第4章 第2節『追い風』
喫茶店"アドニス"の前。
「それじゃあ気をつけてねオリエ君!」
「アリエルさんもお元気で!」
オリエはアリエルに別れを告げ、宿への道を急ぐ。
共に過ごした時間は正味1時間ほどだが、彼にしては珍しく、心の距離がだいぶ近づいた気がしていた。
この国の人間相手では話せない話もできたからだろうか。
一方、急ぎ足で通りを行くオリエの背中を見送りながら、アリエルは1つ、ため息をついた。
(チャームのこと……その想いの真実を告げた時、彼とラパン君はどんな顔をするだろう。こんなに一途に愛し合ってる彼らを見たら、貴方は一体どんな顔をするだろうね、マリーダ君……)
ーーヴゥゥ
腕時計型のマジックアイテムが振動する。
左手を胸の前に持ってくると、アイテムから声が発せられた。
「シルフィード。彼らはどこに向かうって?」
「トラッシュタウンに行くそうよ。マリーダ君」
「うげ。あそこは私にとって負の遺産なんだけども。ピンポイントで嫌なとこ選ぶなぁ、彼ら」
「私が見てきてあげようか?」
「うーん、じゃあお願いしようかな。良いタイミングになったら呼んでね」
「……どうして?」
「いやぁ、そろそろオリエ君にご挨拶しとこうかなって。まぁ、トラッシュタウンなら彼女もいるだろうし、久しぶりに顔だしてみようかなっていうのもあるけどさ」
「……貴方のオリジナル好きにも困ったものね」
「それはそうさ。オリジナルは私を裏切らないからね」
「私も?」
「君はチャーム効かないからなんとも。愛してはいるよ?」
「それはありがとう。じゃあ、頃合い見てまた連絡するわ」
「はーい。またねー」
通話が切れる。
アリエル、もといシルフィードは空を見上げた。
ーー街並みは変わっても、あの日、貴方と見上げた青空は何も変わらず私を包み込んでいる。
最後に来たのは200年ほど前だっただろうか。
あの喫茶店がまだあったことが嬉しくて仕方ない。店主は流石に世代交代していたけれど。
(あの頃はまだ世界征服なんてバカなこと考えてなかったのにな……)
いや、考えてはいたのだろうか。実行し始めたのが最近というだけで。
わからない。1,000年間も、こんなに近くに居続けていても、わからないことは沢山ある。
貴方と出会ったあの日の光景が頭を巡る。
愛していた男に裏切られ、身も心もボロボロになった貴方。
チャームがなければ誰も自分を愛してくれないと、貴方がそう思い込むのに、それは充分すぎる出来事だった。
傷つき歪んだ心を戻したいと、私は貴方に想いを告げた。
愛している。チャームなどなくとも、と。
分かっていた。貴方の心は、矮小な妖精1匹の想いなどでは修復不可能な程に抉られていたことは。
いつかその心を癒せると信じて、せめて隣に居続けることを決めたあの日。
あれから、1,000年。私は、何もできやしなかった。
心を歪ませたままの貴方は、過去から目を背け、自身ではなく、世界の方を変えようとしている。
自身をトップとした、絶対王政の世界へと。
やろうとしていることは凄いことだとは思う。
何しろ世界を変えるのだ。それが凄いことでなくてなんだというのか。
けれど、それを達成したところで、貴方は救われないんだろうな、とも同時に思う。
過去を嘆く貴方も、私に甘える貴方も、皆を従える貴方も、好きだ。大好きだ。
けれどやっぱり、心の底から笑う貴方を見てみたいという思いも消せはしないのだ。
(こんなに長く貴方の隣にいるのにね……)
今日初めて会った黒髪の彼が眩しかった。きっと貴方に出会った頃の私も彼のようだったに違いない。一途に貴方を思い、貴方のために、どんな辛いことでも何だってできたんだ。
それなのに、結局その心を癒せなかった私は、当時の私たちにとって、どうしようもない裏切り者なのだ。
それはきっと、あの時貴方を裏切った、あの男と同じくらいには。
だから、私は無理やり笑みを浮かべながら、空に向かってポツリと呟く。
「貴方は、ラパン君を裏切らないであげてね、オリエ君ーー」
風が吹く。彼の、オリエ君のための追い風が。
この風はかつてのように、私のことも運んでくれるだろうか。
それならば、私はもう一度、貴方の心をーー。
風の妖精は、眼鏡を軽く押し上げると、オリエの後ろを音も無く歩いていくのだった。
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銀髪眼鏡のお姉さんはシルフィードさんでした。
ちょっと儚げなイメージです。図書館や古書店のカウンターにいそうな感じ。
次回更新予定はまた土曜日になります。6/13、18時ごろの更新予定です。次回からトラッシュタウン突入! ぜひぜひご覧ください!




