第4章 第14節『騎士隊長 vs 巨神紳士 〜ただ一つの土台〜』
トラッシュタウン郊外に広がる森林地帯。
そこでは、神の手による、突発的な森林伐採が行われていた。
樹齢数百年はあろうかという大木すらも霞む、隆々のハムストリングが振り抜かれたかと思うと、サッカーボールのように一直線に、ゴール目掛けて木々が飛んで行く。
そのストライカーは、全長50メートル。
ここに飛ばされてきた時よりも、さらに倍以上、サイズを伸ばしていた。
「ふむ。いちいちスケールの大きい御仁ですな」
迫りくる大木の群れを前に、あくまで冷静に、筋肉で全身がコーティングされた騎士隊長は呟いた。
突如、最高神マリーダによってこの森の中に飛ばされた上、共にやってきた巨神は首が痛いほどに見上げなければならないほど巨大になっている。
常人なら頭が追いつかないこと必至のこの状況でも、ギフト"鋼の肉体"を発動したこのガテムレックスは、強靭な精神を保っていた。
「ふんっ!! ……ふんっ!!」
彼は息ひとつ乱すことなく、巨神グレンデルが蹴り飛ばした木々を、拳で一つ一つ撃ち落とす。
拳を撃ち込んだ大木はめきめきと、グレンデルとガテムレックス、双方がかけた逆方向の力によって、中心に向かってばねのように縮むと、慣性を失い地面にドスンと落ちていく。
グレンデルのラッシュが終わったころには、ガテムレックスの周辺には、奇病に罹ったかのように不自然に収縮した木々の塊が散乱していた。
「次は私の番ですね」
彼はその塊を殴りつけると、再び慣性を得たそれは巨神めがけて一直線に飛んでいく。
巨神にとって、サイズといい、勢いといい、その塊はまるで弾丸のようだった。それを受けたグレンデルはわずかにたじろぐ。
一発だけで終わるはずはなく、ガテムレックスは塊の尽くを打ち抜いていく。
「撃鉄ですか貴方は。しかも機関銃の」
あきれ声を出した直後、巨神はガトリングの猛襲を受けることとなる。
攻撃の手を緩めないボクサーを相手にした対戦者のように、反撃もできず成すがままになっていた。
「神とは、この程度ですか……。期待外れですね」
そうつぶやきながら伏しかけた彼の視界が、突如として明るくなった。
反射的に顔を上げた彼の目の前には、巨神の姿は無く、ガトリングの弾だけが虚しく遠ざかっていく。
圧倒的存在感を纏っていた目前の巨大生命体が、忽然と姿を消し、遮られていた日の光が、再びガテムレックスを照らしていた。
空は曇天ではあったが、巨神が消えた今、明らかに直前までよりも世界は光に満ちている。
目的地を失った木々だった塊は、森の上空を暫し流れた後、重力に従い地に落ちていった。
彼は瞳だけで周囲を見渡す。
何か、この超常現象の解決のヒントになるようなものは無いか。
再び転移した可能性を第一に考えたが、敵の情報は少ないのだから、気を緩めるわけにもいかなかった。
10秒。神経をとがらせているガテムレックスにとって、その時間は長かった。
先ほど自分が飛ばした大木が地面に落下した音の後からは、何も聞こえないし、動かない。
ただ、この樹海に青々と茂る葉が、風に揺られて動くだけだ。
「……やはり転移したようですね」
ため息を1つ吐いた彼は、踵を返し街と思われる方角に戻ろうとする。
一歩を踏み出そうとしたその時、背後からかすかに、服と草木が擦れる音が聞こえたーー。
「ムッ……フゥッ……!!」
振り向いた瞬間、彼の意識は一瞬遠のき、再び戻る。
気管の空気が盛大に漏れ出る音は、自分の身体が発する音だと気づいた彼の目には、確かに神の1人、グレンデルが映っていた。
(いつの間に……こんなに近くに……!?)
再度繰り出された敵の右ストレートに、カウンターで自身の右拳を突き出す。
2人の拳はお互いの顔面を鈍く叩くと、筋骨隆々の肉体へと引き戻された。
「……貴方、こっちが本当の姿ですか?」
「なに、どっちが本当ということもないのですよ。その時その時の状況や目的によって、神の見え方というのは変わるものでしょう?」
あくまで紳士的な態度を崩さないその神の肉体は、ガテムレックスと同程度のサイズに縮んでいた。
ガテムレックスはグレンデルの回答を無視し、拳をまた撃ち込んでいく。
(少々卑怯な気もしますが、神のペースに巻き込まれる必要はないでしょう)
彼は、文字通り全身全霊で戦っていた。そこに侮りはない。目の前の敵に全ての集中を向けている。そしてそれは、何が何でも目の前の敵に勝つことが、何よりも重要だと考える故。それが、オリエたちへの最大の忠義と知る故。
相手の言葉の最中に殴りかかるなど、騎士の誇りは汚れることになるかもしれない。それでも彼は、"勝つ"ことを重視した。
ガテムレックスの左が、グレンデルのボディを打ち抜かんとする。
(私の拳は、すべてが一撃必殺。あっけない幕切れかもしれませんが、これで決めます……!!)
敵を必ず沈めてきた拳が、神の直前まで迫った時、それは起きた。
近づいているはずの拳から、敵の身体が遠のいていく。
(まさか……!! この不意打ちを躱せるのか……?)
1つ、違和感。自身の前方から離れていくのは、神の身体だけではなく、周囲の景色ーー。
(……違う。これは……、私の身体が、吹き飛ばされて……)
ガテムレックスは気づく。自分の右脇腹に、グレンデルの左拳がめり込んでいることに。
(明らかに私の方が先に拳を放っていたはず……)
不可解に思いつつも、ガテムレックスは敵の攻撃の勢いを利用し、後ろに距離を取ろうとする。だが、
「遅いですよ。吹っ飛ぶのが」
後ろに吹き飛ぶ前に、神の右拳が、彼の左脇腹を貫いていた。
右拳、左拳、右拳、左拳、右、左、右、左、右左右左右ーー。
ガテムレックスの身体に吸い付くように、グレンデルの連打が撃ち込まれていく。
一撃一撃が鋭く臓腑に響き、その度に思考がぶれる。
(この……スピードは……)
途切れることない痛みのパルスが意識を徐々に蝕む中、ガテムレックスは自身の思い違いに気づいてしまう。
(そうか……この男の本質は"パワーファイター"ではなかったのだ……。膂力は間違いなく化物級だが、真に恐るべき点はそこではなかった。巨人としての力を人間台のサイズまで凝縮させたことにより可能となる超高速戦闘……。奴の戦闘スタイルは……"スプリンター"……。超人級の筋瞬発力から繰り出されるスピードは、瞬間的な速度であれば、以前観たガルダという少女を超えている……!!)
ともすれば愚鈍なイメージを持つ、筋骨隆々な巨人。
しかし今、彼の目の前で、まるで蜃気楼のように実体がないかの如き連拳を放つその紳士は、その50分の1のサイズである。
ただでさえ強靭なバネを50倍に縮めたのだ。それが放たれるスピードにガテムレックスが反応できないのは、ある意味人として当然のことであった。
と、漸くグレンデルの攻撃の手が止んだ。
距離を取った彼の両腕は赤く染まり、シューシューと湯気が立ち昇っている。
「ふむ。まだ倒れませんか。やはり、下界人の中でもかなり骨がある方のようだ」
「そう……ですか。まぁ、倒れるわけには……いきませんからね……」
ギフトを解けばすぐにでも意識を失いそうな激痛の中、言葉を紡ぐ。
「オリエ君たちのためにも……私は立ち上がり続けなければ……」
「……あの異世界人たちですか。命を賭けるには、いささか以上に小さい目的だと言わざるを得ませんが」
グレンデルは、拍子抜けだと言わんばかりにそう告げる。
「それ以上に、強い支えはありませんよ。例えば私が"国の平和"や"国民の幸福"の為に貴方と戦っていたのならば、きっともう倒れています」
「その目的の方が、随分と強く聞こえるのですが」
「いいえ、違います。だってそんなこと、私じゃなくてもできるでしょう? なるほど規模の大きな目標は、志としては立派でしょう。しかし、私が立ち続ける理由としては脆すぎる」
「……なるほど」
「オリエ君を、ラパンテッド君を、マルティさん、シャンソン君、ソレイユさん……ローズロッサさんもでしょうか。彼らを支えることができるのは、少数派を排斥する思想が蔓延する我が国において、現状、この私しかいないのです。だから私は、ここで地に伏す訳にはいかない」
ーー彼らを見ていて思ったのだ。彼らは敵だらけのこの世界を綱渡りで生きている。今は、上手くやってこれているが、それは絶妙なバランスで成り立っているものだ。多勢に無勢。周囲の人々の言動次第で、そのバランスはつぶさに崩れ去るだろう。
そんな中でも彼らは、幸せを求め戦っている。それはとても尊く、魅力的だと、そう思ったのだ。
だから、私が支えなければならない、とーー
その言葉を聞き、グレンデルは笑みを浮かべた。
「なるほど。貴方は強い。身体だけでなく、心までもが、貴方は強靭だ」
ガテムレックスはその質問には答えず、心を戦いに戻す。
「さて、先ほど貴方は……私を"機関銃の撃鉄"と例えたが、寧ろそれは貴方の方が相応しかった……」
グレンデルも、表情を抑える。
「……そうかもしれません。それでしたら貴方は、堅牢な盾、と言ったところでしょうか。心身共に、その打たれ強さはもはや人間の域を超えているかと」
「それも……間違ってはいないでしょう。しかし、折角貴方が例えてくれたのだから、私も今は"撃鉄"を名乗ることにします」
「……神と同じ土俵で戦うなど、自ら敗北を宣言しているようなものですよ。悪いことは言いませんからーー」
ちっちっち。と、鋼の騎士隊長は神に向かって左の人差し指を振った。
収納の魔法を解き、右手にメイスを持った彼は、ニヤリと笑った爽やかなフェイスから、見た目にそぐわぬ落ち着いた声で語りかける。
「私は貴方のように何発も弾を撃つ必要などありませんので。そうですね、私が放つのは……"マグナム弾"。一撃で、粉砕して見せましょう」
そう言った彼がファイティングポーズをとると、メイスの持ち手部分が縮小し、ヘッドが右腕を覆うように変形を始めた。
鈍く銀色に光るそれは、彼の右手から肩までを覆っていく。
変形を終えたそれは、手から肘にかけては、二回りほど巨大な右腕様で機械的な機構が凝らされている。
肘から肩にかけては、スキニーデニムかのように腕に沿った銀色が輝いている。
「それが貴方の"撃鉄"というわけですか」
グレンデルも、戦闘態勢に入る。
迎え撃つという気迫が、物静かな眼差しからでも読み取れる。
風が、吹いた。
風で舞った濃緑色の葉が、地面に落ちる。
ザッーー。
それを合図に、グレンデルは動く。
超瞬発力で、一瞬のうちに距離を詰める。
「これで、終いです」
発火した神の右腕が、硝煙を纏いながら、命を撃ち抜きにかかった。
それをギリギリまで引きつけた騎士隊長の右肘、顔を覗かせた噴射口から、光が煌めく。
ボッーー、と、噴射口から青い炎が迸ったのとほぼ同時、赤と銀の拳は、それぞれの標的を的確に捉えた。
「"紅き巨神の王"!!」
「".111 GTMREX M"!!」
全力の拳を振り抜いた2人は、それぞれ同じ速度で逆方向に吹き飛ばされる。
流れる空を見上げながら、2つの筋肉は飛んでいく。
両者は腕を組み、不服な表情を隠しもせずに、口を尖らせた。
「「ふむ。勝負は持ち越しのようですな」」
ご覧いただきありがとうございます!
大変長らくお待たせいたしました。
期間が開いても読んでいただける皆様にひたすら感謝、感謝です。
今回はガテムレックス回でした。
ガテムレックスさんは、メンタル弱めだったりちょっと一般的から外れたメンバーの中にあって、唯一の常識人&メンタル強めです。その包容力で、これまでの人生で愛を与えてもらえなかったメンバーたちを支えてもらいたいものです。
次回は9/12(土)18時ごろの更新になります。ソレイユ嬢とレイキさんの戦闘に移ります!




