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第4章 第12節『拙者、ジャパニーズサムライでござる!』

 沖田家。


 私の一族は、あの新選組一番隊隊長ーー最強剣士ーー沖田総司の子孫だった。

 生涯独身と言われる沖田総司だが、実は、病床に伏す前に関係を持った女との間に、子を成していたのだ。

 その子の存在は歴史の闇に葬られたが、脈々とその血は受け継がれた。


 この家系が沖田総司由来のものであることは絶対的な機密事項とされ、親族以外でそのことを知るものは存在しない。


「ありがとうございました」


 日曜日の夕暮れ時、今日の稽古が終わり、私は父に深く礼をする。


(あおい)、今日の立ち振る舞いは中々だった。次回から実戦形式に入ろう」


「はい。ありがとうございます。お父様」


 表情が変わらない父親は、褒めているのか、事実を淡々と口にしているだけなのか、判断がつかない。

 私も無表情のまま、答えを返した。


 この一族は多くの子孫が、剣の才に恵まれていた。あるものは表舞台で、剣道や居合、変わり種ではフェンシングの強者として、国内外を沸かせた。あるものは裏の世界で、一刀による要人の暗殺、暴力団の懐刀、世界的スパイの用心棒など、人知れずその才を振るった。


 特に私が生を受けた本家においては、その才が色濃く受け継がれ、将来の成功は約束されたようなものだった。

 当然、父も熱を入れて指導していたのだろう。

 才能もさることながら、稽古を経るたびに私の腕はめきめき上達していたと、自分でも思う。


 そんな私でも、一時期、悩みはあった。本当に小さいころーー小学校中学年くらいだろうかーーの話だが。

 それは、私が女だということだ。


 男系であるこの一族で、その家督を継ぐための最低条件は、男であること、だったから。


 私の父は生まれつき生殖機能が弱く、子をなすことができなかった。直接、精巣から精子を採取したと聞いている。それでも上手く受精せず、長年かかって漸くのことで産まれた子供が、私だった。


 だから、代えがきかなかった私は、男として、育てられることとなったのだ。


 幸い、剣の才は受け継がれていた。

 それに父の厳しいしごきにも、私は耐えることができた。だから私は男として、それまで16年の人生を歩んでこられた。


 このまま、男として生きることも悪くないと、そう思う程度には、その環境に適応していた。

 あと2年、高校を卒業したら、私は家督を継ぐ。


「そうしたら、外から種を入れなければな……」


 ある日、父がふと、そう言った。

 なんでもない言葉だったのかもしれないが、長年親族からのプレッシャーに耐えながら、子づくりに励んだ父は、心配だったのかもしれれない。私がちゃんと子孫を残せるかどうかが。


 早く相手を見つけ、父を安心させたい。当然のようにそう思った私は、その相手を探そうと、早速、学校中を探し回った。空手で全国大会に出場したという強い男、常に人から囲まれている優しい男、教室の隅で目立たずに読書に耽っている、一族の秘密を死んでも守り続けてくれそうな男。


 それまであまり周囲に関心を向けていなかった私だったが、いざ見回してみると色々な男がいた。

 けれどどこか、心が動かない。何故だろう。自分が通う高校なんて狭い範囲で探したからだろうか。


「明日は街に出てみよう」


 私はポツリと呟くと、今日はもう家に帰ろうと校門を出た。夕暮れが目に眩しく、逆側から中に入ろうと、こちらに走る影に気づいていなかった。


 校門を出た瞬間、その人物とぶつかる。

 身長が170センチ台半ばの私より、頭1つ分小さい、小柄な女性だった。


 転びそうになる彼女に手を伸ばそうとするも届かず、その相手は派手に転倒する。

 短い制服のスカートが、ふわりと浮いた。私の目には、その中身が、ばっちりと移りこんでいた。


「だ、大丈夫……?」


「あ、ご、ごめんなさい! 私、急いでて! 引き出しに定期忘れちゃったの!」


 そう言うと、彼女は慌てて、校舎に走っていった。

 後から思い返すに、きっと、電車の時間がギリギリだったのだろう。この田舎では、多い時間帯でも30分に1本しか電車がないから。


 まぁそれは、後から考えたことだ。この時、私は生まれて初めて抱いた感情を、暫く反芻していたのだから、そんなことを考えている余裕はなかった。

 つまりは、それが始まり。いや、気づき、だったのだろうか。


 私は、男性ではなく、女性が好きだったのだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 私はその日から、その女のことしか考えられなくなった。

 その彼女は隣のクラスで、休み時間は、お手洗いに行くフリをして、必ずそのクラスの前で、彼女を視界に入れていたりした。


 ずっと眺めるだけの生活を暫く過ごした私は、3年生になった年、彼女と同じクラスになる。


 高校3年、17歳の秋。

 彼女とは、たまにーー1週間に1度程度だがーー放課後2人で話す仲になっていた。

 私に社交性がないのだということは、この時初めて知った。話そうと思えば思うほど、言葉は出ず、会話は空回り。教師相手や委員会での事務的な会話は問題なかったから、私がこんなに話下手だなんて、思ってもみなかった。


「蒼ちゃんって、背高くて美人さんだよねー」


「え、化粧したことないの!? もったいなーい!」


「じゃあ今度、街に買いに行こうよ。おすすめ教えてあげる!」


「文化祭の次の週とか、どうかな?」


「いい? やったー!」


 なんて、基本的には向こうから話してくれたから、私は聞いているだけで良かった。話すようになったきっかけも、彼女があの時校門でぶつかったことを覚えていて、話しかけてきてくれたからだ。

 それでも関係が成り立っているのだから、きっと相性が良いのだと、その時の私は思っていた。

 少なくとも1週間に1度は、彼女の目には私しか映っていないはずだったのだから。


「わ! 奇麗だねぇ! もう3回目だけど、今年は最後だからなんか感慨深いなぁ」


 その日は文化祭で、夜は校舎から少し離れた所から打ち上げられた花火を、私たちは校庭から見ていた。

 これまでろくに外で遊んだこともなく、綺麗な景色などというものにもろくに関心を払ってこなかった私にとって、それはとてもロマンチックな光景だった。

 昨年までは、稽古を優先して後夜祭前に家に帰ってしまっていたから、実は生まれて初めて見る打ち上げ花火でもあった。


「ね、葵ちゃん。今度の週末も楽しみだね」


 だから、そんな雰囲気の中で声をかけられた事で、いけると、そう思ってしまったのだ。


 私は、その場で彼女への想いを口にした。貴女が、好きだと。


「え……? わ、私、女だよ……? 冗談……だよね? もー困っちゃうなー! あは、あはは……え、本気……なの……?」


 最初は笑っていた彼女だったが、私が何も言わないのを見て、本気だと感じ取ったようだ。

 冗談などと、言われたくなかった。この想いに、偽りなど皆無だったのだから。


「ごめん……。私、女の人とは付き合えない……かな」


 彼女の返事は、丁寧な断りの言葉だった。

 とても悲しくなった。最初、彼女の顔をまともに見れなかった。

 だけど、それはちゃんと答えてくれた彼女に失礼だと、顔を上げた。


 その時の彼女の顔をしっかりとは思い出せない。けれど、間違いのないことは、信じられないものを見るような目をしていたということ。可哀想なものを見るように顔をしかめていたということ。


 その表情を見るのがつらくて、私はすぐに、目を伏せた。

 私は、何か間違えてしまったのだろうか。わからない。わからなかった。


 だけど次の日、憂鬱な気分のまま登校した私は、それとは違う、()()()()にはちゃんと気づいたのだ。


「沖田、この問題を答えてみろ。……沖田?」


「じゃあ沖田さんには、来週から花壇の水やりお願いしたいんだけど大丈夫? ……沖田さん? 聞いてる?」


 気づいたのは、学校の人々ーー先生も含めーーと会話がうまくできていない自分。

 声が出ない。出ても上ずる。徐々に頭にはモヤがかかり、口から出るのは支離滅裂な言葉ばかり。


「り、りはくは……その、しゅうちしんが……えと……ご、ごめんなさ……」


「そのひっ……ひは……朝のけい……あ、これ言っちゃだめ……あ、す、すみませ…ん」


 ーーあれーー?


 ーー人と話すのって、こんなに怖かったっけーー?


 元々、クラスメイトと話す話題もなく、社交性はなかった自分だったが、そんなことを思うのは初めてだった。


 気がついてしまったからだ。皆が、私を奇異の目で見ている事に。これまで私は周囲に無関心だったから、気付いていないだけだった。


 みんな、みんな、()()()()()()()()()で、私を見ている。


 理解の外にあるような、奇妙なものを見るような、(あざけ)りと、戸惑いの目で。


 ーーやめて、やめて、そんな、凶悪犯を見るような目で……グロテスクな寄生虫を見るような目で、私をーー私を見ないでーー。


「それじゃーこれで終わります。さようならー」


 帰りのホームルームが終わった後、私は、纏まらない思考で、彼女を見た。彼女は、すぐさま私から目を逸らした。


 胸が締め付けられた。感情が混ざり合う。怒りと、悲しみと、焦燥感と、無力感。怒りに対する罪悪感も。


 ぞわぞわとした感情のさざめきに耐えきれず、私は逃げるように学校から飛び出した。どこに行くあてもない。それなのに、それなのに、私は走った。

 走って、走って、それでも晴れない私の脳はーー、


 ーー正面から来る車の騒音にも、気づかなかったのだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 目が覚めた私が最初に見たのは、縦横無尽に走る機械だらけの部屋の天井。

 ぼーっとした頭で周りを見渡すと、褐色の美少年がベッドの隣の椅子に腰かけていた。


「やぁ、目が覚めたね。私はマリーダ。君の名前は?」


「わ、私は……」


 この時は、まだ頭が混乱していて、言葉が出ないだけだった。


「まぁ来たばかりで気が動転しているんだろう。ゆっくり馴染んでいくといいよ」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 私は、神の国、とやらに来たらしい。


 普通、いきなり異世界転移などしようものならーー車に轢かれる直前の記憶はあるから、異世界転生だろうかーー、現実に頭がついていかなくなりそうなものだが、幸か不幸か、最初から自分の感情に思考がついていっていなかった私は、急に世界を移動したということに関しては、特に何も慌てたりはしなかった。

 寧ろ、その超常現象よりも人の方がよっぽど怖い。


 この国で暮らすうちに、私はだんだんと精神的な落ち着きを取り戻していった。どうやら、最高神が裏で手を回して、国民に私を気遣うようにさせていたらしいのだが、それは後から知ったことだ。

 しかし、落ち着いたことで、またしても気付いてしまった。


 もう私は、沖田家の跡取りですらない。この異世界で私に残されたのは、漠然とした他人への恐怖感と、女性が好き、という私を狂わせたアイデンティティのみだということを。


 涙が出た。なんだか、自分が情けなくて。私は家督を継ぐ為に、立派に生きていたと思っていた。だけど、実は恥を撒き散らしていただけなんじゃないかと。そして、今の私にはその恥の部分だけしか残っていない。


 それでも、その世界を離れて、違う世界にいることにホッとしている自分もいた。もう、重いものを背負うこともない。彼女の視線に怯えることもない。


 それなら。それなら、これまでの自分を捨てて新しい自分を生きてみようかな、なんて、そんな考えが頭をよぎった。


「やぁ、久しぶりだね。そろそろ落ち着いたかい?」


 朝日を浴びながらの散歩の途中、近代的な機能美を輝かせる無機質な神殿の前で、1か月ぶりの褐色の彼に、挨拶される。

 この人にだけは、相対してもなぜかあまり緊張しないーーチャームについても、この時より後に聞かされたーー。


 だから、勢いのままに私は口にしたんだ。

 この世界では、私は沖田 蒼ではない。私、いやーー、


「拙者は、ジャパニーズサムライ……よろしくでござる!」

ご覧いただきありがとうございます!


今回からローズロッサ過去編です。

今回は彼女の対人恐怖の原因、変な口調の本当の理由的な話でした。

沖田家という狭い世界が自分にとっての世界のすべてだった彼女は、ひとめぼれした女性との出会い、失恋によって、周りからの奇異なものを見るような自分への視線に気づいてしまいました。

彼女にとってそれは初めての経験で、実際以上にその視線を敏感に感じ取ってしまったのかもしれません。


次回は来週土曜(8/1)18時頃の投稿予定です。次回は彼女が異世界に来た後の話になります。よろしければご覧ください。

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