第1章 第5節『男の娘と告白』
アヴニール王国、王都、玉座の間。
2人は国王の前に立っている。
出発した、と言っても、マジックアイテムによる転移で王都までは一瞬で到着した。
王子が見つかったとオルビスが王都に報告したところ、普段は使用が制限されている転移のマジックアイテムの使用許可が出たのだ。
そして王都に到着して早々、2人は国王の御前に通されたのである。
「よく帰ってきたな。恥知らずで出来損ないの息子よ」
理知的な顔立ちにメガネが似合うイケオジが、玉座に座っていた。
顔から、几帳面さが滲み出ているかのようなおじさんである。
名前はラヴァルテッド・ランカスター。
つまりは、ラパンの本名はラパンテッド・ランカスターということだ。
(さすがはラパンの親父……。顔がいいな……。けど、ラパンにはこっち方向に行かずに可愛い路線で突き進んでほしい!)
オリエは、とてつもなくどうでもいい事を考えていた。
(ってか、息子が帰ってきて開口一番それとか、ぜってー性格悪いぞこいつ。上司にはしたくないタイプだな)
「貴様が、ラパンの仲間とやらか。なるほど。奴によく似ておる。くく、そういうことかラパン。家を出て多少はましになったかと期待もしたが、所詮お前は変わらんな。……さて、貴様、名はなんと言うんだ?」
(……貴様?)
若干顔が引きつったオリエだが、気持ちを抑え、平静を装って返答する。
「私はオリエと言います。ラパン……テッドく……様とは、冒険者仲間として、共に日々クエストをこなしています」
「ふむ。して、オリエ。貴様、ラパンが王族であると、知っていて近づいたのか?」
「いえ、ラパンテッドく……様が王子だという事はつい先ほど知りました」
「くくっ。だろうなぁ。むしろ貴様からこの男に近づいたのだろうラパン?」
「そんなことは! ……なくはないけど……」
「くはははははははっ! やはり貴様は出来損ないだ! まぁ、王族だと知られていないことは大いに結構! 貴様は我が王国の面汚しだからな!」
「あー、あの。貴方はラパンテッド……様を心配してたんじゃなかったのか? オルビスとやらから、そう聞いてたんだが」
「心配? ……あぁ。心配はしていたとも。ラパンが王族の名を貶めていやしないかと、心配で心配で夜も眠れなかった程に! こんなクズが、まさか外で王族の名を語りなどしていないだろうなとなぁ!!」
そんなことを彼の前で言わないでほしい。
下を向き、唇を噛みしめるラパン。その肩は小刻みに震えている。
「あんたなぁ! いくら家出したからって自分の息子をなんだと思ってんだ! 無理やり連れて来といて何言ってん……」
「お父様! 申し訳ございませんでした! 家出したこと、謝ります! 許していただこうなど思っておりません! ただ、このオリエくんは魔獣を討伐してここに召喚されただけ。何卒、ディオンに帰らせてあげてください!」
オリエの言葉を遮り、土下座するラパン。
この行動により、オリエは幾分、冷静さを取り戻した。
(……こんな国王だ。あんな言葉づかいしたら侮辱罪だかなんだかで豚箱行きだったかもしれねぇ……。ラパンは、俺を助けようと……?)
「くくっ。何もとって食おうというわけではない。ここに呼び出したのは、貴様らが魔獣を倒したからだ」
ようやく、本題に入る国王。
ラパンは立ち上がり、姿勢を正す。
「貴様ら、あの魔獣がなんだか知っておるか?」
「いや……」
「あれはな、神の使いなのだよ」
「「神……?」」
「そう。神だ。貴様らも聞いたことはあろう。霊峰モンテオールの山頂に神々の国が存在すると」
(あー、なんか酒場のおっさんたちがそんな事言ってたような……?)
「神々は基本的にモンテオールから降りることは無い。だが、時折、使いを下界へと送るのだ。何故だかわかるか?」
(いや、さっぱりわからんが……)
「下界の人間の命を奪うためだ。やつらは不老不死。だがそれを維持するためには命のストックが必要となる」
「下界の人間を殺して奪う……?」
「その通り。やつらが神として一部地域で崇められているのは、やつらの姿がいつまでも変わらんからだ。だが、それにはカラクリがあった。それが命のストックという事だ」
「そのうちの一体を俺たちが倒した……」
「そうだ。あの魔獣、ひいては神々は我が国の敵だ。それを倒しうる人材。それが貴様らであり、その貴様らの力を欲してここに召喚したというわけだな」
「貴方が"堕天使"……魔獣の正体を知ってるということは、俺たちが倒したのが初めて現れた個体ってわけではないんですね?」
「うむ。すでに国中至る所に現れておる」
「そんなに現れているのに、国民は何故知らない? ディオンの人々は初めて見たような感じだったのですが」
「やつらは大量殺戮はしないからだ。一度に殺す数はこれまで最大でも13人。それに街中には現れず、大人数が目撃していない場所で、少人数をターゲットに殺害を行う」
「仮に行方不明者が出ても、民は原因に辿り着かないということですね」
「そういうことだ。まぁ、原因を悟られないというだけでなく、自分たちのストックを半永久的に確保するために、絶対数を減らしたくないというのもあるだろうがな」
「なるほど……」
「いたずらに国民にこれを伝えても混乱するだけだろう。それに少数派とはいえ、奴らを信仰する宗教もあるしな。無用な反乱を起こさせる必要もあるまい」
「だから、秘密裏に魔獣から国民を保護するための戦力を集めている。……という事で良いですか?」
「良い。貴様、なかなか理解が早いではないか」
国王は、ニヤリ、と口だけで笑う。
「もったいなきお言葉です。具体的に我々にどうしろと?」
「王都周辺の魔獣討伐は騎士隊に任せてある。貴様らのような、王都外からの戦力は、地方を任せることとしている。王都からの指示に従い、出現が予測されるエリアを回ってもらう」
「承知しました。それでは我々は命令があるまでは失礼しますね」
そう言ってラパンを連れ、王に背を向けると、
「貴様。察しは良いが芝居は下手くそだな。何をしれっとラパンを連れて行こうとしているんだ」
「何か問題が?」
「大アリだな。家出した息子に罰が無いとでも?」
「わけも聞かずに罰だけ与えても意味がないのでは?」
「わけなど分かっておるわ。こいつは男のくせに男が好きな異端者だ。それを治しもせずのうのうと生きているクズに、世間はさぞ冷たかったろう。家出なぞしたのはそれが理由だろうよ。だが、それは貴様が治す努力を怠ったからだ。大人になれずに世間に迷惑ばかりかけている人間に、暖かい場所で生きる資格などないのにな!」
(治す……? 同性愛を病気かなんかだと思ってんのかこいつは…? 努力? 大人? ふざけんな。てめぇの価値観だけで常識語ってんじゃねぇ!)
オリエの拳は強く握られ、ぷるぷると震えている。口は固く結んでいたが、せめてもの抵抗に国王を睨みつける。
隣では、ラパンが静かに涙を流していた。
「なんだぁ、返す言葉もないのかラパンよ。父はがっかりだよ。お前のようなバカな息子を持つことになって。リオンやウルフのように、真っ直ぐに育って欲しかったなぁお前には」
「王様。夕食の支度ができましたが如何なさいますか?」
静かに部屋に入ってきた従者が、国王に告げる。
「行こう。……続きは明日だ。おい、部屋に案内してやれ」
「はっ。かしこまりました」
(これ以上ここにいたらラパンのメンタルが危なそうだ)
「いや、せっかくのご配慮申し訳ありませんが、我々は既に宿を手配しておりますので、それには及びません」
「ふむ、そうか。まぁ、わざわざ貴様らの寝食に経費を割く必要もあるまい。明日の10時にまた来るが良い。来なければ、分かっておるな?」
「……承知しました。それでは」
ラパンをつれ、オリエは王の部屋を後にした。
城は広い。オリエは、来た時の記憶を頼りに出口に向かう。ラパンはその後ろをついて行く。
途中、貴族や使用人と思われる人々とすれ違った。
王子と共に歩いているというのに、誰も挨拶どころか会釈すらしない。
それどころか、嘲笑やひそひそとした中傷の言葉が聞こえてくる。その度にオリエの眉間には深く皺が刻まれた。
城から出て、広い庭を突っ切る。城門をくぐると、街のメインストリートに出た。
通りにいる人々が、こちらを奇異の目で見ているように、オリエには感じられた。
「これ着てろ」
オリエは自分が着ていた緑色のパーカーを脱ぐ。それを素早く、けれど丁寧にラパンに羽織らせると、フードを深く頭に被せた。
こうすると、華奢な身体と、僅かに覗くきめ細やかな白い肌のおかげで、ラパンは完全に女に見えた。
これなら問題ないだろうと、オリエはラパンの手を掴み、メインストリートを歩き出す。
パッと目に付いた小奇麗な宿に入り、一部屋分の宿泊手続きを済ませると、2人はその部屋にこもったのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
2人は順番にシャワーを浴び、髪を乾かすと、セミダブルのベッドに腰掛けた。
ここまで、お互いとも無言。
先に口を開いたのは、ラパン。
「ごめんね……。ごめん。騙してたわけじゃないんだ……」
「なにがだよ?」
「僕が王子で、どうしようもないポンコツで、周りの目が辛くなって家出したってこと……」
「別に謝ることじゃねーだろ」
「……僕ね、男の人が好きなんだ」
「……知ってるよ」
「それでね。昔から治せ治せって、周りに言われてた。小さい頃は全然意味がわからなくて、他の人と僕となにが違うんだろうって」
「あぁ」
「僕の初恋の人ね、僕の従者だった人なんだ。……その人ね、いつも僕に優しくて、頼りになって、だんだん好きになっていった。その時僕はまだ小さかったから、彼が立場的に優しくしてくれてるだけだって分かってなかった」
「……まぁ、仕方ないな」
「けど、それでも好きな気持ちに変わりはなくて、思春期になってもずっと好きでい続けたんだ。もう我慢できなくなっちゃって、ある日ね、告白したんだよ」
「……おう」
「その日から口聞いてくれなくなっちゃってね、つらかったなぁ。それにその数日後には、従者が違う人に変わって、僕はお父様から説教。次そんなことしたら息子でも罪人として処罰するって」
「………」
「それでも治らなくてね……。いつの間にか第3王子になってた。……僕、長男なのにね」
声が震えている。再び、涙が溢れるラパン。
「その従者だけじゃない、みんながね、僕と喋ってくれなくなってね……。お父様もお母様もお前が悪いって。弟達には……会う度に……殴られて……」
オリエの拳に力が入る。
「それでも僕は治らなかった。僕は……欠陥品だから、もう無理だって、魔法学校を卒業したその日に、家出したんだ」
「……そうか」
「……そして、君に出会った。君は、さ、似てたんだ、その、僕の初恋の人に。……それで、勢いで君に声をかけて、コンビを組むことになって」
「そう、だったな」
「楽しかったし、嬉しかった。……けどね、最初はずっと怖かったんだ。また同じことを繰り返すんじゃないかって。でも……覚えてるかな? 初めてビーストハントのクエストを受けた時、オリエくん、僕のこと獣から庇ってくれたよね……?」
「……あったかもな。そんなことも」
「そこでね、この人は僕の従者じゃないのに僕のこと助けてくれた、って思ってね。それからは、なんというか、怖くなくなったんだ。同じことを繰り返すかもってこともだけど、生きること自体が、怖くなくなった」
「………」
「僕ね、男の人が好きなんだ」
「……だから、知ってるって」
--。ーーーー。
静寂。
オリエは、ラパンの言葉を待っていた。
「……君のことが、好きなんだよ」
絞り出すような声だった。
「………」
「僕のこと庇ってくれたし、あ、今日も庇おうとしてくれたよね。そういう、いつも僕のことを考えてくれるところ。それからーー」
心に留められていた言葉たちが、堰を切って溢れ出す。
「ーー考え事して無防備にぼーっとしてるところ。考えすぎて会話の途中でフリーズしちゃうところ。一緒にお酒を飲んでる時の笑顔。頼れる背中、落ち込んでる時の背中。見た目も好きだよ、特に優しい目と艶っぽい黒髪が好き。せかせかしないで落ち着いてるところも好き。それに、僕が君の名前を呼んで……してるところを見ても幻滅しないところ。……あぁ……これは言わなくても良かったね……」
少し早口だ。それに、喋りすぎだ。緊張していることは、オリエには容易に看破できる。
「あとはね………僕がこんなにどうしようもない人間だって分かったのに、今もとなりにいてくれるところ……」
瞳に溜まった涙を拭う。ラパンは、一拍置き、再び、告げる。
今度はちゃんと、オリエの瞳を真っ直ぐに見て。
「君が大好きだよ。オリエくん」
オリエには、月明かりに照らされ、薄暗い部屋の中で輝いているように見えるラパンは、この世の何よりも美しく思えた。
天使か女神か、いや、そんな言葉でも生温い。そんな存在が、自分を好きだと言っている。
何か、言葉を返さなければ。
オリエは、自分の中にある気持ちを形にしようとする。
「……俺にとって、お前は特別だ」
「……?」
(この世界に来て一人ぼっちで心細かった。お前がいなかったら俺はもうとうに諦めてとっくに死んでたさ)
「……いや、そんなことじゃねーな」
「……??」
「お前みたいにストレートに愛情表現してくれる奴なんて、向こうの世界にだって1人もいなかったから……。……うん、こっちだな」
本音としては、これの方が近かった。正直、向こうの世界にいた時だって、いつ死んでもいいと思っていた自分にとって、この世界に来たから心細いなどということはなかったのだから。
ラパンに出会う前、灰色の世界にいた頃の自分のように場の雰囲気に合わせてただそれっぽいことを言うよりも、ちゃんとした自分の心を正直に言うべきだと思ったのだ。
「向こうの世界?」
「俺はこの国の人間じゃないってこと。だから、この国の価値観なんて知らねぇ。治せだの大人になれだの、右ならえで他人に合わせてりゃ大人ってわけじゃないだろうに」
この半年間で、なんとなくこの国の価値観は閉鎖的で、やたら同調圧力が強いとは感じていた。とはいえ、それは元々いた場所だって似たようなものだったから、ラパンと一緒になれない、というただ一点の大きな不満を除けば、そこまでは気にしていなかったのだ。
しかし、その愛する男の娘が、そのくだらない価値観の被害者だということを知ってしまった今、自身の内側から、これまでの人生で覚えたことのない、強い否定の感情が顔を覗かせる。
「……そうなの?」
ラパンは尋ねた。素直な彼は、この国が彼を押さえつけようと伸ばした腕を、真っ直ぐに受け取めてしまっていたのだろう。
無理もない、とオリエは思う。一つの世界しか知らなければ、その世界の理が、この世界の全てだと思ってしまっても、仕方のないことだ。
自分だって、そんな経験がなかったわけじゃない。いや、むしろ、彼に出会うまで、それに苦しめられ続けていたのだから、分からないはずがないのだ。
だから自分は、この娘をーー、
「そうだよ。……モンテオールに神の国があるってんなら、いつかそこに行って頼んでみるのも面白いかもな。神様の力で、この国のクソみたいな価値観をぶっ壊してくれってさ」
「神の国かぁ。きっと綺麗なところなんだろうなぁ」
「絶対、綺麗なとこさ。そこに行って、俺たちは自由になるんだ」
「それまで、ずっと一緒に居られるかなぁ」
「居られるよ。だって……」
ーーこの娘を、救い出さなくちゃ。
一度逸らした視線を、再びラパンに向けて、しっかりとした言葉で、告げる。
「……俺は、お前が好きだからな。ラパン」
ラパンの青色の瞳がキラリと輝く。
(あぁ……ようやく言えた)
小さく息を吐くオリエ。
「だから……さ、ずっと一緒にいよう」
右手で、ラパンの頰に触れる。ラパンは目を閉じる。
唇を重ねた。ラパンの唇は柔らかく、しっとりと濡れていた。
一度顔を離し、お互いを見つめる。
もう一度、唇を重ねる。もう一度。もう一度。
「僕、君のことが好きでよかった……」
「……俺もだ」
ラパンはオリエの腕を掴む。その手にはうっすらと汗が滲んでいた。
オリエはラパンの金髪をすくように撫でる。
高揚する意識の中、ラパンは祈った。
ーー僕たちの明日は、どうなるかわからないから。せめて今夜だけは、心地良い夢を見させて、神様ーー。
ご覧いただきありがとうございました!
良かったよーという方は、ブクマ・評価いただけますと書くモチベが上がりますし、めちゃくちゃ嬉しいです。
オリエとの心の距離が縮まったことで(物理的にも縮まってたけど)、ラパンのメンタルが少し強くなりました。
次回は明日(4/22)21時頃の投稿予定です。よろしければご覧ください。