第2章 第4節『村娘、ソレイユ・クーシャン』
20時。犯行予定時刻の1時間前。
オリエたちはニルギリス、ソレイユとともに、議員会館への移動を開始した。
屋敷が監視されている可能性を考え、裏の窓から外に出た5人は、更に二手に分かれる。
それぞれ、違う道を行った後、議員会館までの中間地点で合流した。
犯人にニルギリスを特定されないために、ラパン以外の4人は深くハットを被っている。
ラパンだけはフードで顔を隠していた。顔をすっぽりと覆う深いフード。有事の際に正体がバレないように、というシャンソンの気遣いだった。
「これ本当に意味あんのか?」
「まぁ、全員マント羽織ってるとかよりは目立たないだろ」
「そうだよ! 顔はバレたくないけど、目立つのも避けなきゃなんだから」
撹乱のためのハットを提案したのはラパンだった。
「それはそうとして、やっぱりオリエくんはハット似合うねぇ。今度一緒に買いに行こうよ」
「ラパンもフード可愛いぞ。その耳がいい味出してるな」
「えへへ。シャンソンにお願いして付けてもらったんだぁ」
ラパンのフードにはぴょこん、とウサ耳が付いている。
彼は顔を朱に染めながら、強調するようにフードをさらに深くかぶった。
「お前らもっと真面目にやれよ……」
マルティがぼそりと嘆く。
((バニー姿で仁王立ちしてた人に言われたくないなぁ……))
「なんだよお前らその顔は!」
マルティは慌てて逃げる2人を追いかけ回す。
ふふ、とニルギリスとソレイユは向かい合い、笑みをこぼした。
穏やかな、空気。
犯行予告を突きつけられていることなど忘れてしまいそうな空気に、ニルギリスは緊張が和らいでいくのを感じていた。
時折オリエたちのコントのような掛け合いを挟みながら、5人は議員会館への道を怪しまれないような速度で歩いて行く。
すると、
ーーバァン!
「「!!!」」
爆発音。
オリエとラパンは驚いて、音の方向を向いた。
続けて、
ーードォン! ーーダァン!
周囲の建物が破裂し、燃え盛り、黒い煙を噴いている。
「な、んだこれは……」
オリエは一瞬何が起きたか理解できなかった。だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「犯人だ! 街の人を巻き込みやがった!」
建物の中から、パニックになったような叫び声が聞こえる。
「ラパン! マルティ! 住人の避難誘導頼めるか!?」
自分には、この炎の中に飛び込めるような能力はない。
この2人に任せようと思ったのは、ラパンは身体強化や水系の初級魔法、分身が使えるし、マルティは、まぁ神だから大丈夫だろ。
……という理由である。
「わかった! オリエくんはニルギリスさんを任せたよ!」
「不本意だが、しょうがねぇ。やってやるよ!」
「2人ともサンキュー! こっちは頼まれた!」
オリエは、ニルギリスとソレイユを連れ、議員会館への道を急ぐ。
「……? なんか今日は聞き分けがいいね、マルティ」
ラパンがマルティに向かってボソッと言った。
作戦にも素直に従うし、今日のマルティはなんだかおかしいとラパンは感じていた。
「……うるせぇ。殺すぞ」
(ニルギリスに亡き父の面影を見た、だから、あのおっさんが悲しまないように住民を助ける。……なんて、口が裂けてもこのヒヨコ野郎には言えねぇ)
「たまには人の願いも聞いてやらねぇとな? 一応、俺は神、だからよ」
「君、意外と根は良い子だよね」
「子供扱いすんな。後、意外は余計だ」
住人を救助しに、燃え盛る建物に入っていくマルティ。その横顔が、憑き物が落ちたような、どこかスッキリした表情だったことをラパンは見逃さなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
オリエ、ニルギリス、ソレイユの3人は、議員会館に到着した。
会館の中に入ると、ニルギリスとソレイユは隠し階段から地下に潜っていく。
オリエは、階段の前で、翌日の朝まで見張ることとしていた。
ニルギリスに続き、地下室に入ったソレイユは、入口の扉を閉める。
重い鉄製の扉が、大きな音を立て、ゆっくりと閉まっていった。
かろうじて一階から差していた光が遮られ、地下室は真っ暗になる。
「ソレイユ。明かりをつけるまでは、扉は開けておいてくれないかい?」
暗闇から、ニルギリスの声が聞こえる。
「大丈夫ですよ。ニルギリスさん」
ソレイユはそう言うと、手の平に炎を灯した。
「……驚いた。君は魔法が使えたのか?」
「魔法ではなく、ギフトですよ。ニルギリスさん。天が、私に与えたもうたものです」
「ギフト、か。後天的に努力によって身に付ける魔法と違い、偶発的に使えるようになる先天性の能力、だったかな?まさか、君が選ばれし者だったとは知らなかったよ」
「えぇ。私は選ばれたんです。神様に。英雄になる運命なのです」
いつもと同じ、明るいハキハキとした口調。
しかし、ニルギリスは、その"言葉"を聞き逃さなかった。
「英雄……? まさか……君が……」
危機を感じたニルギリスは、助けを呼ぶため声を上げる。
「助けてくれ! オリエく……」
声が出ない。そう気づいた時には、気管が熱で焼かれていた。
身体中が、燃えている。
(そうか……あの街の爆発も……)
ニルギリスは気づいた。しかし、時はすでに遅すぎたのだ。
「ダメじゃないですか。革命なんて起こしちゃあ。血がいっぱい流れるんですよ? 分かってますか?」
炎に照らされる顔。その顔には、いつもと同じ可憐な笑顔が張り付いている。
「今、ガルヴァドス領は貧しいながらもちゃんと回ってるじゃないですか。それを壊して血を流すなんて、"悪"ですよね?」
ソレイユの細めていた目が開いていく。
「悪は正義が、粛清しなきゃいけないんです。私は英雄にならなければならないので」
ニルギリスに聞こえたのは、ここまでだった。
2ヶ月も一緒にいて、まるで気づけなかった。
この女は、天使のような笑顔で、心に悪魔を飼いならしていたことに。
「あ……く……まめ……」
これがニルギリスの人生最期の言葉だった。
次の瞬間には、全身が灰と化していたからである。
「私が、悪魔? そんなことを言うなんて、貴方は根っからの悪だったのですね。でも大丈夫。全てを私の聖なる炎で焼き尽くしましたから。……あぁ、この炎が、神に届きますようにーー」
怒りで炎の出力を上げ、一瞬でニルギリスを灰に変えたソレイユは、次の瞬間にはもういつもの笑顔にもどっていた。
「これで、この街の平和は続きます。あぁ。この瞬間、私は英雄になったのです」
隠し階段を上がり、一階に出るソレイユ。
「大変です! ニルギリスさんが!」
慌てた声を出したソレイユから、ニルギリスが倒れたと聞いたオリエは、急いで階段を駆け降りる。
扉を開いて中を見た刹那。
「!?」
後ろから、口にハンカチを当てられた。
オリエは意識が混濁し、倒れる。
「お……まえ……」
そのまま、気を失った。
「あら、ばれてしまいましたか。一瞬で気絶させるつもりだったのですけど……。貴方は悪ではないですが、まぁ、正義に犠牲はつきものですよね?」
ソレイユは手の平から炎を発する。
「貴方もここで消えましょう?」
ソレイユがオリエに向かって炎を放とうとしたその時、
「オリエくーーん!! おそくなってごめーーん!!」
「ったく、俺1人だったらもっと早く着いたっつーの!」
ラパンとマルティが、階段を駆け下りてくる音がする。急いで炎を消したソレイユは、2人と合流した。
「た、大変です! ニルギリスさんとオリエさんが!」
ニルギリスは何者かに攫われた。オリエは、それを阻止しようとして、敵に気絶させられた。
……ということにしたソレイユ。
「オリエくん! オリエくん返事してよ……!」
ラパンは半泣きになりながら、オリエの身体を揺さぶる。
「くそっ!」
マルティは、話を聞いた直後、外に飛び出した。ニルギリスを攫った犯人を捜すためだ。
(あら? 一番強そうなマルティさんがいなくなったわ?)
ソレイユは、ラパンに視線を向け、口角を上げた。
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ということで華麗に手のひらクルーなソレイユさんでした。次回、ラパン大ピンチ!
次回は明日(5/2)16時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。