宴や宴、酒を飲め
その夜、船では祝賀会が開かれた。巨体だった"大口鮪"が切り分けられ、焼いたり刺身にしたり漬けたりとして船員に配られている。
討伐したのはベオルフであるが解体は水夫達が行なっていた。それくらいさせてくれと懇願されたのもあるが
それに酒は皆で飲んだ方が美味いと確信もあり分け与え事に抵抗はなかった。
実際には解体するのがめんどくさいという思惑もあったが皆の喜びようを見ると結果オーライである。
船長も秘蔵の酒樽を何処からか持ってきてベオルフの杯に注いだ。
"大口鮪"は確かに船乗りに取って恐れられている魔魚である。だが狩る事が出来たなら豊作の証としての象徴としても崇められている魚であった。
その身はぷりっと引き締まっていて、非常に美味である。刺身でもよし、焼いてもよし、煮込んでもよし、干物にしてもよい万能食材である。内臓も薬として使われ、皮は出汁として使える。正に全身を余す事なく使うことが出来る。
何杯か酒を煽ったベオルフは上機嫌になった。
「いやぁ〜まさかあの魔大魚が高級食材でもあるとはなぁ。思いもよらなかったぜ」
「うぐぐ……」
「おぉ、さしみはプリっとして中々の歯ごたえだが生臭くねぇな。これにさっき水夫にもらった醤油と赤山葵をつけると……かぁー! うめぇ! 最高!」
「うわぁ〜!! 私も食べたい! 食べたいですっ!!」
ドッタンバッタンと樽が左右に揺れた。
そうピカソは今も樽に入っているのだ。
突貫魚から隠れる為に樽に入ったピカソだが割とギリギリだったのだ。
故にお尻がはまったピカソは樽から出ることができず、ガタガタと樽ごと揺れる。
「ベオルフの馬鹿っ、アホっ、いぢわる!! うぎぎ、出られない〜……!」
「お嬢の尻がでかいせいじゃないのか?」
「でっ、でかくありませんよ! 失礼な! それよりも私もそれ食べたいです!」
「分かった分かった。ほらよ、口を開けな」
「あーん」
「おっと」
口に含む寸前でスイッと刺身を引っ込める。
一瞬訳が分からない顔をしたピカソだが、ニヤニヤ笑うベオルフに悪戯されたと気付くと顔を真っ赤にして怒り出した。
「だははっ!! 騙されたなお嬢!!」
「むきぃーーー!!! ばかっ、あほっ、えろ魔人っ、おっぱい大好き魔! ロリコン!」
「ロリコンじゃねぇ!」
こんな風にピカソを弄っていたベオルフだが、ピカソが段々と涙目になって来たのでさすがにやりすぎかと自重し、胸元のベルトからナイフを取り出す。
「分かった分かった、今出してやるよ」
「ふわっ!? な、ななな、ナイフなんて危ないじゃないですかっ、私を切るつもりですか!?」
「流石に鏖殺の牙狼じゃ無理だし仕方ねぇだろ? 一生樽の中で過ごすつもりか? 大丈夫だ、お嬢には傷一つつけねぇよ……多分」
「多分っ!? 多分って言いましたよね今!! ちょっ、心の準備が」
「いくぞー」
喚くピカソをほっといてナイフを振るう。
パガンっと円状にそれぞれ割れた板が広がる。
「ベオルフ!! 待ってっていったのにひどいでむぐっ」
「どうだ?」
「わぁ、すっごく美味しいです!!」
機嫌良さげにもごもごと口を動かし味を噛みしめるピカソに「そうか」と言うとベオルフは酒を呷る。
「よぉ、さすが《7欠月》だな。まさか"大口鮪"を一撃とはな」
酒と焼いた突貫魚を片手にカッラマが話しかけてくる。
「ほれ、さっき焼いたばかりの突貫魚だ。身がしまっててうまいぞ」
「おぉ、サンキュー。……こりゃ美味いな。それに血生臭くもねぇ」
「そりゃすぐに〆たからな。魚は鮮度が命だ。ほれ、調査官の嬢ちゃんも食いな」
「ありがとうございます、優しいんですね」
「この顔だからよく怖がられるがな! この前も転んだ子どもを起こしてやったらすわ誘拐かと勘違いされたわ!」
「笑い事なのか? それ?」
がっはっはと笑うカッラマは豪胆な性格のようでちっとも気にしてないようだ。
「あそこまでの大物を見たのは俺達でも久々でな。正直ちと焦った。まぁ、沈没はせんでも風穴は開けられたかもしれんがな。そう思うと《7欠月》様々だな!」
「そっちの方もあれだけの突貫魚が突っ込んで来たのにマストに風穴一つ開けずに撃退するなんて良く訓練された連携だった。俺だったら防ぎ切れねぇわ」
「数だけはあんたより勝ってるからな。海で生きるからには力を合わせなきゃこの広い海原で生きていけねぇよ」
会話に花を咲かせる両者。
ピカソは"突貫魚"が気になったのか一匹まだ捌いていないのを貰ってスケッチしていた。
「ん? なんだなんだ彼女はなんで絵なんて描いてるんだ?」
「あ、はい。わたしは調査官なのでこうやって魔獣とかの姿形を絵に残すようにしているんです。あとは……単に絵を描くのが好きなんですよ」
「どれどれ……おぉすげぇな! 見たことない魔獣が沢山だ。なぁ、調査官様よ。もしかして人とかも描けるのか?」
「はい! 描けますよ!」
「ほう、面白いな、俺のも一枚描いてくれねぇか?」
「あっ、おい」
「はい! 是非ともお任せ下さい」
「あー……」
顔を覆うベオルフ。カッラマは何も知らずに自らの似顔絵が完成するのを待っている。
気になったのか他の<乗りこなせヨーソロー>のメンバーも集まって来た。そしてついにピカソの絵が完成する。
「はい! 完成しましたよ!」
自信満々に満面の笑みでスケッチを渡すピカソ。しかしその絵はお世辞にも上手いと言えなかった。
魔獣の絵は上手かっただけに、思わずカッラマの目が点になる。
「……お、おう、偉く独創的? いや、だな」
「だっはっは! 隊長良かったじゃないですか!」
「髭とかそっくりだな!」
「うるせぇ! 酔っ払いどもが! 嬢ちゃんあいつらの似顔絵も描いてやれ!」
「はい、分かりました!」
「「「えっ」」」
その後ピカソも交えた宴会は最高潮を迎えた。
途中ピカソが肖像画を描き、その絵に何とも微妙な雰囲気になった事を除けばだが。
祭りも終わり、酔っ払った水夫達があちこちにねっ転がっている。
そんな中 一人の水分がじっと自らの似顔絵を見ていた。
<乗りこなせヨーソロー>とは別に絵を描いて貰ったこの水夫は運悪く突貫魚に足を貫かれた男性であった。包帯で巻かれた足を庇うようにしながら座りジッと絵を見ている。
「うぃ〜ぷっ、よぉ呑んでるか?」
「あぁ」
「ん? そりゃあの子の絵か? 良い子だな。絵描きの才能はないっぽいけど」
「ははっ、確かにでも、俺気に入ったよ」
「おいおい本当かよ?」
水夫は同僚を信じられない顔で見つめる。
「お前、酔ってるんだよ。じゃなければ、そんな事言わないって」
「そうかな。……あぁそうかもしれないな。ベオルフさんが撃退してくれたけどさ。もしいなかったら俺は海の藻屑となっていたと思うんだ。海の男として覚悟は決めてたけど、この絵を見てさ。何故か三歳になったばかりの息子の事が頭に思い浮かんだんだ。まだ舌足らずで家に帰って来る俺を父さん父さんと足にひっついてくるんだ。それがまた可愛くてな。……ふと俺が死んだら息子は俺のことを覚えていてくれるかなって思ってな。海の男として海で散るのは恐れていない。けど、やっぱり女房や息子には俺の顔の事覚えといて欲しいんだよ」
愛する者に自分を覚えといてもらいたい。
そんな当たり前の思いだが、死が隣り合わせの世界だからこそそんな思いは人一倍強かった。
その言葉に同僚の水夫も考え込む。
「そうだな、かもしれない。……俺も娘の為に一枚描いてもらうとすっかな。ま、だとしてもあの子には頼まねぇけどな」
「確かにこれじゃ正確な顔が分からんからな。俺も今度別に一枚描いてもらう事にするよ」
二人の水夫は笑いあった。
そしてその言葉を聞いていた幾人かの水夫と冒険者も思う所があるのか何かを考える顔をしていた。
後日、ピカソ達が依頼を終えて街に戻った際、多くの冒険者と水夫が街中の絵描きに殺到し、中でも一際儲かったのが肖像画を描いていたとある老人の絵描きである。
彼はその後、絵描きとして成功を収めとある貴族の専属画家まで登りつめるのだがまた別の話である。
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