第2章 第9節『転移者と村娘②』
オリエは、指定の場所までたどり着くと、最上階の窓から、力を振り絞って屋根の上に登った。
屋根の上からは、ソレイユがラパンと戦いながらこちらに移動してきているのが見て取れる。
オリエは、近づいてきたソレイユに向かって、再び大声で呼びかけた。
「ソレイユ! 俺と"正義"について話をしよう!」
「"正義"の話?」
興味を持ったソレイユは、屋根の上に降りてきて、オリエと対峙した。
ラパンは物陰に隠れ、2人の様子を見守っている。
「ソレイユは、正義ってなんだと思ってるんだ?」
「正義は、私です」
「どうして?」
「私は悪を討つ存在だから。悪を討つということは正義ですよね?」
「まぁ。たしかにそれはそうだな。けどじゃあ、悪がこの世にいなくなったらお前はどうするんだ?」
「それは……。私が全ての悪を滅ぼし尽くしたということですから、私は安心して生きていける……? いや……悪がいない世界で私は生きて……いける……?」
「悪がいなくなったら、お前は正義ではなくなるよな? お前はなんになるんだ?」
「私が……正義……じゃない? そんなこと……考えたこともないです……」
「正義以外でやりたいことはないのか?」
「ない……私にはなにも……やりたいこと……やりたい、こと……」
単純な話だった。彼女の存在が正義だというのなら、それは悪ありきのものでしかない。
この世に悪がいなくなった時、彼女の存在は世界から否定されてしまう。
そして、20歳になるこの歳まで妄想の世界に生きてきた彼女には、それは初めての気づきであり、正義以外の自分の姿など思い浮かばなかった。
英雄になりたいが、その後どうしたいのか、何も思い浮かばない。
彼女の耳には、強固な殻で覆われていた"自分だけの世界"にヒビが入っていく音が聞こえた。
「私……の、生きる、意味…………あぁ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
殻が割れ、"自分だけの世界"と現実世界が入り混じっていく。
その世界は、彼女の目には眩しすぎた。
心が軋み、身体中から放出された炎が渦巻く。
「私は……悪がいない世界では……生きていけません……もう……もう全て、私の全て、消し去り、たい……」
渦巻いた炎が、ソレイユの身体を焼こうと迫っていく。
「"影"……"濃"」
かき消えていく炎の向こう、ソレイユの前には、圧倒的存在感を纏った黒髪の青年が立っていた。
「あな、たは一体……?」
力が抜け、座り込むソレイユ。
「ソレイユ」
「は、はい!」
「英雄になりたいんだよな?」
「……はい」
「俺たちはこれから神になって世界を変える。世界を変えるのはいつだって英雄だ。そうだろう?」
「神に……なる……?」
「そうだ。そして、その後どうしたいかも俺は決まってる。好きな人とまったりスローライフだ」
オリエは、満面の笑顔だった。
「スロー……ライフ?」
「……俺たちと一緒に来い。ソレイユ。神になるために俺たちに力を貸してくれ。……貸してくれたら、お前が英雄になった後にやりたいこと、一緒に探してやる」
こいつはたしかに罪人だ。だが、この炎の力、英雄になりたいという強固な意志。自分たちの仲間にこれ以上の適任がいるだろうか。
オリエは、自らの胸に問いかける。
己の正義感に屈してこいつに裁きを与えるか、それとも、ラパンとの輝かしい未来のために、たとえ罪人でもその力を借り受けるか。
そんな問、答えを出すのに考えるまでもない。
彼は、ラパンとの未来のために、自らの正義感を殺すことをためらわなかった。
ソレイユはぼーっとした顔でオリエを眺めている。
「どうだ? ソレイユ」
「…………救世主」
「ん?」
「貴方は私を導くために現れた救世主なのですね!」
「んん??」
予想外の反応に彼は戸惑う。
「私! 貴方についていきます! 貴方のためにこの力を使ってください!」
自らの殻が割れたことで、現実世界を垣間見た彼女だが、人の性格などそう簡単に変わらない。
彼女はこれからも"自分の世界"を生きていくのかもしれない。
けれど、"人生の目的"は僅かに変化を遂げていた。
(んー! まぁ、結果オーライ!)
「ちょちょちょ! オリエくん! この女は君のこと殺そうとしたんだよ!? わかってる!?」
ラパンが物陰から慌てて出てきた。
「わかってるよ。けど、ラパンも見たろ、こいつの火力! 絶対俺たちの助けになるって!」
「うーーーん……。そうかもしれないけどぉ……」
好きな人とスローライフ、のくだりを聞いていたラパンは若干心が浮ついており、オリエに強くは言えないのだった。
「おいオリエ! 頼まれたもん持ってきたぞ!」
次に現れたのはマルティだ。
両手に抱えた大きな袋をオリエのそばに降ろした。
「これだけか?」
「いや、この何倍もあるけどよ、流石に持ってこれねぇから、見えねぇとこに一箇所にまとめて置いてある」
「OK。さすがマルティだ。助かったぜ」
「まぁいいけどよ。なんでこんなもん必要なんだ?」
「上手くいくかはわかんねーけど、まぁ見てろって。"影"、"濃"」
存在感を高めたオリエを、街中でパニックになっていた民衆たちが一斉に見上げた。
オリエは、ニルギリスの家から拝借してきた拡声器を手に持つと、民衆に語りかけ始める。
「圧政を敷いていた領主は倒れた! もうお前らを縛るものはいない! そして……ここに俺たちが集めた金がある。これをお前らに配る。その金を元手にこの街を復興させろ!」
オリエは一度深呼吸を挟むと、落ち着いた声で再び話す。
「もう一度言う。もうお前らを押さえつけていた領主はいない! もう一度、誰にも邪魔されず、自らの手で未来を切り開け!! 金ならある!!」
威圧感は抑え、存在感を高めたオリエの姿は、民衆からはカリスマ的な指導者に見えていた。
民衆は、地鳴りのような歓声をあげる。
「だが先ずは、炎を鎮めるぞ! 各自、消火活動に当たれぇ!!」
「よっしゃぁ!」「やるぞ!」「うおお!!」
民衆は各々が消化活動に当たり始めた。
「すごい……みんな指示に従ってる……」
「いやぁ。存在感増すって言うならこういうのもできるかなってさ。上手くいってよかったよかった」
「ところでそのお金どうしたの?」
「領主の屋敷とか街の金庫から盗ってきたんだよ。俺じゃねーぞ。こいつが命令したんだ」
マルティはオリエを指差した。
「もう領主もいねーしいいだろ。別に俺は善人でもないしな。使えるもんは使わねーと」
「オリエくんって意外と大胆だよねぇ。もっと僕のことも大胆に襲ってくれていいんだよ?」
「うぇ!? お、おう、もちろん……」
とりあえずラパンに非難されなくてよかったと、内心ホッとしているオリエなのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
街の消化活動が終わった後、民衆に金を均等に分配したオリエたちは、見つからないよう、そそくさと街を後にした。
「よかったのか?」
マルティがオリエに尋ねる。
「なにが?」
「いや、あんなことしちまってよ。領主が消えたって頭がすげ変わるだけで何も解決しないかもしれねーぞ」
「それはそうかもな。けどまぁ、前の領主存命時よりはマシだろうよ。それに俺たちは元々よそ者だ。そこまで責任持つ必要ないだろ」
「お前、意外とドライだよな?」
「正直、ラパン以外はどうでもいい」
「こいつ、言い切りやがった……」
(オリエくん好き!!)
ラパンはそんなオリエの顔をキラキラとした表情で眺めていた。
「まぁそれはいいとして、だ。……こいつはなんでついてきてんだ?」
マルティはソレイユに視線を向ける。
「今日からソレイユは俺たちの仲間だからだ」
「はぁ!? 何言ってんだお前! こんなクレイジーサイコ女、何しでかすかわかんねーぞ!?」
「大丈夫だよ。なぁソレイユ?」
「はい! 救世主様たちのご迷惑になることはしません!」
「ほら」
「ほら。じゃねぇ!! お前の彼氏、頭おかしくなっちまったぞラパン!」
「ぼ、僕の彼氏!? ほわ、ほわわわわわわわわ!!」
あぁ言葉のチョイスを間違えたと反省するマルティ。
「俺、初めて胃痛ってものになったかもしれねぇ……」
意外と繊細なマルティは、とりあえず考えることをやめたのだった。
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