第4章 第11節『朱に染まる青』
褐色の男の娘が、リーヴィットの肉体を抱きしめていた。
「女、私のローズロッサを誑かしたのかい?」
これまで笑みを絶やさなかった最高神の表情が消える。
ーー許されることではない。失敗作の分際で、私のものであるオリジナルと仲良さそうにするなんて。
「君は、自分の立場を弁えたほうがいいな」
「私の……立場……?」
彼女は頭の回転が追い付かない。化物から命からがら逃げてきたと思ったら、こんな美少年ーーいや美少女か?ーーに抱きしめられ、耳元で身も凍えそうな口調で話しかけられた。この美しい人が言う、私の立場とは何なのだろうか、と彼女は思う。
マリーダの額が、彼女の額に触れた後、そっと離れた。
途端、彼女の脳におどろおどろしい情報の塊が流れ込んでくる。
無理やり口の中に泥団子を詰め込まれているように、身体がそれを吐き出そうとするも、その情報は、拒もうとすることを拒んできた。
「あ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……あっ……あっ……」
小刻みに震える彼女を見て、最高神は再びその顔に笑みを戻し、距離を取る。
それを確認するまでもなく、ローズロッサは彼女に駆け寄ろうとするが、
「き……ちゃ……だめ……ろー……ちゃん……」
リーヴィットは、ローズロッサを拒絶した。
一瞬、その言葉に駆け寄る脚を緩めたが、尋常じゃない雰囲気を感じた彼女は、再びリーヴィットに近寄ろうとする。
「来ないで! 私に近づかないで!!」
はっきりと示された、拒絶。
「ど、どうして……。あいつに、何かされたの? リーちゃん……」
彼女は、恐る恐る、リーヴィットに声をかける。
何をされたのかは、おおよそ検討がついていたというのに。
「ああ……あ……ああ……う……あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
彼女の左腕が肥大化していく。
ローズロッサにとって、昨夜、嫌というほど視界に入れていた、毛むくじゃらの腕。犬のようなその腕には、肉球が浮かび、鋭く爪が伸びていく。
うめき声を上げながらかがんだ彼女の背中、ブラウスの薄い生地が下から何かに突き上げられるように膨張していく。
程なくして弾けた生地の下からは、怪しくぬめる、桃色の触手が無数に飛び出した。
「はぁ……はぁ……」
彼女の呼吸は荒い。
身体の変化が、緩やかに進んでいく。
「ごめんね……ごめん……私…………化物なんだって……全部……思い出しちゃった……」
ローズロッサを見る瞳の焦点を、ずれては正し、ずれては正しながら、言葉を吐き出す。
「私……たくさん人を……人を食べてた……きっとあ……なたのことも……」
左脚が太ももから、ぼとり、と落ちる。肉を掻き分けて生えてきた、人の身体には不釣り合いな巨大な犬の脚が、不安定になりかけた彼女の重心を支えた。
「ころし……て…………ころして……ろー……ちゃん……」
「リー……ちゃん……」
ローズロッサはそれ以上、言葉が出てこない。彼女をどうしたら救えるのか、彼女に何をしてあげたらいいのか、何も、考えられない。
「はやく……わたし……が……みんなを……ろーちゃんをきずつける……まえに……はやく……」
もう、その目が自分を捉えられていないことは、ローズロッサには明確だった。自分を向いているが、見ているのは虚空だ。
覚悟は決まらずとも、彼女を救うためにはこれしかない。
ローズロッサは、刀の柄に手をかける。
彼女が踏み出すのと、リーヴィットだったものの叫びは、ほぼ一緒だった。
「ころしてぇぇぇぇ……っ!!」
リーヴィットの身体が、僅かにはねた。彼女を斬ろうと踏み込んだローズロッサの顔に、まだ赤かった彼女の鮮血がぶちまけられた。
一瞬、動きを止めたローズロッサは、人の頭と同じくらいの大きさの頭を持った、1匹の黒い蛇と目が合った。
彼女が眼球だけでその出所を追うと、それはリーヴィットの胸から生えている。
彼女は、その黒蛇に見覚えがあった。
だから、徐々に呼吸が速くなる。表情は鋭利。傍目からは涼やかと言われてもおかしくない顔つきだが、その胸中で高まっていくのは、紛れもなく怒りの感情だった。
彼女を一瞥した黒蛇は、大きく身体をしならせると、真横に身体を振りぬいた。
リーヴィットの身体は、大きく弧を描いて飛んでいき、2階が大破した彼女の家の壁にぶつかると、ずるずる地面に落ちていく。
黒蛇は、リーヴィットの背後から伸びていた。ローズロッサがリーヴィットに斬りかかる前に、彼女を貫いたらしい。彼女を飛ばしたその蛇は、身体のある部分から頭にかけて鮮血がべっとりと付いている。
ローズロッサは、蛇の出所を再び追う。
黒蛇は1匹ではなかった。同じ場所から、他に7匹生えている。
目の前に立つ、理知的な男の、背中から。
彼は、ローズロッサをちらりと見て、口を開く。
「ふむ。殺せと言うから殺してあげたわけですが。ああ、べったりと血が付いてしまいました。……汚らわしい」
「ヒュドラ……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
彼女は、刀を抜き、斬りかかる。
ヒュドラはそれを躱し、背中の黒蛇が一斉にローズロッサに襲い掛かった。
「"朱色差す青薔薇"」
ローズロッサはギフトを発動する。
地面から巨大な茨が8本飛び出し、黒蛇の連撃をそれぞれ打ち払う。
「さすがは、元、マリーダ様の懐刀。このヒュドラ、感服いたしますよ」
「つまらん世辞はいらん。貴様の人間性のように薄っぺらい言葉だ。反吐が出る」
鋭利な眼光は、さらに研ぎ澄まされていく。
「この私が生涯守ると誓った女を貴様は傷つけた。死を以て償うがいい」
刀の切っ先を男に向け、言い放つ。
「生涯守ると誓った女を守れなかった。それは貴女の落ち度では?」
彼は平然と言い返した。
「……そうだ、その通りだ。だが、その命を奪ったのが貴様であるならば、私はそれを打たねばならない」
「どちらにせよ死ぬ運命の女が死んだだけ。貴女が私に怒りを向ける理由がわかりませんが」
「そんなもの決まっている……そんなものーー」
彼女の脳裏に、フィードバックする光景。無意識に流れていくその景色は、彼女の決意を固めていくーー。
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ーー12年前、日本。
私は、街から車で30分ほどの距離にある山中の屋敷の、古びた道場に立っていた。
「蒼! 貴様それでも私の息子か!」
道着に身を包んだ、肌の浅黒い、引き締まった身体つきの男が、強烈に竹刀を打ち込んでくる。
その目は剥き出しの妖刀のようで、見られるだけで、この身が斬り裂かれそうだ。
その妖刀の持ち主は、私の父だった。
沖田 宗太。
それが私の父の名前。
私の名は、沖田 蒼。
剣の名門、沖田家の家督を継ぐ、はずだったーー。
ご覧いただきありがとうございます!
自分の作品のテーマはちゃんとあらすじに示した方が読者さんが分かりやすくて良い、みたいな記事を見まして、あらすじを変えてみました。
この話には男の娘の他に、少数派、というテーマがあります。
いろんな理由で他人と上手く距離を測れなくなった(もしくはそもそも距離が測れるようになるための健全な精神の成長ができなった)キャラクター達が、そんな中でも自分たちなりの幸せを求めて戦っていく姿を描ければいいなと思っています。
よろしければ、もう暫しお付き合いいただけますと幸いです。
今回は、4章のメインキャラ? ローズロッサ回でした。
次回からは、2回に渡って彼女の過去編です。
次回は(7/26)18時頃の投稿予定です。日曜日なのでお気を付けください。
※予定が曖昧なので、18時頃に投稿できなければ、21時頃に投稿します。申し訳ありません。




