交わす盃
「相変わらず暑っ苦しいなぁ」
夜。
熟睡するピカソとは違いベオルフは蒸し蒸しする暑さに寝付けずにいた。
「こんな時は気分転換だよな」
ベオルフはそっと外に出る。
バルーン街と違い、魔石の灯りによる街灯が無いこの島では一寸先すら見えない。それでも歩けるのは獣人としての臭いで道を把握しているのと月明かりのお陰だった。
やがてベオルフは砂浜に来て、流木に座って夜空を見上げる。
空が澄んで星々が綺麗であった。波の音を聞きながら飲む酒は格別であった。
暫しそれを見ていると誰かが近付く足音が聞こえた。
「ほぅ、誰かと思えば主か」
ランプを片手に現れたのはバルバロッサだった。
「なんだあんたかよ。……なんで起きてんだ?」
「なに、中々に寝れなくてな。ならばと部下の武器を見ていたところだ。そこに歩く貴殿が見えたのでな」
「俺もだ。暑さのせいで寝られなくてな。……武器を見てるって言ったがあんたが直すのか?」
「無論、手前もドワーフの端くれ。鍛冶屋の嗜みくらいもっておる。ほれ、あそこに置いてあるだろう?」
指を指した所には幾つかの武器が置いてある。近くに行き、横倒れた木に座る。
「お主の武器、狼牙棒だったか? 中々に良い武器であるな。殴ることも切り裂くことも出来る。
「手前の愛武器≪彫心鏤骨・改滋≫も手前自ら造り出したものだ。今も時折こうして部下の武器のメンテナンスも行なっている。まぁ、時々勝手に改造して怒られるがの」
「そりゃそうだろ」
何やってるんだよと言えばバルバロッサは愉快そうに笑った。
やれやると思いつつベオルフは持ってきた酒を飲もうとした。
その時猛烈な視線を感じた。バルバロッサがガン見していた。
正確には腰にある、黄金の実で作られた酒に。
「……飲むか?」
「良いのか!」
ドワーフは総じて酒好きだと言われている。バルバロッサも例に漏れず酒好きなのは煌く目で分かった。
ベオルフは皮袋から皿を取り出し、そこに酒を注いでバルバロッサに渡す。
「しかし、手前のみが貰うと言うのは些か申し訳ない。だから手前もこれを渡そう」
「これは?」
「"モーギュドン"と呼ばれる魔牛の干し肉じゃ。甘い味噌に二日間つけておいて、山椒の実を付けておいたから甘くピリッとした辛さが美味だぞ? 甘い黄金酒にはピッタリだ」
「……お前最初からもらう気満々だっただろ」
「さて、何のことやら」
どかっと隣の流木に座るバルバロッサ。手慣れた様子で干し肉をナイフで半分に切り、此方に差し出す。
「「乾杯」」
二人は酒に口をつける。
「かぁ〜! 何というまろやかさに強いアルコール! これは飲みすぎると手前でも酔ってしまうわ。わははッ!」
「おぉ、うめぇなこれ!」
「そうであろう? 何せ手前のご贔屓している店の一品だ。上手くないわけがあるまい。
貰った黄金酒もそれぞれの手に持つコップが最後の一杯となった頃バルバロッサが質問を投げかけた。
「いやはや、まっこと噂とはあてにならんな。『孤狼』とも呼ばれておった御主は、人を寄せ付けないと言われておったからのう。……失礼を承知で問うがお主は何故あの調査官殿と共におる?」
「
「確かに手前はお主が調査官殿と一緒にいることに何の非難も文句もない。あの時も言ったが冒険者のモットーは自由だしの。だが気にはなるのだ。特に『孤狼』とも呼ばれたお主が」
普通冒険者はこういった込み入った話は毛嫌いし、場合によっては刃傷沙汰にもなる。
だがバルバロッサには悪意など微塵もなく純粋な疑問のみを向けていた。
「だとしても話す必要はないな」
「うぬぬ、歳上は敬うべきだと手前は思うがの」
「生憎俺の家系では強い者こそ敬うべきって言われててんでな」
「ほう、それはもしや自分の方が手前より強いと? ならばここで一戦してみるか?」
瞳の奥に好戦的な光を宿しながらバルバロッサが笑う。
「悪くねぇ、が辞めとくわ。折角の酔いの良い気分を血生臭い事で醒ましたくねぇ」
「ふむ、残念だがそれもそうだの」
「自分で言っといてなんだがあっさり引くんだな」
「態々命のかかる調査の途中で、互いに力量は把握しておるだろう? お互いに強いと理解出来るからこそ、軽率な行動は慎まねばならん」
「そりゃ良いことだ。そんな風に判断できる奴は長生きできるぜ」
「手前は国では変わり者であった」
「あぁ?」
突然の話に思わず変な声が出た。
「手前はの、これでも国では鍛冶屋としてそれなりに優秀じゃったんよ。周りの同族達がやれこの手法をすればより良い武器が。この鉱石を使えばより良い質になると語る中、見向きもしない鉱物、鉱石の試行ばかり試しておった。誰もが偏屈だと言っておったがそれでも手前は自らの道を歩み続けた。しかし、それには鍛冶場では限界がある。偏屈な鉱石たちは加工した後もまだ満足出来ない事が多くてな。それに手前は悩んでおった」
「それで冒険者になったってか?」
「そうじゃ、親父殿に誘われてな。あの時は正に天啓だった。あの方の持つ武器こそ手前の目指す極地である。親父殿の故郷四穀和国。特殊な製法で加工されたあの武器は手前らドワーフの扱えるルーン文字を使った逸品と同程度、或いはそれ以上の性能を持つ。正に鍛冶屋にとっての極致に到達した一品じゃろう。いずれあの極致にたどり着くために手前は冒険者となり、自ら素材を集めることにしたのだ」
語るバルバロッサには少しの後悔も見られなかった。自らの意思で国を出て、地位を捨て、今の状態であることに満足しているようであった。
それを少しベオルフは羨ましく思った。少なくとも自分はそんな考えではなく、なし崩しに目的もなく冒険者になっただけに。
「さて、次はお主の番だな」
「は? 何でだよ」
突然語れと言われたベオルフは怪訝な顔になる。
「手前は喋った。ならお主も話すのが礼儀であろう?」
「おいおい、そいつは卑怯だぜ」
「ふははっ、ならば耳でも塞ぐべきだったな。しかし、聞いたからにはお主にも話す義務がある。ほれ、話せ」
「ちっ、大人げねぇぜ」
「大人とは汚いからこそ大人だ」
饒舌になるようもう一度ぐいっと酒を煽ってからポツリと話し始めた。
「……あれは今から五年前の事か」
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作者の他作品「【連載版】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した」と「おっさん船医ですが処刑されました。しかし生きていて美少女美女海賊団の船医やっています。ただ、触診をセクハラというのはやめて下さい。お願いします」の方も投稿しています。
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