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向かうは暑き島


「おはよう二人とも。突然呼び出してすまないね。ささっ、中に入っておくれ」


 自ら屋敷の出入り口まで出迎えたウォレスが応接間まで案内する。

 その後ろにはいつものようにノエーチェが控えていた。


 ウォレスは防音性の高い、客人を通す為の部屋に案内する。此処もまた、冒険者ギルドのウォレス専用の部屋のようにおもむきのある物が沢山飾らせており、中でも巨大な絵画が印象的だ。

 伝手から紹介して貰い、ウォレス自身頭を下げてまで頼み込んだ、有名な画家に描かせた絵画はなるほど、素晴らしい。少なくともピカソは毎回これを見るたびに自らの未熟さを感じ、より研鑽を積もうと意気込む程であった。


 ウォレスの対面に二人が座る。

 たわいのない話を2つ3つし、ある程度出された菓子をつまんだ所で本題へと入る。


「実はね、君達を呼んだのは他でもない。とある地方の方で奇妙な魔獣が目撃されたんだ」


 その言葉にベオルフがピカソが身を乗り出そうとするのを手で頭をがっしりと押さえつける。学士帽がへこみ「むきゅ」と空気の抜けた変な鳴き声が聞こえたが無視する事にする。若干ピカソが非難がましい目を向けるが気の所為である。


 ベオルフはウォレスに言葉を返す。


「奇妙な魔獣ですか」


「あぁ、そうだベオルフ君。現地人が言うには夜中に全身がキラキラ点滅した何かを見たと言っていてね。しかもその場所の後には大きな魔獣の死骸があったって話だ。少なくとも現地人は今までに見た事のない魔獣だと言っているらしい。その魔獣が現れてからやたらと魔獣の死骸が発見される事が多くなったらしい。その魔獣が食い荒らしているのか、関係性を調べる為にも魔獣に詳しい調査官を派遣してくれって要請があってね」


「全身が光る何か……巨大な蛍の魔虫とかの線はないんですか、おじさま?」


「この時期だと河辺とかにいる可能性はあるが、残念ながら、そもそも向こうには蛍虫に類した虫は存在しないんだよ。固有種こそ多いが長年現地にいる外交官が言うのだから信憑性は高いよ。しかし、現地人すらわからないという魔獣、一体なんなのか本当に気になるねぇ。僕も言ってみた「ごほん」……失礼、ノエーチェくん。それでだ、その魔獣がいると思われる場所に二人には行ってもらいたいんだ」


「理由はわかりました。でも、どうして私達なんですか? 他の特殊調査官に頼んでも良いと思うんですが……、キャロランさんとか、嬉々として行くんじゃないでしょうか?」


「彼は相変わらず連絡が取れなくてね。それに可能であれば捕獲をと言いたい所だが妥当なランクも魔獣の生態も何もかも不明な相手なんだ。危険が大きい。だから本来は『冒険者対策部門』のゲーゲン君と共同して行う予定だったけど今は魔獣の暴走やらでそっちに人員を割いている余裕がないと一蹴されてしまってね……。おまけに他の特殊調査官達も別の任務に就いてしまっていてとても手伝える状況じゃない。更にこれには長期的な調査が必要になるから、これから別の任務がある者を向かわせる訳にはいかない。確かな知識と戦闘能力を持つ者が適任だと思ったんだ」


「つまり略すと今暇人である俺たちに白羽の矢が立ったと」


「あはは……いやまぁそう思っちゃうよねぇ」


 魔獣調査部門と言っても一枚岩ではない。中には同じ土地にずっと居続ける『在住調査官』という者がいる。文字通りその地域に在住し調査を行う者達のことだ。だから見知らぬ土地での調査には向いていない。


 寧ろそっちの方が多い。ピカソのような各地を転々とする『特殊調査官』は数が少ない。その中で《7欠月(シェバ)》の冒険者が専任している『特殊調査官』はピカソだけだ。


「今回ばかりは人員不足が祟ったとしか言いようがありません。他の『特殊調査官達』もバルーン街におりませんし……全くどうして『特殊調査官』達はこう纏まりがないのですか。ウォレス様の責任監督不足ですよ。アルコンテスなんですからビシッと言ってやって下さい」


「た、確かに僕は他の面々と比べたら威厳が欠けているとは思うけど……。それに彼らも仕事は頑張ってるじゃないか」


「頑張るのは組織に属する者として普通です! そうやって甘やかすから彼らも調子に乗るのですよ! キャロラン様に至っては手紙でしか報告せず、いつ現れるかはわからない。ロレンツォ様に至っては彼の性癖の依頼人の銅像を作るせいで苦情が来たりするのですよ。大体……」


「おーい、話がズレるからそういうのは後にしてくれや、母さん」


「誰が母さんですか!」


「じゃあ、小姑」


「なっ!? ……訂正しなさい。ベオルフ・ヴァンデルンク。誰が歳老けていると?」


「別にそこまで言ってねぇよ!?」


 ベオルフの揶揄にノエーチェが憤る。

 それをピカソとウォレスが止める。


「まぁまぁ、ノエーチェくん。お説教なら後でちゃんと聞くよ。それにね、二人とも。今回の仕事は君達が妥当だと思ったのも事実なんだ。なんたって場所が場所だからね。魔獣達の危険度も高いと我々は踏んでいる。だからこそ、圧倒的な武力を持つ個人が必要だ。そう、君みたいなね、ベオルフ君」


「買い被り過ぎですよ。俺は戦うしか能がねぇ。お嬢やそっちの所の特殊調査官に比べたら俺はただ力の強い乱暴者に過ぎませんぜ。それに俺以上の強い奴もいる」


「そうかな? 確かに君以上の強者もいるだろうけど君が強者であることには変わりないんだよ。それに、本当の意味で信を置ける冒険者も少ない。更には信のおける部下もね。……そういうことなんだ。よかったら受けてくれないかな?」


「はい! おじさまの頼みなら引き受けます!」


「お嬢が受けるって言うのなら俺も異論はないです」


 ホッとしたように溜息をついた。取り出したハンカチで額の汗を拭う。


「いや、良かった。ありがとう。本当は僕自ら行きたいんだが……」

「駄目に決まってるでしょう? 良い加減自らの御身分についてしっかりとご理解して頂きたい。ウォレス様が勝手にいなくなる事で何時も相手方に頭を下げてるのは私なのですから。最近、ギルドの受付嬢達に『あれ? ノエーチェさん小皺が増えました』と……。私、まだ20代なのに……」

「あはは……いや、本当すまない」


 ペコペコと部下に頭を下げる はとてもアルコンテストの一人とは思えない。

 生温かい目線を向けていた二人だがふと重要な事を思い出す。


「それで場所は何処なんですかおじ様?」


「確かに場所がどこだかきいていないな」


「あぁ、場所はズ・ドァーク諸島と呼ばれるファン・グラプス獣王国領にある島々だよ」


「ズ・ドァーク諸島と言えば古代の自然が残る秘境として有名な所じゃないですか! 伝統ある古くからの暮らしをした民族が生活し、余りに過酷な環境からそこに住む民族以外ほとんど人が訪れることの出来ない場所です! 危険地としても有名で確かギルドでも許可された者以外立ち入り禁止で調査もあまり進んでいない秘境です!!」


 ピカソが鼻息を荒くするのも無理はない。


 ズ・ドァーク諸島、それは幾つも島々が連なっている場所に名付けられた諸島である。

 熱帯雨林であり、日によっては40度を容易く越える気候は原住民でなければ対応出来ないのも侵略されにくかった理由であった。


「ダ……ごほんっ、アドーニ君に話をつけておいたから現地の外交官と共に対処に調査に乗り出して欲しい」

「アドーニ家……アルコンテスの『多種族対話部門』のアドーニ=リカルチェ・ダイアローグ様にですか。それなら頼もしいですね。アドーニ家は多くの種族の職員を雇用していますからその外交官も原住民と上手く付き合いの出来る方を選んだのだと思います」

「あぁ、ピカソの言う通りだ。人材不足に嘆く『魔獣調査部門』にとって羨ましい限りだよ」


 話しながらテーブルの上に地図を開く。地図といっても大まかな国々と島々が描かれた程度だが市民に流通しているものと比べると天と地ほどの差がある。


「先ずはここから西に言ったところの国、プエルトで唯一の海に面した港町がある。そこでズ・ドァーク諸島に向かうギルド所有の船を一船停泊させてある。そこの職員と合流してそのまま西南に出航してファン・グラプス獣王国に向かってくれ。そこから更に南に行った所がズ・ドァーク諸島だが一度補給の為に港による必要がある。直ぐに出発するけど見て回るといいよ」


 ウォレスが目配せすると、ノエーチェが革袋に入った資金を二人の前に置く。


「とりあえずこれを活動資金として渡しておくよ。報告のあった漁村では物々交換が主体らしいから此処か近くの都市で塩や甘味、道具とかを買っておくと良いだろう。向こうでは中々見られない品々だから恐らく交換自体に苦労はないはずだ。ただ一つ注意があって余りに影響を及ぼす物は禁止されているんだ。現地住民の伝統文化に悪影響なもの……外来の植物の種といったものは禁止されているからそれだけは注意してくれ」


「はい、分かりました。おじさま、資金の方ありがとうございます」


 ピカソはノエーチェから渡された資金を大切に鞄にしまう。


「最後になったけど今回君達二人にこの件を頼んだのは君達が適任だと思ったからだ。ピカソの幅広い知識に見解、そしてベオルフ君の力。どちらも魔獣が多く生息するズ・ドァーク諸島にとっては必要不可欠だろう。ズ・ドァーク諸島は未だ調査の進んでいない場所でもある。ベオルフ君の実力は信頼しているけど何があるか分からないから、手に負えない事態になったら最悪撤退して貰っても構わない。責任は僕がとる。だけど、出来るならそこの住民を助けてやってくれ」


「そこは二人だけでも逃げてくれとは言わないのですか?」


「僕はアルコンテスの一人だ。心では兎も角、建前で原住民を放って逃げろとは言えない。だが、そうだね。僕個人としては見知らぬ困った人も大切だが、二人はもっと大切なのは本当だよ。だけど、二人は住民を助けて必ず生きて帰って来てくれる。僕はそう知っているよ」


 ノエーチェの問いにウォレスが答える。

 そこには普段の呑気さが鳴りを潜め、アルコンテスとしての貫禄を感じさせた。


「お任せ下さい。おじさまの期待には必ず応えてみせますから」


「うん、お願いするよ。慣れない土地だろうけど怪我や病気にだけは気をつけておくれ。向こうにしかない病気もあるそうだからね」


「はい! 気をつけます!」


「うん、良い返事だ。それじゃ、二人の報告を楽しみに待っているよ」


 そう締めくくって話は終わった。





 ウォレスの屋敷を後にした後、二人は賑わう中央道路を歩いていた。物々交換出来る物が無いか見るためだ。

 バルーン街は商業人の出入りが多くこの地域ならではの特産品からここらでは見慣れない品物まで様々な物が並んでいる。品数には困らない。


「新種の魔獣……どんなのなんでしょうねー」


「そもそも新種じゃない可能性もあるけどな、ほらこの前えーと、"七色毛兎(レインボーホビット)"のこと覚えているか?」


「あー、新種だと騒ぎになりましたけど、季節により毛並みが変わる特徴をギルドでも把握してなくて徒労に終わりましたね」


「在住調査官も役には立ってるんだがそれぞれのギルドとの情報共有が行き届いてねぇからな。他の地域では把握していたんだろ? ウォレスのおやっさんも努力はしてるが一部知識を独占しようとしている輩もいるのも事実だ」


「むぅ、皆で仲良く共有しあえば渡り鳥とかの生態も明らかになるのに」


「全員がお嬢みたいな考えじゃないってことさ。それに国独自の調査機関との揉め事もある。この間も対象への調査で揉めたって話だ。儘ならないもんだがな。この間のクレアだって最初の頃はつっけんどんな性格してたろ?」


「クレアさんは悪い人じゃありませんよ。ただちょっと真面目過ぎて頭が硬くて、融通のきかないいじっぱりなだけですから」


「……なぁそれフォローになってねぇぞ」


 フォローとも何とも言えないピカソの言葉に苦笑いになる。

 そうですか? と首をひねるピカソ。


 そんな会話をしていると商業区につく。元より騒がしかった喧囂が更に大きくなり、人混みが増す。


「お嬢、はぐれるんじゃねぇぞ」


「確かにこれほどの人の波じゃ逸れちゃうかもしれませんね。あっ、良いこと思いつきました! ベオルフの首にリードをつけてそれを私が持つのはどうでしょう?」


「犬の散歩か! つーか、俺は犬じゃねぇ狼だ!」


「冗談ですよ。にひひ、ちゃんと見といてくださいね」


「心配しなくてもお嬢の匂いなら忘れてねぇよ」


「……あの、その。その言葉すごく恥ずかしいんですが……」


  すすっと身体を抱きながら頰を赤らめて離れるピカソ。

 そんな事言われても鼻が良いのは種族特性だから仕方ないだろとベオルフは開き直る。


「ん? あっ!」


 商業区を歩きながら、その中の1つの物にピカソの目が止まった。小走りで店に駆け寄る。お嬢と呼びながら追いかけるとピカソは青い宝石の入ったガラス瓶を手に持ちながらぴょんぴょん跳ねていた。


「すごい、ラピスラズリですね! こんな所にあるなんて!」


「お、お嬢それに興味があるのか?」


 宝石店には同じようにガラス便の中に入れられた、青い鉱石があった。他にもそれを使ったネックレスなどもある。とはいえ、はめ込まれたラピスラズリは、貴金属としてはどれも小ぶりで小さい。恐らくちょっとしたオシャレ用だろう。


 やはり年頃の女の子かそういった物に興味があるのかとベオルフは思った。ピカソは振り返り、ドヤ顔になる。


「むっふっふー、無知なベオルフは知らないでしょうけどこの宝石は薄く削って混ぜると絵の塗料になるんですよ。それによって描かれた絵画は艶加減と色の深みがぐっと増すのです! 絵描き達の間では青い宝石とまで呼ばれるくらい貴重なものなんですよ!」


「あぁ、うん、お嬢だもんな。やっぱそうだよな」


 ベオルフは達観した目をした。どうやら彼女の頭には絵で10割占められているらしい。ピカソは普段が残念な行動こそ目立つがそれなりの美少女である。蜂蜜色の髪もサラサラと肌触りが良いし、肌も瑞々しい。素材は良いのに嘆かわしい事である。

 ピカソの言葉に腹回りが立派な、巻きひげが特徴的な店主が感嘆の声をあげる。


「お嬢ちゃんよくそんな事知ってるね。大抵の人は買っても装飾品としてだから、そんな事を言ったのはお嬢ちゃんが始めてだよ」


「むふふ、私は絵描きなのでこれくらいは知って当然です。ということでおじさんこれ幾らですか?」


「そうだな、お嬢ちゃんの博識に賞賛して、まけて1瓶1500クローナだ」


「むむむ、それなりしますけどラピスラズリにしては安い……。よしっ、これ買います!」


「いやいやいや、お嬢? 貴重な資金を何に使おうとしてるんだ? これから向かう所に使えって言われたろ?」


「新種の魔獣なら姿を描きとるのも立派な仕事です! その為には質の良い道具は必要不可欠! そう、これはいわば必要経費! なので問題ありません!」


「いや、そんな屁理屈……」


「ありません!」


 キラキラした顔をして語られると何も言えなくなる。結局、自分の貯蓄も出しますからと言うピカソに押し切られ購入する事になった。


「こりゃ途中で魔獣を狩るしかねぇな」


「その時はしょうがないので私が売れる部位とかを吟味してあげます。ベオルフは大雑把ですから高く売れる所もぜーんぶ一緒くたに斬ってしまいますから」


「おーと、一体誰のせいか分かっているのかなこのちみっこは?」


「わふっ、頭をグリグリしないで下さい!」


「撫でやすい所に頭があるのが悪いんだよ」


 その後二人は交換に出来ると必要な物を買い、もう一度ウォレスとノエーチェに報告した後、見送られながらバルーン街を後にした。


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