第3章 第7節『対等』
オリエは購買で制服を受け取ると、ラパンを連れ、脇目も振らずにずんずんと歩いていく。
「オ、オリエくん? どこ行くの?」
「宿。もう帰る」
「え、でも午後の講義……」
「休む。お前も休め」
「………………」
有無を言わさない態度のオリエに、ラパンは何を言うこともできない。
オリエは宿に戻ると、ラパンをベッドに押し倒した。
「オリエくん……?」
「お前、なんでそんな平気なふりしてんだ」
「な、何のこと……?」
「とぼけるな。あいつらと話してる時、お前震えてただろうが。思うところがあったんなら我慢なんてする必要ないだろ」
「我慢なんてしてないよ……」
「嘘つくんじゃねぇ……。俺には嘘つくんじゃねぇよ……」
ラパンから、目をそらすオリエ。
その仕草に、ラパンの身体が少しこわばる。
「オリエくん……なんか今のオリエくん……ちょっとこわいよ……?」
「あいつは!!」
ラパンが本当のことを話してくれない。
そのことが、まるで自分を拒絶しているようだと感じたオリエは、つい声を荒げる。
「……お前の昔の従者なんだろ……!?」
黒髪に、あの会話の内容。以前ラパンが話していた、初恋の従者に違いないと、オリエは確信していた。
「あ………………」
それは正解だった。
オリエには全てバレていた。
自分がオリエにこんなに苦しそうな表情をさせてしまった。
後悔の念がラパンを襲う。
ラパンの蓋をしていた感情は、涙となって溢れ出す。
「ごめん……ごめんオリエくん……君に出会って、みんなと旅をして、もうあんな思いはしなくて良いんだって、あの嫌な気持ちを忘れかけてて……」
ラパンは、涙が止まらない目を自身の手で覆いながら、決壊寸前のダムから少しずつ水を抜くように、感情を吐露していく。
「けど、シャルロに会ったらまた昔の惨めな気持ちを思い出して……それで……だけど、君がいる時に、あの頃の事に向き合いたくなかったんだ……」
絞り出すような声。たどたどしい言葉。
きっとこれは本心だと、オリエは思う。
「君は僕を救い出してくれて……君との思い出は良い思い出ばかりで……だから、君と、あの惨めな過去を僕の中で混ぜたくなかった……」
「ラパン……」
「……嘘ついてごめん。ごめんね……オリエくん……」
ラパンにこんな顔をさせたあいつを絶対に許してはいけない。オリエの怒りは冷静でいられるラインを遥かに超えていた。
「いや……謝ることじゃない。話してくれてありがとうラパン。……シャルロ、だな。あの野郎には俺が痛い目見せてやる……!」
そう言うと、オリエはベッドから立ち上がり、外に出ようとする。
「ま、待ってオリエくん! どこ行くの!?」
「決まってんだろ! シャルロに一言謝らせに行くんだよ!」
「待って……」
聞こえていないのか、オリエは動きを止めることなく部屋の入口に向かっていく。
「待ってよ!!」
ラパンは、ドアに手をかけたオリエに向かって叫んだ。
「僕はそんなこと望んでない!!」
オリエは振り返る。
これまで、ラパンからこれほど強い口調で何かを言われたことなどなかった。
しかし、そのことに瞬時に気付けるほど心に余裕がなかったオリエは、感情に従い言葉を吐き出す。
「望んでないって何だよ!? お前が周りに総スカン食らうようになったの、あの野郎に告白した後だろ!? あいつが告げ口したのは分かりきってるじゃねぇか!!」
「彼が言わなくたっていずれはバレてたよ!! それに、君にそんなことさせたくない!!」
「どうして!? 俺はお前のことが大切だから!! お前のことを守りたいから、こうして!!」
自分がラパンを守らなければならない。それは、彼を好きになった自分の責任だと、オリエは考えていた。
「俺は行くからな!!」
オリエはドアノブに再び手をかける。
ドアノブを回し、ドアを開けようとした瞬間、華奢な腕が、けれど強い意志を持ったその腕が、オリエの身体に巻き付いた。
背後からは、高鳴った心臓の鼓動を感じる。
どれほど感情が高ぶっていても、オリエにその腕を跳ねのけることはできない。
「君には、何もかもが敵に見える地獄のような場所からすくい上げてもらった……。いつも優しくしてくれるし、僕のことを特別な存在だって言ってくれた……」
オリエは、少し力が抜けた感覚がした。
「じゃあ僕は……? 僕は君に何ができるの? ……助けてもらってるばかりじゃ嫌だよ……。僕は君と対等でいたいのに……」
ラパンは、シャムルでソレイユの魔の手からオリエを救ったことはあった。だけど、それくらいじゃこれまでオリエからしてもらったことには到底及ばないと、本気でそう思っている。
「僕を置いていかないで……。ずっと隣で歩かせてよ……」
好きだからこそ、対等でいたい。歩幅を揃えたい。それがラパンの望みだった。
オリエは、ラパンのその言葉に対し思った感情をそのまま口に出してみる。
「俺は……たくさんの思い出をお前からもらってる。いつだって俺のことを想ってくれてることが分かるから、変な心配もしなくていいし、これから先もお前とずっと一緒に……」
(そうか……ずっと一緒にいたいなんて思ってるくせに俺は……。俺がラパンのために何かをしたいって、自分の気持ちばっか大切にして……肝心のラパン自身がどう思ってるかなんてちゃんと考えていなかった……)
自分しか見えてない人間が、相手とずっと関係を維持していくなんて無理な話だ。
オリエはそれに思い至る。
「……悪い。あんな問い詰め方しちまって……。お前が大切だから俺が何とかしなきゃって、そればっかだった」
自分が情けない。1番大切に思っている人のことを考えず、自分本位に行動して、泣かせて、情報を聞き出して、自分が気に入らないからって元従者に私刑を与えに行こうとして。
そしてそれは、すべてこいつのためだと思い込んで。
「俺さ、生まれて初めてだったんだ、こんなに生きていることに熱を感じられたのは。お前と出会う前の俺は、なんつーか、無気力で、周りの奴らとの物事に対する熱量のギャップに苦しんでた。だから今感じている高揚感が気持ちよくて……お前がくれたこの熱を自分勝手に使ってた。けどそれは、ただの自慰行為だったな……。この熱を大切にしたいから、ちゃんとお前のことを見る。信じる。……約束する」
ーーオリエは過去を思い出す。自分にとっての暗黒の時代。人当たりは自分でも良い方だったと思う。だから最初はいいんだ。最初は。
何事にも無気力で、周りの熱についていけなくて、どこかで明確に壁を作る。そして、結局最後は独りに戻る。
そんな自分が嫌いだったオリエは、この世界に来て、ラパンを見るたびに沸き上がる熱が心地よかった。だからそれに浸っていたいだけだった。そして、それに今の今まで気づいていなかった。
オリエは反省する。俺がラパンを救ったんじゃない。俺がラパンに救われたんだ。だからこそ、この熱を大切にしなければいけないのだと。自分のためだけでなく、本当の意味で、ラパンのためにもーー。
「オリエくん……。そこまで僕のこと思ってくれるのは、すごく嬉しいんだよ? だから、僕ももう君に嘘はつかない。思ったことはちゃんと言うよ」
ラパンは、オリエの背中に頰を当てる。
オリエから、かすかな震えを感じる。
ーー対等でいたいから、君にもこれを言わなくちゃ。
「だからね、オリエくんも……僕の前では泣いていいんだよ?」
「……………」
オリエの目から自身の情けなさが流れ落ちていく。
それにつられて、ラパンの目にも、大切な人と一緒に時を歩めているという喜びが込み上げる。
2人は、お互いの素直な感情をそれぞれの身体で感じ合った。
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「というわけで! シャルロのことは僕自身でなんとかします! 特にプランはないけど! そのうち考える!」
「ノープランかよ」
「オリエくんには言われたくないよ! っていうか、別に復讐したいとかそういうのはないから! 会わなければ会わないで特に何もしなくていいやって感じ」
「え、そんなもんなの?」
「うん! シャルロのこと1分でも考えてる時間あったら、オリエくんとイチャイチャしたいよ僕は!」
ドヤ顔で胸を張るラパン。
「オリエくん! 僕が今何を考えてるか分かる?」
ラパンの視線は購買で受け取った紙袋に一直線に向かっている。
「あー、制服プレイ?」
「そう! 制服◯ッチです!」
「おい! オブラートにプレイって言ったのに!」
「別に2人しかいないんだからいいじゃん! ……オリエくんはそういうの嫌?」
「いや……寧ろ好きだが……」
「じゃあ決まり! 僕は早速制服に着替えます!」
(なんかさらにタガが外れたなこいつ……。まぁ好きだけどさ。そんなこいつも)
講義をサボった2人は、後日シャンソンから説教されることになるのだが、それはまた別のお話ーー。
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初めての喧嘩。そして仲直り。青春してるなぁ。いや二人とも大人だけども。
そして、少しだけ出てきたオリエの過去。過去編とかは特に書く気はないですが、今みたいに張りのある日々を送っていたわけではない様子。
次回は急展開?明日(5/22)21時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。




