光明
あの後独自に調査を開始したピカソらであったが進展は著しくなかった。それは何故かというと現地の在住調査官達に全く協力する気がないことである。
通常、特殊調査官が協力を要請すれば在住調査官としても否応なく協力する必要がある。しかし、その協力の程度は在住調査官に委ねられていた。
かつてウォレスが懸念した通り、この町の在住調査官はこの町の人々によって構成されており、余所者からの干渉を嫌っていたのだ。
今も、町に出向いていた一人在住調査官に話を聞こうと頑張っているが反応は著しくない。
「お願いです、ほんの少しのことで良いんです。何か木が枯れた事についてどのように対処や見解をしたのか教えてくださいっ」
「だって特殊捜査官なんだろ? 我々在住調査官なんぞの手をお借りしなくとも、その博識で分かるだろう? あぁ、それとも流石の特殊調査官様も今回の事は手に余るってことかな?」
「こいつ……!」
思わずかっとなりそうになるがグッと抑え込む。ピカソとした指切りを思い出したのだ。
それに、調査官をぶっ飛ばしたとなれば幾らベオルフが《7欠月》であろうと罰を受ける可能性が高い。
調査官達の元締めであるウォレスに事情を説明すれば大丈夫かもしれないが、迷惑をかけられない。
ベオルフは耐えた。在住調査官は一瞬漏れ出た殺気に冷や汗を流しつつも、言葉を続ける。
「それにあのクレアさんがあぁ言ってるんだ。俺たちも彼女の見解が正しいと思っている。分かったら妙な事はしないでさっさと帰ってくれ。君達と違って我々は暇じゃないんだから」
そう言って在住調査官は去っていった。
邪険に扱われたベオルフは機嫌悪く舌打ちする。
「何なんだよ、あの態度はよ」
「仕方ありませんよ。元より余り歓迎されている様子はありませんでしたから」
「けどよ、同じギルド職員に向けてあんな態度はないだろう?」
「彼らにも誇りがあるのですよ。特殊調査官が派遣されたということはその場所にいる在住調査官では役不足と判断されたと思っているようなものですから。調査官は果てしない努力と執念で、ギルドの試験を突破された者だけがなれます。それに横から現れた特殊捜査官に手柄を掻っ攫われると思ったのならばあの態度も無理ないです。それに、既に解決したと思っている在住調査官側から見れば私達の行動は因縁付けてるようにしかみえないでしょうし」
「それは……、確かにそうかもしれねぇけどよ」
ウォレスの話では応援も一時拒否していたというのでそれだけ自らにプライドを持っているのだろう。
だがそれでもし判断を誤ったらどうするつもりなのだろうか。
「なので、あからさまに差別されないだけマシです。最低限の資料は見せてくれますし。それにクレアさんは確かに私達の調査を快くは思ってはないですけど、あの後も私の質問にはきちっと答えてくださいますし、全く味方がいないって訳じゃありませんよ」
「クレアなぁ……、あいつ身体つきは良いけど性格がな」
「……あぁ言うのが好みなんですか?」
「胸はでかいな。ありゃ間違いなくEはあると見た」
「むー……ふんっ!」
面白くなさそうに頬を膨らませた後ガンとベオルフの脛を蹴るピカソだが、貧弱なピカソでは屈強なベオルフには全くダメージを与えられない。
寧ろ自分の足にダメージが来て、涙目で何度もぴょんぴょん跳ねて悶える。
「〜っ!〜〜!!」
「何やってんだお嬢」
「う、うるさいですよっ。というかなんで痛くないのですか!!」
「そりゃ鍛えてるしな。それにお嬢は力が弱っちぃから」
「ずるいです! せこいです! ひきょーもの!」
ずるいずるいと繰り返すピカソにベオルフは理由が分からず困惑するだけだ。
「なぁ、何怒ってんだよ」
「怒ってません!」
「いやどうみても怒ってるだろ」
「知りません! もうっ!」
ピカソ・アクリル14歳。色々と複雑なお年頃なのだ。
プリプリしながら先を歩く。が、ふぎゃと店から出て来た人とぶつかる。
「あ、ごめんなさい!」
「おや、偶然だね」
「え?」
「お? あんたは」
ぶつかった相手はこの町で初めて出会ったクレープ屋の店主だった。
「あの時の店主じゃねぇか。どうして此処に? その荷物は?」
「今日はお休みさ。あぁ、別に不景気だからって訳じゃない。毎週この日は休みにすることに決めているんだ。これかい? これは殺虫剤だよ。最近"噛み切り虫"が多くてね、ウチの家は木造だから対処しないとあっと言う間に倒壊さ。それでどうしたんだ? 買い物の途中から見えてたんだけど、何だか在住調査官と揉めていたようだね」
「それが……」
流石に他人にまで怒っている感情をぶつけるわけにいかず、そもそもそれが私的な理由なら尚更だ。ピカソは丁寧な態度で理由を話す。
「なるほどなぁ。確かにここの在住調査官達はプライドの高い連中が多いしね。この辺りの人達の気質もそういった風であることも理由かもしれないなぁ」
「あんまり人を人種で差別するのは良くないぜ」
「あぁ、そう聞こえたのならすまない。別にそういった意図はないんだ。ただ、長く住んでるとわかるから言っただけさ」
ふと店主がなにかを懐かしむような瞳になった。
「それにしてもクレア・シルヴェスター……か」
「? 何か知ってるんですか?」
「あの子はな、他の調査官さん方と違って一年前に此処に来たんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
思わぬ事実に目を白黒させる。ベオルフも同じだ。てっきり、この町の人間だと思っていた。
「そうだよ、丁度今日みたいに俺が休日の時に町の中をぶらぶらしていた時、道に迷ってるようだったんだ。だから案内してあげたんだけどその時の彼女何か強い決意を抱いて、そして何処か焦りを抱えていた様子だった。そして案の定他の在住調査官との距離もあった。だから何かしら功績をあげようと躍起になっていたんだ。昔、森の方で魔獣達が異常行動をしたことがあってね。《魔獣の暴走》でもない不可思議な現象に他の在住調査官達は全く原因が分からなかったけど、彼女は原因をピタリと当てて解決したことがあった。長い間此処に住んでいた在住調査官は解決出来なかったのに、だ。それ以来だれも彼女の発言に表だって意見出来なくなったんだ。誰もが彼女の存在に魅せられた。だから孤独ではないけど孤高の存在になってしまった」
「そんな過去があったんですか……」
在住調査官のクレアに対する態度、その全てに納得がいった。
彼女が言うから間違いない。あの在住調査官はそう言ったが、その発言の意図は信頼とはまた違うものであった。つまり、過去にプライドをズッタズタにされたのだろう。
ご愁傷様とベオルフは心の中で送っておく。同時に若干ざまぁないなとも。
獣人の恨みは根深いのだ。
「……それにしても随分ギルドの内情に詳しいんですね」
あぁと彼は笑い、事もなさげに言った。
「だって俺は元ギルド職員だったからね」
☆
店主はこの町に赴任して以来、何時も真面目かつ誰でも助ける性格でこの町の一員と認められるまでになった。その際、もてなしで食べた蜂蜜を使った料理が余りにも美味しくて、職員を辞め、初めて食べたクレープ屋の店主に弟子入りしたらしい。その後、一人で店を開けるようになり、休日に散歩していた所、クレアに出会ったと言うことだ。
そして思わぬ事に彼はここ最近の情報にも精通していた。ハーニー町はここ数年ほど大規模な人員移動がなかったことから、ギルド職員だった頃の伝手もありかなり繊細な情報を得ることができた。
余所者のピカソ達ならともかく、信頼厚い店主ならと在住調査官の一部も教えてくれたのだ。
ピカソは得た情報を泊宿の一室で整理し、カリカリと筆を走らせる。時間は既に夜な為、炎の灯ったランプが部屋を照らしている。
そしてひと心地ついたのか筆を置き、水の入った木のコップを呷る。冷たい水が火照った頭を冷やしてくれる。
「私、やっぱり"長舌鹿"だけが原因ではないた思うんです。情報をまとめてみてもこれまで狩られた個体数と被害にあった木の数ではどうにも数が合いません。それに最初期に枯れた木は町から近く、その時は"長舌鹿"も見られたことがありません」
ベットの上で腹筋していたベオルフが反応する。
「だが確証がねぇ。机上の空論はいつまでたっても空論でしかない。絵が描けなきゃ、何にもねぇのと同じだ。在住調査官達も何か目に見えて納得する材料がなりゃ納得しねぇぜ」
「むぅ、やっぱりそれなんですよね……。私も分かってはいるんですけど証拠が見つからないんです。あと少しという所まで来てるんですけど」
「どっちにしろ今日はもう遅いから明日にしよう。お嬢も最近あんまり寝てないんだろ?」
「そう……ですね。明日も早いですし」
ふっと息を吹きかけ蝋燭の炎を消す。
そのままあくびをした後ベットに潜り込んだ。
ベオルフの同じの。
「って、何でこっちに潜り込むんだよ。そっちにもう一つベットあるだろ?」
「良いじゃないですか、いっつもくっついて私と一緒に寝てるじゃないでしょ?」
「その言い方だと語弊が生まれそうだな。別に野宿じゃねぇんだから同じ所で寝る必要はねぇだろ? お嬢は子どもだから体温が熱いんだよ。な?」
「……すやぁ」
「速ぇ!」
一瞬で寝るピカソに驚愕しながらベオルフはしょうがねぇなと、愚痴る。
「ちっ、安心した顔で眠りやがって……、お疲れピカソ」
若い調査官に労いの言葉をかけ、頭を撫でる。乱雑な手つきだが寝ているピカソは嬉しそうにしていた。
その後、毛布を肩まで掛け直してやって、ベオルフも眠りについた。
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