冒険者ギルド
世界各地に点在する冒険者ギルド。
その中で通称"タンポポの綿毛"と呼ばれる冒険者ギルドがあった。
バルーン街に名物として浮かぶ沢山の風船がまるでタンポポの綿毛に見える事から名付けられたというこのギルドは大陸に無数にある冒険者ギルドの中でも、交通の要にある事から五本指に入る大ギルドである。
バルーン街自体が交通都市であり、いくつかの国の貿易の要になる為多種多様な品や人が行き交い、近くにある"青草平原"と"ラディッシュ山脈"には多くの魔獣や希少な薬草が存在する事から様々な依頼がこのギルドには集まる。
ここでは日々、沢山の冒険者が集っては依頼を受けて各地へと散っていっていた。
では、そんな冒険者ギルドの日常、その一部始終をのぞいてみよう。
「今日の依頼はどうする? 俺としたら"一角甲虫"や"石頭豚"とか良いと思うんだが」
「そんなシケた依頼よりそろそろ1つ上のランクを目指してぇな。"飛翔大百足"とかどうだろうか? 今の俺たちならいけると思うが」
「馬鹿、確かに俺もいけると思うが依頼料を人数分で割ったら割りにあわねぇよ。それならまだ群れの石頭豚の方が割に合う」
依頼要請専用掲示板の前では、《2欠月》の冒険者がどの依頼を受けるか吟味し
「知ってるかい? 北の"ミシュマーシュ都市連合"のギルドの方で大規模な"魔獣の暴走"が起きたって話だって。なんでも幾つかの村が壊滅状態で国とギルドが連携して対処に当たってるって話だ」
「マジか。なら北に行くのは辞めだな。態々危険に飛び込むこたぁねぇ」
「依頼料は高くなるが命の代わりは聞かないしねぇ……」
「それにそっちに向かうのにも費用がかかるしな。武器の補填や食料とかも考えるとまったく割にあわねぇよ」
歴戦の風格を纏う冒険者チームがこれからどうするか相談しあい
「いらっしゃいっ! ギルド販売のポーションと携帯食だ!狩りのオトモにもってこいの代物だよ!」
「おっ、ちょうど今から平原に向かう所だったんだ。お姉さん、ポーションと携帯食くれよ」
「はいよ、まいど! お兄さん口がうまいね。ポーション1つおまけしとくよ!」
売り場ではこれから依頼の魔獣を狩りにいく若手の冒険者が売店のおばちゃんと談笑し
「てめぇごら、表出やがれ!! その顔面ぶん殴ってやる!」
「全くこれだから野蛮人は。少しばかりお灸を据える必要があるみたいだね」
「ギルド内での乱闘は禁止されています! これ以上暴れるのならば両者とも規定により降格と罰金の処罰を下しますよ!」
「「な、なんだってー!?」」
冒険者ギルドの一角に併設された酒場で取っ組み合いの喧嘩になりそうな者が職員に咎められていた。
そんな光景が至る所で見られ、喧騒に満ちていた。初めてこのギルドに来た者は余りの活気に気圧されるほどだ。
そんな中、扉を開けギルドへ入る男女が一組。
特殊調査官のピカソ・アクリル。
《7欠月》の冒険者のベオルフ・ヴァンデルンクである。
「相変わらず騒がしい所だな」
ベオルフは口ではそう言いながらもギルドのこの雰囲気が嫌いではなかった。機嫌良さげに尾が揺れる。
別にベオルフは好き好んで騒がしい所に行く訳ではないがこのギルド特有の冒険者の賑やかさがなんというか性に合うのだ。
「でもベオルフ機嫌良さそうですよ?」
「まぁな。何だかんだかたっくるしい場所や畏まらなきゃいけない場所よりもこうして自然体でいれる方が楽で良いしな」
「ベオルフは偉い人との会合の時いつも居心地悪そうにそわそわしてますもんね」
「角張った雰囲気は尻尾がぞわぞわする。俺は腹の探り合いにはあまり向いていないからな。自然体でいれて馬鹿騒ぎ出来る、この方が好きだ」
「そうなんですか。とりあえず早く奥に行きましょう。確かギルドに報告を待っている人が……」
「お待ちしておりました、ピカソ様。そしてベオルフ・ヴァンデルンク」
澄んだ声が耳に届いた。
辺りは喧々囂々と騒がしいのにその声だけはハッキリと耳に残る。
一人の女性がいつのまにか前に立っていた。
その姿を見て嬉しそうにピカソが駆け寄る。
「お久しぶりです、ノエーチェさん!」
ノエーチェ・ミッケン。
艶のある黒髪を撫で上げ、黒縁の眼鏡をかけ、皺一つのないスーツを着た女性である。
目が釣り目がちだが、キツ目の美人という風でスリットの入ったスカートからはストッキングを履いた足が艶めかしく見える。
小脇には何時も冒険者ギルドの小さな本と書類を抱え、如何にもエリートといった出で立ちであった。
ノエーチェはピカソに対し柔らかに微笑む。
「はい、お久しぶりですピカソ様。仕事の方ご苦労様です。絵の方はどうですか?」
「お仕事は順調です! 待ってる人ってノエーチェさんだったんですね。此処に来るまでにたっくさん描いて来たんですよ! 人の方は……ま、まぁそれなりに? 上達しましたよ?」
「余り著しくないようですね」
歯切れの悪い答えに察したように苦笑するノエーチェにピカソは苦笑いだ。
「貴方も……どうやら元気そうですね」
「おうよ、俺はいつも元気一杯だぜ。生まれてこの方風邪になったことねぇからな」
「馬鹿は風邪を引かないというのでそれでしょう」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。冒険者にとって病気ってのは仕事に関わる不倶戴天の敵だ。馬鹿だろうがなんだろうがならない方が良いに決まってる」
「その前向きな考えには感心しますよ」
「けっ、どうだかな」
疑わしい視線を向けるがノエーチェは何の反応もしなかった。
ごほんと態とらしく咳をする。
「さて、お二人様。雑談もそこそこにウォレス様がお待ちです。案内しますよ」
「おじさまが!? 屋敷じゃなくてギルドにいるんですか?」
「えぇ、急な仕事がギルドの方で入ったので屋敷ではなく冒険者ギルドの専用執務室に居られます。その為私が此処にいたのです。それでは案内致しますのでついて来てくださいね」
そう言って冒険者ギルドの受付場の隣を通るノエーチェに続いてベオルフ達も通ったのだった。
職員の仕事場はエントランスと違い静寂に満ちていた。
ギルドの職員達が何かしら魔獣の素材が入った箱を運んだり、書類を片手に忙しく動き回る。
ちょっと開いてある部屋を覗いてみると妙年のおばちゃん達が報酬の金額と依頼内容の難易度を設定していたりした。
冒険者では中々に見れないギルドの裏側という奴だ。普段受付職員しか見ない冒険者にとっては新鮮な光景だろう。
しかしベオルフとピカソにとってはそれなりに見慣れた光景だ。
ベオルフは軽く手を挙げ、すれ違う顔馴染みの職員に挨拶しつつ奥に進む。
3階に上り、歩くにつれ次第に人の数が少なくなり、重厚で豪華な扉の前に到着した。樫の木で作られた扉をコンコンコンとノエーチェが三回叩く。
「ウォレス様、ノエーチェ・ミッケンです。ピカソ様とベオルフ様をお連れしました」
ノエーチェがそう行って扉を開けようとすると
「あぁ、ダメだダメだ! まだ開けないでくれぇ!」
≪クェー! クェェー!!≫
中から悲鳴のような声が上がった。
一瞬非常事態かと身構えるが話の内容からそうではないらしい。
「あぁ、またですか……。全く全然懲りていないんですから」
ノエーチェが呆れたように呟く。
ドッタンバッタンと暴れる音と動物の鳴き声、そして何かが割れる音がした後、やっと静かになる。
「すまない待たせたね。もう入って大丈夫だよ」
中から許可が降りてノエーチェが扉を開ける。
中では何やらくたびれた中年の男性が片手に一匹の魔鳥の入った鳥カゴを手に、こちらに向かって手を振っていた。
「おじ様っ!」
「おっとっと……。やぁ、ピカソ。相変わらず元気そうで何よりだよ」
ピカソが満面の笑みを浮かべ、中年の男性の腹に飛び込む。
丸っこい眼鏡をかけた頭の寂しい男性は、おっとっとと言いながらもう片方の手でピカソを受け止めた。
丸っこい鼻に出たお腹は何処から見ても冴えない男性としか表せない彼の名はウォレス。
大陸に無数にある冒険者ギルド。その本部で統括する8つの部門。通称"八人の指導者"と呼ばれる冒険者ギルドを経営する指導者達。その内の一つ『魔獣調査部門』の長を司る人物である。
アルコンテスとは、過去に勇者ブラディオンが世界各地を巡る際に多くの援助や武力を貸した者達の子孫達である。
貴族、華族、王族とは違うがそれぞれが冒険者ギルドにおいて巨大な権力を持ち、また冒険者ギルドが各国に存在することから国に対しても影響力を持つことから"八人の王"、"世界で最も華やかな一族"、"世界を裏で牛耳る者"と悪評と名誉を同時に併せ持っていた。
異名は国によって変わるも絶大な権力を持つのは確かだった。
さて、そんなアルコンテスが一家のアスタファイオス家が現当主アスタファイオス=リチェルカ・クルックス・オ・ウォレス。
彼は確かに一見すると頼りない男性のように見えるがその目には深い叡智が宿っており、思慮深さが窺える。
衣装を細かく見れば、材質がそんじょそこらの物とは一線を画していると気付くだろう。
片眼鏡にだってよく見れば、細やかな宝石を縁に散らし一級品である事が分かる。服も所々汚れてはいるが、細かい刺繍が施され彼の権力を表している。
残念ながら頭は寂しい事になっているが、いつもピカソと同じ、服と同じ濃緑の学士帽を被って誤魔化している。
ピカソはそんな彼をおじさまと呼び慕っていた。ウォレスもまたピカソを娘のように可愛がっている。
グリグリと豊かな腹に頭を押し付けた後ぱっと上を見上げる。
「おじ様もお元気そうで何よりです。あ、あの、もしかしてこれはおじ様がこの間言っていた泡鳥ですか?」
ピカソがキラキラした目で、ウォレスが持っていた鳥かごの中にいる淡い水色のふっくらと丸い鳥を見る。
「あぁ、そうだよ。最近やっと人工孵化に成功したんだよ」
「やっぱり! すごいです! 泡鳥は、崖に巣を作ることから捕獲も難しいのに更には人工孵化も成功させるなんて!」
「そうだろそうだろ? いやぁ〜、ここまで来るのに苦労してね、そもそも泡鳥はピカソの言った通り峻険な崖に巣を作る魔鳥でね、下から吹く風に乗って各地を移動する性質を持つ。彼らは非常に巣を作るのに繊細かつ気難しい性質だ。だから先ずは風精霊使いを呼んで擬似的に同じ状況を作り、巣を作るか確かめてみたんだ。そこで何とか巣を作ってくれて卵を確保した次は、孵化するか確かめて見たんだ。それから火精霊魔法と水精霊魔法で気温や湿度を調整して、それだけじゃなく泡鳥が巣に使っている藁を選別してさらに水精霊魔法使いに頼んで泡鳥が巣にも吐く泡を真似してもらって……」
ペラペラと饒舌に話すウォレスにピカソが相槌を打ち更に機嫌良く話す。
テンションの上がる二人とは裏腹に呆れ顔をする人が二人。ノエーチェとベオルフである。彼らは遠巻きに話に熱中するピカソ達を見つめる。
「また始まったな」
「ウォレス様も困ったお方ですね。普段はなよなよしているくせに自分の好きなの事なった途端に饒舌になります。しかもあの泡鳥が孵化した時は大事な書類をほっぽりだして施設に行ってしまいました。おかげで私が相手方に頭を下げることになりました。しかも帰って来たと思ったら泡鳥について自分の見解が当たったのが嬉しかったのか、どれほど素晴らしいだのこれは歴史的快挙だの、苦労しただの延々に語り始めて……」
「因みに何回聞かされたんだ?」
「……10回を超えた辺りから数えるのをやめましたよ」
「……お前も大変だな」
ノエーチェに同情の目で見る。側近の彼女はいつもの事だと疲れた顔で言った。両者の口調が若干砕けているのはこれが素であるからである。ノエーチェは職務上常に、ベオルフはウォレスの前では丁寧に成るのだが良家出身者でもないベオルフは気が緩むとすぐに言葉が砕け始める。どちらかといえば粗暴者に近いベオルフに、常日頃気品を持てと言うのは無理がある。
それに何もこれはベオルフだけの話ではない。偶に酔狂な貴族や王族がなる事もあるが大体の冒険者は農家の三男や底辺の流民出身といった似た様な事情で口調が荒い事が多く威圧感を与えることが多い。
依頼人の前では必要最低限の敬語を使わせるように冒険者に講習で仕込むか、いっそ受付に全ての交渉を頼むこともよくあることだ。
そして二人の話が加熱し、更にヒートアップする前にとノエーチェはパンパンと手を鳴らす。
「お話も良いですが本日は御用件があってお二人をお呼びでしょう? まだ仕事も残っているのですから早くして下さい。ていうか、しなさい」
「あ、あぁそうだったねノエーチェ君。つい年甲斐もなくはしゃいでしまって……すぐに始めるよ。だからそんなゴミを見る目で見ないでくれないかな? 僕にそっちの趣味はないよ」
「なら早くして下さい。放って置いたら日が暮れて次の朝まで話し続けるでしょうから。さぁ早く、今すぐにでも」
「あ、あのもうちょっと、もう少しだけ、ほんのちょっとで良いですから話を……」
「お嬢も諦めてくれ、話が進まない」
二人してシュンとする姿は血が繋がっていないのに親子のようにそっくりであった。
さながら叱るノエーチェは母親かと隣を見ると彼女も此方を見ていた。
どうやら互いに親役は相手だと思っていたらしい。互いに罰の悪い顔をした。彼女も、そして自分も未だに独身である。なのにこんな大きな手のかかる子供はごめんだ。