第3章 第9節『転移者 vs 雷神』
アヴニール王国、闘技場。
観覧席は、身分ごとにエリアが区切られ、第1身分から第3身分まで、満員となっている。
戦いの始まりを今か今かと待ち受ける観客の熱気が、闘技場全体を覆っていた。
「皆さま、大変お待たせいたしました! 只今より御前試合を開催いたします!」
闘技場中央に立つ司会の女が、高らかに開会を宣言する。
「ルールは単純! 一対一で戦い、どちらかが負けを認めるか、気絶、もしくはレフェリーが試合継続困難とみなした場合、決着となります! 相手を死に至らしめることは禁止! 武器の持ち込みはOK! ですが、生き物の持ち込みはNG! その他、規則に準じ、執り行います!」
簡単なルール説明を終えた司会は、両選手入場口を見る。
第1試合の出場者が準備を終えて、待機していることが見て取れた。
「それでは、第1試合! 異邦の冒険者オリエ・ハジメ対雷神マルティコラス! 両選手入場!」
司会の合図を受け、2人は闘技場中央に向かう。
「ようオリエ。少しはもたせろよ?」
「嫌ってほど、食らいついてやるから覚悟しとけ」
両者は正面から向き合う。
「第1試合のレフェリーは私が努めさせていただきます。用意はいいですね?」
「ああ。早く始めろ」「もちろん。よろしく頼む」
「それでは……第1試合、始めぇぇぇええ!!!」
「"影""淡"!」
第1試合が始まった。
先に仕掛けたのは、オリエ。
「はっ! 森の中とか大人数の戦いならまだしも、こんな開けたところで、しかもサシの戦闘でんなことされてもなぁ!? 足音で丸わかりなんだよ!!」
マルティはオリエの足音を探る。
しかし……、
(足音が聞こえねぇ……?)
動いていないのか、そう思った刹那、マルティは空気の流れが変わったことを感じ、咄嗟に跳んだ。
「……!?」
マルティは左腕に痛みを感じた。
見ると、刃で斬られたような傷が付いている。
(どういうことだ……? 最初の位置から動いてなかったのなら、この攻撃はどうやった……?)
マルティは思考を巡らせる。
(こいつの魔法適性は風……。風の刃を飛ばしたのか……?)
だったらと、マルティは最初にオリエがいた場所に向かって黒雷を放つ。
しかし、ヒットした感触はなかった。
(いない!? 足音は全然してねぇぞ!? どこ行きやがった!! …………!?)
再び、空気の流れの変化を感じとるマルティ。
とっさに避けようとしたものの、躱しきれず背中に痛みが走る。
(今度は後ろ!? いや!!)
マルティは気づく。
(今度の攻撃は一発じゃない!)
本能の赴くままに攻撃を避けまくるマルティ。
だが、そのうちの半分以上は攻撃を食らっている。
(くそっ!! 風の刃だろうってのは確定で良さそうだが、これじゃラチがあかねぇ!!)
一旦、攻撃の手が緩んだ。
「なら見せてやるよ、俺の新しい力をなぁ!!」
そう言ったマルティの身体が変化していく。
背中に黒い翼が開き、尻の上に、黒く光る蠍の尾が生える。
眼光は鋭くなり、歯も獣のそれに変貌していく。
だが、そこまでだ。彼女の身体は、完全な幻獣化をしていない。神としての身体が残っている。
「……獣神化。機動力はそのままにパワーだけを上げた、俺の新しい力だ」
マルティは右手に意識を集中する。
「さぁ! どこにいようが関係ねぇ! 俺の黒雷で全てを叩き潰す!」
マルティが高々と右手を掲げると、闘技場中に黒雷が轟き、土煙が巻き上がった。
数刻の後、土煙が晴れていく。
「……あー、くそ。広範囲魔法はどうしようもできねーな……」
マルティが声の方向を見ると、左の脇腹を抑えたオリエが立っていた。
「はっ! ちゃんと俺の黒雷は食らったようだな!」
「流石にな。またカッコいい格好してんじゃねーかマルティ」
「だろう? これなら、スピードが落ちることもねぇ! マナの出力は上がる! いいことづくしだぜ!」
「……ま、それがある限り、もう"淡"を使う意味はねーな」
オリエは、両手のダガーを握り直す。
「戦闘再開といこうか、マルティ」
オリエの身体が浮いていく。
オリエを見上げる体勢になったマルティ。
「そういうことかよ。そりゃあ、足跡聞こえねぇわけだぜ」
オリエは風の魔法を用いて宙に浮いていたのだった。
「んじゃあまたこっちから行くぞ!」
オリエは空中を駆ける。
「見えるんなら、こっちからも仕掛けられるな!」
マルティがオリエに突進する。
マルティの拳をダガーで受けるオリエ。
2人の激しい攻防が繰り広げられる。
「おまえ、そんなに動けたっけか?」
マルティは疑問を投げかける。
自分のスピードに対応できているオリエを不思議に思ったからだ。
「身体強化と動体視力強化、風の魔法でスピードにブーストもかけてる。風魔法に変換したマナは、バフの特性を持つんだとさ。お陰で、短期間でもそれなりのスピードは出るようになった」
体内のフィルターを通したマナは、各属性の魔法に変換されるだけでなく、その属性毎に特性までもが変わる。風の場合はバフ効果量アップの特性だ。
「ははっ! 面白くなってきたぜ!」
マルティはテンションが上がり攻め込む。
激しい打ち合いの末、一旦距離を取った。
(……今だ!)
オリエは右手のダガーをマルティがいる方向に振り払う。
「あぁ? この距離で何やってん……!?」
マルティの右肩から左の脇腹にかけて、斜めに切り傷が入った。
傷に沿い、鮮血が噴き出す。
「な……」
マルティは、最初の風の刃と違い、空気の流れの変化に気づくことができなかった。
「風の刃とは違う……?」
右膝をつきながら、マルティはオリエを見上げる。
「いや、風の刃であることに違いはないさ」
オリエは、ダガーをマルティに向かって突き出した。
もちろんダガーは、この距離では当たるはずはない。
だが、
「……はぁ……はぁ……」
マルティは、まるで喉元に刃を突きつけられているように、身体を緊張させている。
いや、突きつけられているように、ではない。
本当に、突きつけられているのだ。
マルティには見えていた。
自身の血で染められた、赤い風の刃が。
その風の刃は、オリエが持つダガーから伸びていた。
「……最初の風の刃は飛ばしたもの、あくまで遠距離攻撃。今回の風の刃は、ダガーの延長線上。お前にとっては近距離攻撃に等しい。攻撃が当たるまでの動作がスムーズな分、俺は空気の流れの変化を感じとれなかった、ってところか」
「……お前、こういう時は頭いいよな」
図星のオリエは、精一杯の皮肉を送る。
「うっせぇ。ぶっ殺すぞ」
パチッーーパチッーー
マルティの目に、黒い雷電が僅かに発生したのをオリエは見逃さなかった。
そのまま、ダガーでマルティを切り裂こうとする。
しかし、刃は黒雷に弾かれた。
「ちっ!」
(……あの身体は……?)
「はっ! まさかここまで俺を追い込むとはな! 予想以上に腕あげたじゃねぇかオリエェェェエ!!!」
マルティの身体は、黒雷を見に纏っていた。
野獣のような眼光。身体中を走る黒雷。
その姿は、まるでーー、
「雷神化。今の俺が持てる、最高の力だ。特別にてめぇに見せてやる」
刹那。瞬きをしたオリエの腹に、マルティの右腕が突き刺さっていた。
雷属性の特性は、純粋なスピード。
例えば、各属性の魔法で同じように弾丸を作って打ち出した場合、7属性中最速で目標地点に到達する。
2人は、そのまま地面に落下した。
「かはっ……」
口から鮮血を吐き、呼吸を荒げるオリエ。
マルティは突き刺さった腕を抜く。その腕でオリエを抱きかかえようとした時、逆に彼に腕を掴まれた。
「はぁーー……はぁーー……」
オリエの目は、まだ闘志を残している。
数秒の、沈黙。
何やら考え事をしていたマルティは、1つの疑問を彼に投げかける。
「お前……なんでそこまで……」
オリエは、まっすぐな目でマルティを見て言葉を返す。
「俺が……神に負けたら……誰があいつを幸せにできるんだ……。俺は……あいつと一緒に……幸せに……なると……決めたから……誰に負けても……神にだけは負けられねぇ……!!」
「……!!」
オリエの眼光に怯むマルティ。
「"影""濃"……!!」
黒い影が、オリエを中心に渦を巻く。
オリエの背後に集まった影は、その姿を変えていくーー。
「なんだ……こりゃあ……!?」
ーーそこに現出したのは、漆黒の影の巨人だった。
この時マルティが感じていたのは、驚嘆ではない。それは、紛れも無い"恐怖"だった。
「ギフトの成長……か。予想以上だ、ハジメ」
観客席から戦いを見守っていたシャンソンが、そう呟いた。
オリエの動きに合わせ、右腕を振りかぶる漆黒の巨人。
恐怖に動けないマルティにその一撃を叩き込む。
その拳に、質量は無い。
あるのは、ただ純粋な"威圧感"のみである。
一撃を食らったマルティは意識を失い、その場に倒れた。
同時に意識を失ったオリエもまた、眠るように倒れこむ。
「第1試合、ドロォォォォォォォオ!!!」
レフェリーからのコールの後、呼吸も忘れて見入っていた観客から大歓声が巻き起こったのだったーー。
ご覧いただきありがとうございます。
良かったよーという方はブクマ・評価いただけますとめっちゃ嬉しいです。
始まりました御前試合!1戦目はオリエ対マルティ。
とにかく熱い戦いにしたいと思って書きましたが如何でしたでしょうか。
次回はソレイユ。明日(5/24)16時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。




