第1章 第4節『男の娘と国の役人』
同刻。ディオンのギルド。
森の獅子のみならず"堕天使"を討伐したオリエたちは、報酬を受け取りにギルドに戻ってきていた。
"堕天使"については、よく分からない生物のため、亡骸の処理はギルドの専門職員に依頼した。
今はギルドに併設された酒場で勝利の祝杯をあげている。
「「かんぱーい!!」」
「がっつり金入ったからな! 今日はしこたま飲むぞー!」
「今日は寝かさないよー! オリエくん!」
「望むところだ! お前こそ途中でへばるなよ!」
まずは最初の一杯。キンキンに冷えた麦酒を渇いた喉に流し込む。
「「ぷはー!!」」
「もしかしたら"堕天使"の方も報酬貰えるかもしれんしな。そしたら明日も飲めるぞ!」
「70万はいかなくてもそこそこは貰えそうだよね。職員の人たちもあんなの初めて見たって言ってたし」
「王都博物館に展示するとかってなったら、めちゃめちゃ貰えるんじゃないか?」
「……!! そしたら、一軒家買えるかもね! オリエくんとのマイホームかぁ……!!」
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★マイホーム in オリエ & ラパン
「オリエくん。ここなら誰も見てないから、思う存分、愛を育めるよ?」
大きな窓から朝の光が差し込む寝室。
一糸まとわぬ姿のラパンは、頬を染めてオリエを見る。
「そうだな。俺はお前の全てを早く味わいたかったんだ。早速味見させてくれ」
ラパンの後ろに回り、そのまま抱きしめるオリエ。
ラパンは徐々に息が荒くなっていく。
「え? いきなりそんな……。僕にだって心の準備ってものが……。あ、でも身体の準備はいつだってしてるよ……?」
「それでこそ俺の天使様だ。お前の身体は桃のように甘いんだろうな…。あぁ、お前を目にするだけでヨダレが垂れちまうぜ」
オリエはラパンの耳元で囁いた。
「ああ! オリエくん! 早く僕にむしゃぶりついてぇ♡」
我慢の限界を迎えたラパンはオリエにル〇ンダイブを……。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「おい。……おい!」
「…………ハッ! どどど、どうしたのオリエくん!?」
「どうしたのじゃねぇよ。ヨダレ垂らして昇天してっから、急性アル中で逝っちまったのかと思ったぞ。」
「え? あ、ああ、ごめん」
あわててヨダレを拭くラパン。
(こいつ、今日はいつにも増しておかしいな。……けど、こいつはあほ面しててもかわいいんだよなぁ)
オリエは、ヨダレを拭く男の娘を凝視する。
(だめだ。かわいすぎて逆に俺が昇天しそうだ。何か、何か話題を……)
「あー……なんか、半年前に初めて会ったとか信じられねーよな」
「たしかにねぇ。なんだかずっと前から知り合いだった気がするよ」
「お前それ、会ってすぐの時にも言ってたぞ」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ。昔の知り合いに似てるとかどうとか。ってか最初会った時、俺のことその知り合いだと思って声かけて来たよな」
「え、あー、そういえば、そうだったかなぁ。あんまり覚えてないや……へへ……」
知り合いと間違えたというラパンだが、その知り合いについては話したがらない。
いつもすぐにバレるような"忘れたフリ"をして、はぐらかすのだ。
「まぁ、言いたくないことの1つや2つあるだろうから、いいけどさ」
「……ごめんねぇ。そのうち、そのうちね? きっといつかはちゃんと話すから……。あ、あの、オリエくんのこと信頼してないわけじゃないんだよ……? むしろいないと困るというか、困るから言えないかなーっていう感じというか……」
ラパンは、申し訳なさそうにもじもじと弁解する。
「俺だってラパンがいないと困る。だから、まぁ、なんだ、無理して言わなくていい」
「うん……。ありがと」
なんだかしんみりした空気を感じた2人。
「麦酒追加お願いします!」
「ごく、ごくごくごくごくごく……ぷはぁ!!」
紛らわすために酒を注文するオリエ。酒を一気に飲み干すラパン。
迂闊なのはどっちか。それはラパンだろう。
酒に強いわけでもない人間が、空腹時に一気飲みなどしたらどうなるのか、火を見るよりも明らかだ。
「ふぁー……」
ゴンッ
ラパンはテーブルに頭を強かに打ちつけた。
動かないラパンは寝息を立てている。
「飲み会始まってソッコーで寝てんじゃねぇ!」
状況を瞬時に理解したオリエは、お冷を頼み無理矢理ラパンに飲ませた後、会計を済ませて、酒場を出た。
ラパンは背中におんぶされている。
「ったく、まだ飲み足りねーっつの」
そう愚痴りながらも、背中のラパンが揺れないよう、気を使いながら歩くオリエ。
この世界に来る前に、遊び疲れて寝てしまった妹をおんぶして家に帰ったあの日を思い出す。だいぶ昔の話だ。
今となっては絶対に戻れないあの日。
(まあ、妹にこんな感情は抱いてなかったけどな……)
ーー別にこの世界に来る前から男が好きだったわけではない。今だって、たまに酒場にいるバニーガールの格好をしたコンパニオンのお姉さんには、無意識のうちに視線が向いたりもしている。
どちらかといえば異性愛の方が強いとおもうのだが、なぜかラパンに惹かれている自分が、自分でもよくわからない。
半年前、初めてラパンと出会った時、衝撃が走った。無感動状態が基本設定だった自分が、他人に対して、しかも男の娘に対して、目が離せなくなるほどに一目惚れするなんて。
彼に出会ってからは、まるで世界が彩りを取り戻したかのように、毎日が楽しい。張りがある、と言うのだろうか。感情豊かな自分に、今でもたまに戸惑う時があるくらいだ。
それにラパンの方も、自分に対してすごく懐いてくれている。だから、いくらでも思いに応えたいし、自分の想いにも応えてほしいのだがーー。
「やめてくれぇ! 死刑は嫌だぁ!!」
男性の絞り出すような叫び声が聞こえた。
オリエが声の方向を見ると、警官が2人がかりで男を連行しているところだった。
「お前が男と寝てたことはわかってるんだ! いいから大人しく来い!」
「俺は愛する人と一緒にいただけだ! 何が悪いんだ!!」
「同性同士の性的接触は重罪だ! 常識だろうが!」
「嫌だ…嫌だぁぁぁあ!!」
男は警官2人にがっちりと腕を掴まれ、無理やり連れられて行った。心臓をつつくような嫌な感覚だけが、彼の心に只々置き去りにされた。
ーーこの世界はよりにもよって同性愛にやたら厳しいらしい。
もともと住んでいた現代日本だって、表面上は理解あるフリをしている人は多いけれど、実際に自分の周りにいたら、イロモノ扱いしない人間がどれだけいるだろうか。
現代日本ですら、同性愛には狭量だという認知を持っていた自分にとって、それ以上であるこの世界は当事者にとって地獄だろうなと思うし、まさか自分がその当事者になるだなんて思いもしなかった。
この世界では、同性愛を禁ずると、法で定められているのだ。
現代の地球だって、中東やアフリカに行けばそういう国も沢山あるだろう。だが、実際日本でしか生活したことがない自分にとっては、日本の基準が自分にとっての世界の基準だったから、この世界に来て違和感を強く感じていた。
女装や男装といった文化やLGBTQといった概念そのものがないのだ。男は男らしく、女は女らしく。人間をたった2つにだけ分けようとするなんて……、現代娯楽に馴染んだ自分にとって、クソつまらない世界がこの世界だったーー。
(いや、前の世界も大概か……)
「ん〜。オリエくん……?」
ラパンが顔を上げる。
「おう。起きたか、ラパン」
「ごめん、寝ちゃってたみたい。自分で歩くよ」
「無理すんな。宿まではおぶってってやる」
「……うん。ありがとう……」
ラパンは、再び頭をオリエの背中にあずける。
「ずっと一緒にいてね? オリエくん……」
まだ寝ぼけていたのだろう。心の声が漏れていた。
「もちろんだ。離れんなよ、ずっと」
オリエは聞こえるか聞こえないかくらいの声で返す。
再び眠りについたラパンの顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
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翌日。
オリエとラパンはギルドから呼び出しを受けていた。
「昨日の魔獣討伐の件であなた方に用があると、国からお役人様が来ております」
ギルドに着いて早々、受付のお姉さんから言い渡される。
「国のお役人? やっぱ博物館で展示したいって話じゃねーの!?」
オリエは冗談で言ったことが現実味を帯び、にやけ顔だ。
それとは対照的に、
「え……国の役人……」
ラパンは顔から血の気が引いていく。
「ぼ、僕ちょっと用事があるから、オリエくん1人で対応お願いしていい?」
「いや、何言ってんだ。今日は暇だからってここまで来たんじゃんか」
「くっ……」
(朝の僕のバカ……。なんでこの展開を予想できなかったんだ……)
「……あ、じゃあトイレ行きたいから、ちょっとお願い……」
「あなた方が魔獣を倒したというお二人ですか? 私、国から派遣されてきました、王国騎士隊第4部隊のオルビスと申します」
2人の前に、ギルドの応接間で待機していた国の役人オルビスが現れた。
(化粧水メーカーみたいな名前だな……)
オルビスは、頭以外、全身に鉛色の鎧を着込んでいる。
「あ、ああ。退治したのは俺たちだ。俺はオリエ。よろしく。ってかこんな田舎街で鎧なんて着込む必要あるのか?」
「いえいえ。なにせ魔獣が出たばかりの街ですからね。用心するに越したことはないでしょう。」
(まぁ、それはそうか……)
「ところで、そちらのお方は……」
オルビスはラパンに視線を向ける。
「あ、ぼ、僕はちょっとトイレ……」
「あなたは……! ラパンテッド様……ですか?」
「い、いいいいや、ひと、人違いじゃないですかね!?」
分かりやすく動揺しているラパン。
オリエは訳がわからず首をひねる。
「やはりラパンテッド第3王子ではないですか! まさかこんなところにおられたとは!」
「ラパンテッド……第3王子ぃ!? おま、王子だったのかラパン……」
ラパンは俯いて、真顔で目を見開いている。
(バレた! バレた! バレたぁ!! ここまで来れば大丈夫だと思ったのにぃ!!)
「王子。王都の人間は皆、心配しておりましたよ。さぁ。お供いたしますので、王都に戻りましょう」
「いやだ……帰りたくない……」
オリエの服の袖を掴み、ラパンはボソボソと抵抗の言葉を口にする。
彼には事情はさっぱり飲み込めないものの、ラパンが嫌がっていることだけは察知できた。
「まぁまぁ、オルビスさん。本人嫌がってるし、無理やりは良くないですよ?」
「そう言われましてもねぇ。私も立場上、そういうわけにも行きませんよ。ラパンテッド王子が家出して早半年以上。国王はそれは心配しておられます故」
(ん? 家出?)
それに、とオルビスは付け加える。
「私は、魔獣を倒したものを王都に招くよう、国王から言いわたされているのです。いずれにせよお2人を連れて行かない理由はございません。王命でありますれば、同行していただけないのであれば直ちに罪人として捕らえられましょう」
「え? 国王って事はお前の親父だよな? 有無を言わさないとか、そんな暴君なの? お前の親父って」
オリエは、ラパンにだけ聞こえるように尋ねる。
「……行くよ。僕が戻れば何も問題ないでしょ?」
ラパンはオリエの問いには答えず、オルビスに言った。
(父なら本当にそれをやりかねない。僕が行く事でオリエくんに迷惑がかからないのなら、そっちの方がいい)
「承知しました、ラパンテッド王子。それでは、早速王都に向かいましょう」
その直後、最低限の荷物だけ宿へ取りに戻った後、2人はオルビスと共に王都に向かって出発した。
その間、オリエはラパンに色々と尋ねたかったのだが、まるでこの世の終わりのような顔をしているラパンには、何を聞くこともできなかったのだった。
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次回、第5節は、オリエとラパンにとって人生の大きなターニングポイントとなります。
次回は明日(4/21)21時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。