もちろん設置したのはマリーダ君だけれどね」


「しゅつぎー……らいん……。だけど……オリエくんは僕のことが……好きだって、言ってくれたんだよ……。君は、オリエくんが嘘つきだって言うの……?」


「そんなことはない。きっとね。だって彼は、貴方のこと、とても大切に思っているって言っていたからね。ただ……」


 今にも泣きだしてしまいそうな金髪痩身の男の娘に、銀髪の彼女は最高神の面影を見る。

 かつて交わしたオリエとの会話を思い出し、ラパンの問いを否定する。


 優しい言葉をかけてあげたかった。彼は、オリエは貴方のことを心から愛していると、彼女自身も信じたかった。それは、マリーダを救えない自分への慰めのためであったけれど、もしかしたら彼らのことを好きだという気持ちが強くなってきたのかもしれないと、彼女は思った。


(だけど……、本当のことを言わなくちゃ……私こそ、貴方たちに対して嘘はつきたくないから……)


「ただ、貴方とマリーダ君は似ているから。女性的な、可愛らしい、痩身の男性。この世界にそんな存在はそうそういないから。オリエ君は、マリーダ君に向けるはずだった愛を、貴方に向けているだけかもしれないことは否定できないわ……」


「………………………………そう」


 ラパンは目を伏せる。過去に想いを馳せる。


(一緒にビーストハントをしていた頃の楽しそうな顔も、あの夜初めて僕のことを好きだと言ってくれたことも、王都でシャルロに会ったあとに僕の心を案じて激昂してくれたことも、一緒に回ったあのロマンチックな降神祭の前夜祭も……。全部、全部、最高神に、僕以外の誰かに向けるためのものだったのか、僕以外の誰かと過ごすための時間だったのか。そんな……そんなことって……)


「……最高神は、オリエ君を世界征服のために、味方に引き入れるつもりよ。時間はあるとは言ったけれど、そろそろ行かないとまずいかも。……って、貴方がそれを望むならだけど……」


(自分でつらい現実を突き付けておいて、何言ってるんだろう、私。……ひどいな。ひどく、醜い)


 シルフィードの言葉をきいたラパンは、それには答えず、ふらふらと、通り側の大きな窓の前に向かう。


(僕が生まれて初めてもらった優しさは、幻だったの? 君と僕の関係は、哀れな僕のために神様が見せた甘い夢だったの?)


 窓の前に着くと、動きが止まる。

 目には、涙が溜まっていく。


(あぁ、僕はやっぱり、独りなんだなぁ。最初から独りでいるよりも、後から独りになるほうがよっぽどつらいよ。あげて落とすだなんて、ひどいなぁ。……だけど、それでも……)


 彼は振り返り、シルフィードを見た。


「それでも、僕はオリエくんを助けなくちゃ。独りになるのは、それからでも遅くないよね」


 ーーどうせ夢ならば、いや、せめて夢の中でくらい、最後まで君のためにーー


 左手の掌で窓ガラスに触れる。触れた面から同心円状に白い光が放たれると、窓ガラスは、震えるように粉々に砕け散った。

 行き場を失った白光が砕けたガラスに反射する。星屑のように、ラパンを照らす。


 曇天の空。薄暗い街とのコントラストに、シルフィードの目には、彼の姿はより眩く感じられた。


「ありがとう。シルフィードさん。()()、最高神と上手くいくといいね。……それじゃ」


 そう言って光の翼を広げ、街に向かって飛び出していく、光の男の娘。


「神々しい、っていうのはこういうことなのかな」


 神である自分が少し恥ずかしく感じられるほど、彼の姿に畏敬の念を覚えた。美しいと、思った。


 彼が飛んでいく軌跡を追っていた目が、ふと曇天に向く。


(あ、)


「一雨来そうね……」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「世界……征服……。お前、俺たちと戦いたかったんじゃないのか」


「確かにその気持ちも間違いではない。だけど、覚醒した君の力、かなり使えそうだなって。だから、むしろ仲間に引き込んでしまおうかと」


 妖艶な美貌を備えた褐色の男の娘は、にやにやとしながらオリエを見つめる。


「お前、相当強いんだろ? 俺の力なんていらないんじゃないのか」


「そんなことはないさ。私の出力量に君の"(オンブル)"が合わされば、どんな人間だって、どんな大群だって屈服させられる。それは、私一人ではできないことだ」


「……仲間になる理由がない」


「理由はあるだろう。君はこの世界を快く思っていない。人を男女や善悪の二元論で語り、多様性を許容できずに少数派の内面を土足で踏み荒らし蹂躙する、この世界の理を。違うかい?」


「……いや、違ってない。確かにそれはその通りだ。だから、これまで戦ってきたんだから」


 オリエは考える。自分たちの最終的な目的はなんだったのか。

 それは、"世界を変えること"だ。

 具体的には、少数派が排斥されない、価値観の多様化。


(方法はいずれにせよ、どこかのタイミングで世界相手に戦いを挑まなければならないのは確かだ。だったら、こいつの言うことに乗っかった方が確実か?)


 最高神の誘いに応じることを前提とした思考回路になっていることに、オリエは気づかない。


「……分かった。俺はこの世界に思い入れなんてないし、それを飲むことはやぶさかではない。ただ、1つ、条件がある」


「条件?」


「俺とラパンが幸せに生きられる世界を創ると約束しろ。誰が誰に対しても偏見を持たない世界、真の意味で多様性が認められる世界を」


「私が創った神の国は既にそういう世界だけど」


「そんなことはないはずだ。マルティは苦しんだ」


 理想を語る神の国ですら、マルティは苦しみを免れ得なかった。

 全てをマリーダの構想に任せるわけにはいかない。


「えー。あれは彼女の父親が悪いでしょう。国の根幹を崩そうとしたのだもの」


「親父が悪くてもマルティが被害を受けるのは違うだろ」


 オリエは、マリーダを真っ直ぐ見る。


 マリーダは、知っている。自分にはどうしようもない理由で迫害を受けることの絶望感とやるせなさを。


「……そうだね」


「それと、人間の改良はもう止めろ。ローズロッサのように悲しむ人間をこれ以上増やすな」


「わかった。もう改良する必要もないからね。いいよ、誰も君たちを責めない世界をつくると約束するよ」


 オリエはその言葉を、疑いもなく受け入れた。


「乗った。世界征服の片棒を担ぐと約束……」


「待って! 最高神は魅了の呪いを付与することができる!」


 光の翼を折りたたみ、金髪の男の娘が通りに降りてきた。


「ラパン……!」


「君は騙されてるんだオリエくん!」


 ラパンは、着地の勢いそのままにオリエに駆け寄り、抱き着いた。


「この世界に来るときに、すでにチャームをかけられているんだ! いいように使われるだけだよ!」


「な……!?」


「ふふ、ふはははははははははは!! あーあ、バレちゃったかー」


 取り繕うことも、否定することもなく、最高神は、あっさりとその事実を認めた。


「……お前、本当なのか……?」


「まぁうん、そうだよ。身に覚えがないかい? この世界に来る前では考えられない感情が浮かんだりさ。特に、私に似たその男の娘に対してさ」


 オリエには、むしろありすぎるほどに覚えがあった。


 初めてラパンに出会った時の、雷に打たれたような衝撃。燃え上がる熱情。ラパンを傷つけたシャルロへの激情。そんなもの、それまでの自分の中にあった感情じゃなかった。


(ってことは、今までの感情は全部幻……?)


「まぁ、些細な問題さ、そんなこと。チャームだって私の力。私の魅力なんだから」


 褐色の男の娘は、オリエに近づいていく。


 目の前まで来ると、上目遣いで彼を見つめた。


(アイコンが似ていようと、所詮彼は紛い物。男の娘としての格の違いを見せつけておくとしようか)


「さて、私とラパン君……君は一体、どっちを選ぶんだい?」

ご覧いただきありがとうございます!


ついにオリエが最高神からかけられたチャームを自覚しました。

チャームをかけた張本人であるマリーダと、それに似ているラパン、オリエはどちらを選ぶのか。


次回は少し更新空きます。10/24(土)18時頃の更新です。よろしくお願いいたします!

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