第4章 第6節『恋人つなぎとお祭りと』
翌日、夜。
街の住人たちは、飲めや歌えやの大騒ぎだ。
歓楽街からは離れているというのに、オリエたちの宿周辺も多くの人々が波のようにうねっている。
通り沿いには、所狭しとテーブルが設置され、その上には昨晩の中華風料理のフルコースにも引けを取らない料理の数々が、これまた所狭しと敷き詰められていた。
皿が空になる度に、新たな料理が次々と運ばれてくる。
その上に浮かぶ、赤や黄色、緑や青と色とりどりの光球は、光の魔法により生み出されたイルミネーション。
オリエにとっては異国情緒あふれるその光景は、彼にどこか既視感を感じさせる。
(あぁ、クリスマスの街並みか……)
天召祭。神が下界に降り立ち、人々を神の国へと連れて行くという夜。
聖なる夜、という意味では、あながち間違ってはいないだろうとオリエは思う。
「ねぇオリエくん、なんだかロマンチックだね」
通りの真ん中を歩きながら、ラパンはオリエに声を掛ける。
ローズロッサに敢えなく勧誘を断られてしまったオリエたちは、ひとまず祭に参加することにしていた。
「そうだなぁ。クリスマスといえば、恋人の日みたいなとこあるからなぁ」
「くりすます……?」
「あぁいや、俺の国のイベントだ。こんな感じに綺麗に着飾った街を恋人と一緒に歩くのさ」
間違ってはいまい、とオリエは心の中で釈明する。
キリストがどうこうとかラパンに言っても混乱させるだけだからと、敢えて具体的な説明はしなかった。
「そういえば、ディオンでのデート以来、それらしい事してないよね。僕たち」
ラパンに言われ、そういえば、とオリエは納得する。
「王都じゃ表立ってデートとか無理だったしな」
「ここでは大丈夫だよね? 独立自治区なんだもの」
ラパンはオリエの腕に、自身の腕を絡ませた。
オリエは呼吸をするように、その腕を迎え入れる。
「えへへ。オリエくーん」
「流石にそれは歩きづらいって」
頭をぐりぐりと擦り付けてくるラパンにオリエは言う。
とは言え、やめてほしい、などという感情は微塵もなかった。
ラパンもそれは分かっている。
分かっているのでやめない。歩きやすいように、加減を少し緩めはしたが。
「あれ? あれってローズロッサじゃない?」
ぴったりとオリエにくっついたまま、ラパンが指を指す。
「ほんとだ。何やってんだろう」
ローズロッサは両手にグラスを持ちながらキョロキョロとしていた。
透明のグラスには、並々と麦酒が注がれている。
「おーい、ローズロッサ!」
「ひぃ!? あ、貴方たちは……オリエ殿にラパン殿……ゔっ」
後ずさりしようとするが、すぐ後ろが建物だったため、背中をぶつけるローズロッサ。
「ききき、昨日ぶりでござるな! こんな所で会うとは偶然!」
すぐさま真っ赤になった顔のまま、彼女は早口で話す。
「おう、昨日ぶり。誰か探してんのか? キョロキョロしてたけど」
「リ、リーちゃんを……麦酒もらいに行って帰ってきたらいなくて……」
「俺たちも探そうか?」
「い、いやそこまで迷惑をかけるわけには……」
「ローちゃん!」
「ひぃ!!」
身体を震わせたローズロッサはグラスを落としかけるが、なんとか踏みとどまって声の主を見た。が、
「〜〜〜〜!!」
絶叫したローズロッサは、結局、派手にグラスをぶん投げた。
そこには、鬼の形相があった。
正確には、般若の面を被ったリーヴィットがそこにいた。
もっとも、その面が般若だということを知っているのは、オリエとローズロッサしかいないのだが。
「へへ〜。どう、このお面。"モノづくり"のお兄さんから貰ったんだ〜」
生活に必要なあらゆる物が神の国から供給されるトラッシュタウンでは、有り余る時間を創作活動に捧げる人が少なくない。
その1人から貰ったのだろうと、ローズロッサは容易に推測できた。
推測はできたのだが、
「ロロロ、ローちゃん!! せっかく貰ってきた麦酒落としちゃったでござるよ!!」
「ありゃ?」
盛大にぶちまけた麦酒は、もう戻ることはない。
「ごめんごめん。じゃあ今度は一緒に貰いに行こうか」
リーヴィットは、ローズロッサの腕を取った。
「聖人様のお二人に負けずにラブラブ見せつけよう!」
「ちょっ!? それは恥ずかしいでござるぅぅ」
街の人に見られることはもう慣れた。だが、日本人であるオリエに見られることは、妙に恥ずかしいと彼女は感じる。
「え、そういう関係なの?」
オリエは思わず口に出していた。
この世界に来てから、自分たち以外の同性カップルなど一度も見ていないからだ。
「聞くのは野暮ってもんですよ〜、オリエ様! お二人の仲だって聞かずとも分かりますし」
ラパンの指に自分の指を絡ませ、恋人つなぎをしていたオリエ。
自身の状況を省みると、何も言い返すことは出来なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
2人が去っていくのを見送ったオリエたちは、再びお祭りデートに戻る。
通り沿いのテーブルは、場所によって異なる料理やお酒が並べられていた。
それを少しずつ受け取り、舌鼓を打ちながら、2人は歩いていく。
通りの端から端まで歩いた頃には、もう3時間は経過していただろうか。
楽しいといえど、2人は足に疲れを感じていた。
『あと30分で降神時刻です。皆さま、支度を整え、神の国に祈りを捧げましょう』
2人の耳に、どこからともなく女性の声が聞こえた。
その声を合図に、住民たちはテーブルを片付け始める。
「いよいよ神が降りてくるって時間か」
「そうだね……ねぇ、オリエくん」
「どした?」
ラパンの表情が僅かに強張っている。
「気づいた?」
「何に?」
「この街……年齢が偏りすぎてる」
「!?」
オリエは思い返す。
昨日この街に来てから、そして今日、通りを端から端まで歩いた時に見た、人々の顔。
「ほんとだ……」
実年齢は分からない。だが、その全てが10代後半から20代の見た目をしていたことにオリエは気付く。
皆、若い。
しかし、極端に若い人もいなかった。
子供や赤ん坊も一度も見ていない。
「オリエくん、これって……」
ラパンは検討など微塵もつかなかったが、どこか気味の悪さを感じて、オリエの袖を掴んだ。
オリエは心の内に浮かぶ恐怖心を抑え、ラパンの肩を自身に引き寄せる。
『残り15分となりました。皆さま、祈りを捧げましょう』
片付けを終えた住民たちは、皆片膝をつき、目を瞑り、伏せる。
テーブルが片づけられた通りは物寂しい。
イルミネーションのような光も消えた。月の灯りと、建物の窓から差す光だけが、僅かに通りを照らしている。
2人は、形だけは住人たちの真似をした。
心音が速く、大きくなっていく。
ぴったりとくっついた2人は、それぞれの鼓動が速くなるのを感じる。
漠然とした緊張を感じていた2人にとって、その15分はあまりにも長かった。
午前零時。降神時刻。
鐘がなる。重く、鈍く、しかし脳内に強く反響する鐘が。
鐘が鳴り響いた直後、2人の耳に届いた初めての音。
それは、ゴキン、という、何か硬いものが軋むような、砕けるような音だった。
それが、骨が捻れる音だとは、2人はまだ気付いていない。
それを合図に始まる、始まる。
目を背けたくなる、いや、目を背けなければ心を潰される、異形の宴。
ともすれば、"光"を連想するだろう"神の国"とは程遠い惨状。
オリエは、ラパンを強く抱く。
ラパンは、オリエにしがみつく。
聖なる前夜祭は終わりを告げ、
悪夢の天召祭が今、始まるーー。
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オリエとラパンが久しぶりにいちゃつけて良かった良かった。
その時間は短いものでしたが……
次回は来週土曜(6/27)18時頃の更新予定です。天召祭開始!!




