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聴き込み!

 一匹の黒い縦長の髭を持つ馬の魔獣”垂髭馬”が引く馬車が森の中を闊歩(かっぽ)していた。

 深い濃緑の木々が頭上を覆い隠し、僅かな木漏(こも)が歩く馬車を照らしていく。


「ふんふんふんふ〜ん♪ ふふふ〜ん♪」


 心地よい鼻歌が一人の少女から歌われている。

 荷馬車の後方でピカソが足を外に出しぶらぶらしながら森の景色を手に持つキャンパスに写し取っていった。舗装(ほそう)されていない道では時折大きく馬車が揺れるがピカソの筆筋に狂いはない。正確に模写していく。

 その様子に馬車の奥で見ていたベオルフが口を開いた。


「ご機嫌だなお嬢」

「はい、今の時期は実りの季節なので森の中が色んな色に彩られ写しがいがあります。やっぱり人の手のあまり入っていない景色は綺麗ですよ」


 ピカソが笑顔になりながら答える。

 二人が向かっているのは新しく作られているという開拓村である。今はその村に向かって森の中を通っている真っ最中なのだ。


「お二人さん方、もうすぐ目的地に着きますよ」


 深い森を抜けると御者台で馬車を運転していた男性が話す。ピカソは絵をしまい、前方の布を開けた。ベオルフも後ろから一緒に覗く。


「見えました、あれが今回の目的地ブレ村です!」


 視線の先には大きな木柵に囲まれ、黄金に輝く麦畑がある村が見えた。





「おぉ、冒険者ギルドの職員の方、良くぞ来て下さいました感謝致します。ささっ、どうぞ中にお入り下さい」


 村に着き、馬車から降りた二人を複数の村人が出迎える。その後、村長の家に案内すると言われ、案内された所村長と名乗った男性が二人の前に進み出た。


 村長と言っても白髭を蓄えた老人と言うわけでなく、筋骨のたくましい40代半ば男性である。


「私がこの村の村長のゼスターです。遠い所を来ていただき改めて感謝します」

「初めまして!『特殊調査官』のピカソ・クルマラ・エチルべ・イレルガ・ネンリ・スウニレア・アクリルです。本日はよろしくお願いします!」


 元気一杯にピカソが挨拶する。一方村長は聞き慣れない単語に少しばかり怪訝な顔をする。


「『特殊調査官』……? あの私達が要請させて頂いたのは『在住調査官』なのですが、『特殊調査官』とは『在住調査官』とどう違うのですか?」

「『在住調査官』は担当する地域に長期に渡り滞在し調査を行う人のことを言います。逆に『特殊調査官』は何処かに常に滞在することはなく、ギルドからの通達があり、『在住調査官』では対応が困難とされた場合に派遣される役職のことです。この村は山岳地帯と森林地帯の狭間にあり、更に付近にこの辺りに詳しい在住調査官も存在しないので私が派遣されました」

「なるほど……失礼ですが貴方は違うのですか?」

「俺はお嬢の護衛の冒険者だ。残念だが調査官ではないぜ」

 

 ゼスターの視線にベオルフは首から取り出した冒険者カードを見せる。


「《7欠月(シェバ)》クラス!? こ、これはとんだご無礼を」

「あー、別に畏まらなくて良いぜ。護衛である以上、調査に限っては俺はそんな役にたたねぇからな。ま、村に魔獣が襲われた時くらいなら守ってやるけどな」

「高位の冒険者に守って貰えるなどこれ以上ない僥倖でございます。ささっ、どうぞ中にお入りください」


 慇懃な態度でゼスターは家の中に案内する。


「けど、こんな若い子が本当に役に立つのかよ」


 ぼそっと村長の後ろにいる別の村人が呟いた。おいっと隣の村人が咎めるのをピカソは手で制し、やんわりと微笑む。


「確かに私は調査官達の中でも若輩ですけどキチンと冒険者ギルドの試験も合格し、認められた立派な職員です。まだまだ経験も浅いですが知識は『在住調査官』に勝るとも劣らないと自負しています。なので、どうか村のために私も力を貸させてください」


 小女らしからぬ熟練された雰囲気に村人はすいませんと頭を下げる。


「ウチの村の者がすいませんでした。どうか許し下さい」

「いえ、若いことは確かなので不安がるのも仕方ありませんよ。それで要請のあった"魔獣の異常行動"についてですが齟齬がないか確認の為に、一度ご説明をお願いします」

「えぇ」


 ピカソ達が来る理由となった本題に入るからかゼスターは真面目な表情になる。


「先程貴女様方がおっしゃった通り、この村は山岳地帯と森林地帯の中央部にあります。山岳地帯への開拓への足掛かりとしての新しい村としてバルーン街の支援の元、このブレ村は開拓されておりました。初めこそ、この村の規模は小さかったですけど、徐々に木を切り倒し範囲も広げ、水路も設備したことで今はこの辺りでは追随を許さないほど大きな今のブレ村が出来ました。無論、様々な苦難がありましたが村人達も慎ましく、辛いことがあってものどかに暮らしていました。しかし……」


 口を悔しげに歪め、言葉を一旦切る。


「それがここ最近西の方より魔獣が現れるようになったのです。元々森の中に村を作る以上、付近の魔獣を予め掃討(そうとう)し、防御壁も築き上げたので村に入ることはありませんでした。これまでもちょくちょく付近で見かけることはあったのですが精々が村に軽く近づく程度ですぐさま猟師達や兵士が出れば討伐されるか逃げて行きました。しかし、最近になって数を組んで村を襲うようになったのです。それも種類が別々の魔獣が。脆くなった壁を崩され侵入されたのです。幸いにも負傷者はいませんでしたが、畑が荒らされ、いくつか家も破壊されました。村民達も怯えてしまい、このままでは開拓に力を入れることが出来ません」


 村長は少しいきどおる口調で話す。後ろの村人達も悔しげな顔を浮かべていた。

 話を聞くに既に村民にも被害が出ているらしい。


「だからどうか、我々が安心して開拓できるよう何故魔獣達が急に襲ってくるようになったか調べて欲しいのです。どうか、宜しくお願い致します」


 村長が再び頭を下げ、他の村人も追随するように頭を下げる。


 ピカソは話を聞いて少し考え込む。報告の内容と話には齟齬(そご)がなかった。

 そして既に被害が出ているときている。ならば特殊調査官として早急に事態を解決する必要がある。その為には実地の情報が必要だ。


 考えが纏まり顔を上げる。


「分かりました、では魔獣の来るという西を中心に付近を調査して見ようと思います。村にこの辺りについて詳しい方はいますか? 大まかに何処にどのようなものがあるのか記憶しておきたいので」

「ありがとうございます! それなら村の猟師達を呼んで参ります。ずっとこの村を守って来た精鋭達なのでお力になれると思います」

「はい、是非ともよろしくお願いします」


 頭を下げて村人を伴い去っていく村長の逞しい背中が見えなくなった所でベオルフが格好を崩した。

 真面目な話で何も口を挟めず、ずっと黙っていたが正直かたっくるしい空気が苦手が苦手なのだ。


「どうぞ、お水です」

「あ、あぁどうも」


 目元に皺のある妙齢の女性が二人の前に水の入った木のコップを渡す。

 彼女は村長の妻である。

 差し出された水を飲むと冷たくて非常に澄んでいた。

「冷たいですね」

「あぁ、それでいて不純物もないな」

「ふふっ、ありがとうございます。この水は近くの川から引っ張って作った井戸からとってきたもので、とても澄んでいて煮沸しなくとも飲めるんですよ」

「新しい開拓村って聞いたけど意外と設備は整ってるんだな」

「街の方も此処を冒険者の新しい拠点にしようと力を入れているらしいので物資や人材も潤っていると聞いています」

「だろうな、特に見ろよ。村中に水路を張り巡らせてやがる。畑もこの辺りの村じゃ一番大きいぜ」


 ベオルフの視線の先には、開いたドアから見える黄金色に輝く麦畑が見える。麦畑は実にこの村の面積の半数以上を占めていた。

 この村に来るまで幾つかの村を見て来たが此処まで大きいのは見たことない。


「たしかに凄く大規模な畑ですね。あれは確か黄金麦(ゴールデンコーン)。多くの水を必要とするはずの作物でしたが良く此処まで大規模に農耕できましたね。圧巻されます」

「ありがとうございます。元よりこの土地は豊かだった上に近くに大きな川が流れているので水源には困らなかったのです。夕方になると光が反射してすごく幻想的になるんですよ」

「確か川が流れているのは北西の上流からでしたっけ?」

「えぇ、そうですけど。とても大きな川でそこから水を引くことでこの間の冬の乾季で雪が降らなかったのですが1つたりとも黄金麦が枯れることはありませんでした」

「……その事でいくつか質問があるのですかよろしいですか?」

「え? えぇ、私で良ければ知りうる限りなら」


 不意に顔の変わったピカソに、村長の妻は少しびっくりしながらも答える。


「ありがとうございます。魔獣の異常行動が見られるようになったのはいつ頃ですか?」

「えぇっと、確か2ヶ月くらい前からですね。村のアサトさんが初めて目撃者でしたので」

「なるほど、この村に川を引き始めたのは? 元より豊かな土地です、ある程度地下水脈もある事は想像できますが、それだけではあの黄金麦(ゴールデンコーン)を育てるのに必要な量はないと思うのですが」

「確か、半年前からですけど……」


 ピカソは顎に手を当て考える。


「半年前……となると秋頃ですか。そして冬が明け、春になると魔獣が襲ってきた……この関連性は……うーん……」

「お嬢、何か気になることでもあったか?」

「いえ、今の所は多分思い過ごしだと思いますから気にしないで下さい」


 ピカソの反応が気になったベオルフだが疑問を口にするより前にピカソが口を開く。


「ベオルフベオルフ。申し訳ないけど猟師達の話の方を任せても良いですか?」

「ん? 別に良いけどお嬢はどうするんだ?」

「新規開拓村でこれからの開拓の足掛かりとなるのならば、近くの薬草採取や魔獣退治、商人の護衛と言った理由からあるはずです。仮建設ですけど冒険者ギルドが。そこから連絡も来ましたから。私はそちらの方に行き、ギルド職員からお話を聞いておこうと思います」

「そうか、分かった。こっちは任せな。俺も話を聞いたらそっちに向かうからよ」


 合流の約束をし二人は別れていった。

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