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第4章 第7節『女剣士、ローズロッサ』

「オリエ!」


 惨状に気付いた直後、すぐさま路地裏に駆け込んだオリエたち。


 名前を呼びながら、路地裏の奥から2人の元へ駆け寄ってきたのはマルティ。

 ソレイユとガテムレックスも後ろからついてくる。


「なんだこりゃあよ!」


「俺が聞きてぇよ! 予想できるかこんなもん!」


 静かに叫んだオリエは、珍しく、マルティが息を切らしていることに気付く。

 奥の通りでも同じような惨状なのだろう、とオリエは察した。


 5人は顔を見合わせる。取り敢えず状況を確認しようと、オリエたちが来た通りを覗く面々。


「信じられませんね。これ、全て街の人々ですか」


「これが夢じゃなければな」


 ガテムレックスは比較的、冷静だ。

 オリエの呼吸が少し整う。


「んっ……うおえぇぇぇ……」


 オリエの背後から控えめな嗚咽音が聞こえた。


「ラパン、大丈夫か?」


 言いながら、オリエはその背中をさする。

 青白い顔、薄い背中の感触に弱々しさを感じ、出来る限り優しく手を動かした。


「う、うん……ありがと……ゔっ……おえぇ……」


 再び、嘔吐する。

 1回目で胃の内容物は殆ど出てしまったらしい。

 透明な液体のみが地面に落ちる。


「おえぇぇぇぇ……」


 その奥から、激しい嗚咽と、それに遅れて水っぽい音が聞こえた。


「マルティさんもですか!? しっかりしてください!」


 嘔吐したのはマルティだ。

 その背中をソレイユが力いっぱいさすっている。


「るせぇ……はぁ……はぁ……」


 悪態をつくのは忘れないマルティを見て、オリエは少しだけ安堵した。


「2人とも一体どうしたというのでしょう?」


 ソレイユは頰に手を当て考え込む。

 彼女には、唐突に嘔吐した2人の感覚がよくわかっていなかった。


「いやぁ、あれを見たら仕方がないでしょう。正直、私もいっぱいいっぱいです」


 ガテムレックスは口元を押さえながら、通りに目を向ける。


 5人の視線の先、この街のメインストリートには、"異形"が闊歩していた。


 この世の生物とは思えない"異形"が。


 神の幻獣化を見ている彼らでさえ、その容貌は異質なものだと認識していた。


 "異形"は一体ではなかった。小さいものでも3メートルを超すそれらの身体の様子は様々で、イモムシのような昆虫型から、ヒキガエルのような両生類型など幅広い。

 しかしそれらに頭は無く、代わりに赤や紫のぬめった触手があちらこちらと蠢いている。

 個体によっては頭以外の部位からも、内臓が飛び出たようにうねうねとした異物が暴れていた。


「なんだか、気持ち悪いですねー」


 ソレイユがあっけらかんと言う。

 一応こいつでもそういう感覚はあるんだな、とオリエは思考のほんの一部分を割いた。


「でも吐くほどですか?」


「……動きっ……! よく見てみろっての……!」


「動き……?」


 5人の目の前で繰り広げられていたのは、"異形"共の微笑ましいやりとりなどでは当然ない。


 "共食い"だ。


 そこに知性は感じられない。

 ただ、生命のやりとりのみがそこにはあった。


 触手同士が奏でるぴちゃぴちゃとした水音。レンガ造りの建物を這い回る爬虫類型の魔獣。それを喰らう、鳥類型のそれ。


「これ、人が人を食べてるんですよね? 元々街の人だったんだから」


「お前、ちょっと黙ってろ!」


 マルティは口を拭いながら、ソレイユを睨み付ける。

 ソレイユには微塵も効果はなかったが。


 辺りに立ち込める生臭さも、気分の悪さを助長させているのだろう。オリエ達は、まるでこの世の終末を見届けているような気分だった。


 彼らの脳が、視覚から、聴覚から、嗅覚から、抑え込めようもない恐怖を知覚する。

 脳髄が食い荒らされるような寒気を感じる。


 ーーーーーーーー!!


「やっぱりあそこが口なのかな」


 咆哮を上げた"異形"の頭部を見ながら、オリエがポツリと呟く。


「オリエ君も大概、落ち着いてますね」


 ガテムレックスが隣で静かに声を出す。


(いや、ガテムレックスほどじゃないよ?)


 オリエのツッコミは言葉にはならなかった。


 ドスン、という重い音に、意識を持っていかれたからだ。


 再び視線を通りに向けると、咆哮を上げた"異形"がその場に倒れ伏している。


「この匂い……」


 生臭い異臭の中に、花の香りがふわっと混ざったようにオリエは感じた。


 ひらひらと、路地裏に何かが舞ってきた。

 青く、小さいそれは、次々と目の前を流れていく。


「薔薇の花びら……?」


 倒れ伏した"異形"の奥にキラリ、と何かが光った。

 オリエの目は、反射的にそれに向かう。


 月の光を反射したのは、刀だった。

 その持ち主は、青い刀身に付着した粘ついた緑の液体ーーあれは、奴らの血液だろうか、とオリエは思ったーーを振り払う。


 そこには、胸元が大きく開いた黒いシャツにスキニーデニムの1人の女。

 長い黒髪を後ろで1つに纏めた彼女は、異様な光景の中にあっても尚、清廉な雰囲気を纏っていた。


「ローズ……ロッサ……」


 彼女の手の中の、一振りの刀。鍔は無く、細身の刀身と柄は透き通るように青い。


 彼女の後ろには、狸と犬の中間のような生物がいた。

 頭はないので、身体のみでの判断にはなるが。


 サイズさえあれほど大きくなければ、可愛いかもしれない、とオリエは思う。が、頭部のうねうねが不気味に動くと、すぐさま自身の考えを取り下げた。


 彼女は襲いかかる"異形"を次々と斬り伏せる。


 それは、まるで薄暗い森の中を舞う瑠璃を連想させた。

 青く輝く刀は、羽ばたく翼のように。

 彼女が刀を振るう度に現れる青薔薇の花弁は、舞い散る羽根のように。


 おぞましい視界を静寂な濃青の世界へと染め上げていく。


 オリエはその光景に魅入っていた。

 前夜祭の活気あふれる美しさが"動"の幻想なら、こちらは"静"の幻想だと。


 "異形"は次々と消えていく。

 "異形"に喰われ、ローズロッサに斬られ、その命を散らしていく。


 最初と比べるとあからさまにその数が減ってきた頃、オリエは1つ不可解なことに気づいた。


(あの犬みたいな奴、まだ生きてるな)


 暫く、その個体に注目する。

 すると、それは常にローズロッサの近くにいることが分かる。


(というより、ローズロッサが近くに寄ってる?)


 ひたすらに"異形"を斬り伏せていく彼女だが、犬のような個体には刃を向けない。


 ふと、ローズロッサの動きが止まった。


 彼女だけではない。

 周りの"異形"も動きを止めていた。時間が切り取られたような、静寂。


「ローズロッサ!」


 オリエは、路地裏から出て声をかけた。


「やはり来ていましたか」


 鋭利な口調。

 まだ事は終わっていないのかと、オリエは身構える。


「大丈夫ですよ。もう、()()()()に達しましたから」


「規定の数……?」


 もう心配いらないから、と念を押すように言うと、ローズロッサは暗闇に消えていった。


 空が白む。

 どうやら、だいぶ時間が経っていたのだとオリエは気付く。


 その耳に、ボコボコ、と音が聞こえた。


 面々は、音の居所を見る。

 動きを止めた"異形"の肌が、泡立っている。まるで沸騰しているかのように。


 泡は次第に大きさを増していく。

 風船の如く膨らんだそれが弾けた。


(……増えた!?)


 弾けた泡の中から、新たな"異形"がぬるり、と落ちる。

 呼吸はしているようだが、意識はない。


 その個体だけではない。

 彼らの視界に映る全ての個体が、同様に分裂していく。


 すでに分裂を終えた個体、泡から生まれた個体。

 いずれも再び()()()()


「見なければよかったよぉ……」


 ラパンがオリエの袖をぎゅっ、と掴んだ。


 溶けていく。

 泡立つ部分から徐々に、肉が腐り、蒸発していく。


 見る見るうちに小さくなっていくそれらは、最後に人の形を残した。


 20代程の、若い男女の形を。


 狸とも犬ともつかない個体も同様に溶けていく。


 姿を現した形を見て、オリエは自分でも驚くほどあっさりと、それを理解した。


 あの女剣士がここに残る理由。ここで戦う理由を。


「……リーヴィット」


 ーー彼女は此度の祭でも、天に昇ることができなかった。

ご覧いただきありがとうございます!


ブクマしていただいた方ありがとうございました!


天召祭が終わり、ローズロッサが勧誘を断った理由に気づいたオリエでした。

袖を掴むラパン君かわいい。


次の更新は来週土曜(7/4)18時頃になります! 果たしてトラッシュタウンの秘密とはーー?

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