第4章 第10節『巨神の拳と筋肉の盾』
「何を……したのですか? 最高神マリーダ」
まだマリーダの精神干渉に当てられているのか、震える声でローズロッサは尋ねる。
「君たちが考えている通りだと思うよ。強いて具体的に言うなら、街の人々の半分を化物状態にしたのさ」
半笑いで告げた最高神に、ガテムレックスが侮蔑の目を向ける。
「ハンサムな君、なぜそんなことをしたのか、と聞きたそうだね。……なに、そんなに大した理由じゃない。全てを化物に変えるよりも半分は弱者のままの方が、効率的に殺戮できるだろう? 人々が減ってきたら、化物の半分を人に戻す。それを繰り返していけば、スムーズに街を壊滅できるというわけさ」
「わかりやすく外道ですね、貴方は」
「わかりやすいことは良いことじゃないか。小難しい理屈を束ねたところで、どうせ君たちの心には響かないだろう?」
眉間のしわが深くなるガテムレックスに対し、マリーダは半笑いを崩さない。
オリエは、暗に、お前たちは頭が悪い、と言われているような気がしたが、同時に、何か世の中への諦観のようなものも感じとった。
そんなオリエに、マリーダが声をかける。
「君はやっぱり面白いね。有象無象の阿鼻叫喚がこだまする中で、眉一つ動かさないんだもの。君、意外と冷淡?」
オリエは、特に言葉を返さない。
オリエにとって、ラパン、そしてそれを取り巻く仲間たちに関わること以外のすべての事象は、興味の外にあるものだった。
何か怒りの言葉を返さなければ、意識的にはそう思うが、見ず知らずの街の人のためにはその言葉が出てこなかった。
冷淡、と言われれば、その通りなのだろう、と答えるしかない。
「まぁいいや。ますます君に興味が湧いたよ。私達なら、きっと世界を変えられる」
世界を変えられる。オリエがその意図を尋ねようとした時、部屋の、通りに面した側の壁が、横一線に薙ぎ払われた。
4人に怪我はない。だが、思考はその状況に追いついていない。
「グレンデルくーん。ちょっとはやーい」
「あぁ、失礼いたしました。中々連絡がなかったもので、何かあったのかと」
低く落ち着いた声、礼儀正しさが溢れる抑揚。
突然の轟音に呆けた4人が、グレンデルと呼ばれたその声の主に視線を向ける。
「お……大きい……」
ラパンの目が点になる。開いた口が塞がらない。自分が一体何を見ているのか、まるで理解ができない。
それはそうだろう。彼らの目の前にいるのは、高さ20メートルはあろうかという、巨人だったのだから。
そしてその巨人は、ビシッとグリースで髪を後ろに寝かしつけ、フォーマルなスーツを身に纏った紳士だったのだから。
「では、名誉挽回のためにも一掃してしまいましょう」
4人の斜め頭上から、幅だけで1メートル以上はあるであろう巨大な拳が降ってくる。
(((だめだ、間に合わない……!!)))
手のひらに風を生み出そうとしたオリエが、分身しようとしたラパンが、刀の柄に手をかけたローズロッサが、同時に思う。
3人が咄嗟に目を伏せた直後、彼らの身体を突風が突き抜け、地面が揺れた。
……だが、それだけだ。
痛みも衝撃も無い。彼らが恐る恐る目を開けるとーー、
ーー巨大な拳を受け止めている、高密度の筋肉の塊がそこにはあった。
「そのような巨躯を持ちながら、この程度のパワーとは……。木偶の坊とは正にこのことですな!」
ギフト"鋼の肉体"を発動したガテムレックスが、グレンデルの拳を受け止めていたのだ。
一度拳を引いたその巨人は、再びそれを振り上げる。
「下界人にも中々のやり手がいるようですね」
言葉では認めながらも、自身の優位は揺るがないという絶対的な自信。
初撃はこの程度で十分と、力を抑えていたに過ぎなかったからだ。
(この一撃で、完全に叩き潰して見せましょう!)
巨人が、流星のごとく拳を斜め下に振り下ろし……、
「はーい、君たちちょっと邪魔だから他のとこでやっててー」
褐色の男の娘が指を鳴らしたかと思うと、その巨人の姿が一瞬にして掻き消えた。
彼と対峙していた、ガテムレックスの姿も無い。
「……ガテムレックスをどこにやった?」
オリエが振り向きざまにマリーダを睨みつける。
「ふーん。仲間のためになら感情も動くんだね。なるほどなるほど」
「答えろ」
睨む表情は崩さないものの、最高神の顔を見た瞬間に少し毒気が抜けたような気がした。
ラパンに似ているからだろうか、とオリエは思うが、今はそれどころではないと、マリーダを睨む目に意図的に力を籠める。
「そんなに怒らないでよ。ハンサム君なら大丈夫。彼らに暴れられたら君たちと優雅におしゃべりもできないから、郊外の森に飛ばしただけさ」
その言葉が真実かどうかも定かではないのに、何故かホッとしたオリエは、僅かに余裕のできた頭で、探りを入れる。
「チャームと空間転移……がお前の能力なのか?}
「……ぷっ……あは……あはははははははは!!!! この私がそれしか魔法を使えないなんてあるわけないだろう!? およそ全てさ。私が使える魔法はね!! なにせ私は、世界最高の魔法使いなのだから!!」
「世界最高の……魔法使い……」
「そうさ。そうでなければ最高神など名乗れるものか。君も今見ただろう、あの巨人を、神の力を。あんな奴らを束ねるんだ。その存在が生半可なわけないだろう?」
思っていた以上の敵の強大さに、目がくらむ。だが、それと並行して、重要なことに気づいてしまった。
「さっきの巨人……"7つの希望"か……?」
「そうさ。折角の暴れまわる機会だ。彼らも何人か連れてきている」
「何人か……!?」
「そ。君のお仲間も私のお仲間に出会ってるかもねぇ」
(まさか、最後の仲間を引き込む前にこんな事態になるなんて予測していなかった……!)
焦りは、汗となって頬を伝う。
「あー、シリアスなとこ悪いんだけどね、オリエ君。……床崩れそうだから、通りに出ない?」
言うが早いか、最高神は再び、細い指を弾いた。
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「まったく、私がいるということも考えてほしいよグレンデル君は」
自らの魔法でオリエたちと共に通りに転移した最高神は、思わず愚痴をこぼした。
グレンデルとしては、この程度でマリーダ様に傷がつくはずがない、という信頼の現われであったのだが。最高神としては、実際傷などついていないし、そんな信頼は百も承知だが、自分がいる建物の耐久性も考えてほしかったな、という意味合いでの愚痴であった。
「さて、それじゃあ話の続きを……おや? 君たちのお仲間かな?」
マリーダは、自分の正面、オリエたちの背後から走ってくる人影に気づく。
「……ローちゃん!!」
人影は、"異形"から命からがら逃げてきたリーヴィットだった。
「リーちゃん!! 大丈夫だった!? 他の2人は?」
「そ、それよりも……あの、皆が化物に……それで、食べられて……あぁ……食べ……られて……」
彼女の息の乱れは、ただここまで走ってきたから、というだけではないことは、誰の目から見ても明らかだった。恐怖への反応。彼女の頭は、普段のようには働いていない。
「落ち着いて、落ち着いてリーちゃん。大丈夫。私が絶対に守ってあげるから……」
「……はぁ……はぁ……。ありがと……ローちゃん。ちょっと落ち着いたかも……」
優しい声色に釣られ、リーヴィットの呼吸が少しづつ整っていく。
「……あれ、そういえばなんか口調変じゃない?」
「あ、これは……な、なんでもないでござるよ。気のせいでござる」
ローズロッサは、目の前の彼女が恐慌状態から意識を取り戻してきたことに安堵し、抱きしめようと手を伸ばした。
「なんだ。ただの街の娘か」
しかし、伸ばした手が、彼女に届くことはなくーー、
ーー代わりに彼女を抱いていたのは、細い褐色の腕だった。
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今回はガテムレックス回? ってほど出てはいないか。
パワー対パワー、みたいなのすっごい好きなんですよね。
次回は来週木曜(7/23)16時頃の投稿です。土曜ではないのでお気を付けください。次回はローズロッサ回!




