新しい朝が来た
突然だが一口に冒険者ギルドといってもその形態は様々な異なる役割を持つ部門が合体した集合体である。
アルコンテスを頂点とした『多種族対話部門』『冒険者対策部門』『物流部門』『事務部門』『法部門』『財政部門』『魔獣調査部門』『統制監査部門』の計8つの部門が組織、運営するのが冒険者ギルドの実態だ。
更にそこからギルドの大きさ毎に、本部、支部、小部に分かれ、最高位であるアルコンテスを除けばそれぞれにギルドマスターと呼ばれる存在が最高権力者として存在している。その下に部門ごとの職員が配置されるという訳だ。
ギルド職員は試験に合格し、面接後合格したものと冒険者を引退して入った者、おおまかにこの二種類が存在している。ここで気になるのはギルド職員の住みどころである。
当然冒険者を引退してギルド職員になったものの多くは自宅など存在していない。
かと言って毎晩宿に泊まるのも金がかかる。
ギルド職員の住居というものは実は2つに分かれる。一つは自らが購入した住宅に住むこと。
もう一つは宿舎である。意外だが冒険者ギルドは職員限定の寮を経営している。
ただし住宅に住む者と違って非常事態の時には夜中だろうが休日だろうが無理やり呼び出されるというデメリットがある。それでも家賃の安さや仕事場に近いのは魅力的だ。未婚者や職員同士の結婚した者はギルドに働く限りほとんどが住んでいた。
さて特殊調査官といえどギルドから見れば、たかが一職員である。特定の場合のみギルドを封鎖するなどの独自の権力を持つが基本は他のギルド職員と変わりない。
給料は月に固定、但し危険な地域に赴く場合もあるからその分増すことがある。その為、総合的にはギルド職員の中では割高な職業である。
それだけ専門知識が必要なのと、危険なのだ。
さて、そんなエリートな特殊調査官のピカソであるが意外や意外、彼女は寮ではなく住宅の方に住んでいる。
理由は昔、寮に住んでいた頃絵に味をもたらすために魔獣の素材を使った絵具を使った際、それが非常に悪臭をもたらすものであり、周囲に臭いが広がって大騒ぎになった事がある。以来、寮の部屋を引き払いバルーン街にある一軒家に住んでいる。
2階建だが街の中心地から程遠いため、買い物に行く時に距離があり快適とは言えないが小さいとは言え、別宅もある。
かつ隣の家同士が離れているので臭いを気にしなくて良いというのが購入の決め手となった。
さて、ピカソがいるということは当然この男も一緒にいることになる。
「ふぁ〜ぁ……眠ぃ」
犬歯が見えるくらい大欠伸し、階段を降りてきたのはベオルフ・ヴァンデルンク。《7欠月》の冒険者だ。ピカソとベオルフはこの家をルームシェアとして利用していて一緒に住んでいた。
ボサボサの髪、ゴワゴワの尻尾に、ポリポリと腹筋に割れた腹を描きながらそのままリビングを通り、キッチンの棚にしまっていた白パンに季節の野菜、前夜に焼いておいたベーコンと目玉焼きを挟み加熱式魔道具に入れる。これで後は待つだけで焼きたてのサンドイッチが出来る。
魔道具とは魔法具を解析し、民間用に設計されたものであり市民にとっては馴染み深いものであった。種類にもよるが、それぞれ販売される加工魔石を買う事で長く使う事も出来る。
「お嬢は……あぁ、別宅の方か」
焼けるのを待つ間、自分の相方を探すが寝室にいなかった。となると別宅にいることになる。
別宅は元は倉庫だったのを改造したもので許可を取って中の棚などを外に出し、ピカソ専用の絵描き部屋として利用していた。
別宅へと向かうベオルフ。
扉を開けると絵の具がごちゃ混ぜになった独特の臭いが鼻にくる。
「うぇ、相変わらずすっげぇ臭い。あんま長いしたくねぇなここ。まぁ、寮だった頃はこんな別宅とかなかったしあの頃よりはマシか」
同じ部屋だったベオルフはもろにあの悪臭をくらい、気絶しかけたくらいだ。
ピカソを探しつつ、制作途中の絵画を見る。
「風景画に風俗画、これは静物画にあれは……そしてこれは肖像画か。相変わらずひっでぇ絵だな。どうなってんだ。なんで顔の色が青なんだ。それ以外の絵だったらどれもこれも良い絵だってのによぉ」
至る所に放置された絵を見ながらベオルフは、目的の人物を見つけ出した。その人物は床にいた。
「すー……すやー……」
描いてる途中に力尽きたのか椅子から落ち仰向けになりながら大の字で大口あげて寝ているのがピカソ・アクリルだ。今も右手に筆、左手にパレットを手にしたままお腹を出して寝ている。
酷い絵面だがこれでもエリートの特殊調査官の一人である。
何度も失敗したのか描きかけの絵が描かれた高価な紙が至る所に錯乱し、筆が跳ねたのか鼻に大きな赤いペイントがあったり、髪に至っては至る所に様々な色が付着している。
「まーた、描いてる途中に力尽きたのかよ。ったく、いつも寝オチするまで集中してやるなって言ってるのにこのお馬鹿さんは」
ベオルフはため息を吐きながらフライパンとおたまを構える。
ーーカンカンカンッ!!!
「あわわ、な、なんですか!?地震ですか雷ですか火事ですかサイクロプスの雄叫びですか!?」
「おはようお嬢、地震でも雷でも火事でもサイクロプスの雄叫びでもないぞ。それよりも、だ」
慌てて起きたピカソを両手で柔らかいの頰を抓る。
「またこの部屋で寝たな?いつも寝るときはちゃんとベットで寝ろって何度言ったら分かるんだ?ん?」
「い、いいいいひゃいです!しょ、しょうがないじゃないでふか!頭の中に浮かんだひょうけいを1秒でも早く描きたかったんでふから!そんなにいふならこっちにベットおいてくだはい!」
「ここで寝たら臭いが移るって言ってんだろうが!」
それでも駄々をこねるピカソの頰を離し溜息を吐く。
「顔を洗ったらさっさとダイニングに来いよ。おでこや鼻に絵の具つけてるとバカみたいだぞ」
「むっ、バカとはなんですか、バカとは!大体ベオルフは」
「あー、今日の朝ごはんは雉鶏の目玉焼きと中にゆで卵と野菜を入れたサンドイッチだから早く来いよ。冷めちまうからな」
「わーい、わかりました!」
(そういう所がバカってか単純なの気付いてんだか)
てってけてーと外にある井戸で一先ず顔を洗いに向かう後ろ姿を見ながらベオルフはそう思った。
「いただきます!」
「頂くぜ」
パンと両手で叩き乾いた音を鳴らし合唱した後ピカソは目の前の程よい焦げ目がついたサンドイッチを頬張る。途端に目が輝く。
「ふわぁ、美味しいです!とくに卵の濃厚さがたまりません!流石は"雉鶏"です!」
「まぁ、良い食材が入ったのとあの加熱式魔道具が手に入ったからな」
「昔はひどかったですもん。とにかく肉。肉肉肉の肉ばっかりでしたもん。おかげで一時期肉を見るのも嫌になりましたよ」
「いいじゃねぇか、肉。美味いし腹に溜まるしガツンとジューシーだし……最高じゃねぇか!」
「それだけってのが問題ですよ!野菜はどこいったんですか!それに肝心の料理のレパートリーも焼くだけしかなかったじゃないですか!さすがに子どもに3日3食肉だけってどうかと思いますよ!もう顎は痛いし、脂はギトギトだし、味はくどいですし……」
「俺はそれでも良いんだがな」
「私はよくありません!しかもそのせいでその時の体重が……」
「あぁ、そのちっぱいにつけば良かったのにな」
「ち、ちっさくありません。……ありません!」
むくれながら、むしゃむしゃとサンドイッチをたべるさまは栗鼠みたいだ。悪戯心に火がついて、その頬っぺたを突っつく。
そうするとますます膨れていく。そんな風に朝からじゃれついていると軽く窓が叩かれる音がした。
「でんれい、でんれーいであります!」
「あ、はーい。今あけます!」
ピカソが窓を開けると一羽の青い鳥が机の上に降り立った。この鳥が先ほどの言葉を喋った、のではない。
「クーリエ協会伝書隊第364隊所属ヌイト・ウルルゥ・コタンであります。《アルコンテス》のアスタファイオス=リチェルカ・クルックス・オ・ウォレス殿よりでんれいであります。本日10時に屋敷の方へ来てくれとのことであります。こちらその指令書であります」
喋ったのは青い鳥……"音速鳥"でなく、机に降り立ったのは手のひらサイズの大きさを持つ一人の小人であった。
ちょこちょこ動く様は人形に生命が宿ったかのようだ。
ヌイトの背には専用のバックに入れられた手紙がいくつか隙間から覗いている。隣の"音速鳥"にも飛行の邪魔にならないよう工夫された鞄があり、中には沢山の同じ手紙が見える。
蕗の葉の下に住む小人と呼ばれる、元は森に住む小人族の一種だ。小さい体にいつからか人の住む町にも出没するようになり、クーリエ協会という各国各地に手紙を届ける機関を開き、今や僅かな人間が持つ魔信の代わりに、人々に根付いた
元々蕗の葉の下に住む小人は悪意に敏感だ。一度でも不義理な事をすれば二度と目の前に現れなくなる。
かつて悪事に利用しようとした小国がコロポックルに悟られ、その国には二度とクーリエ協会からコロポックルが派遣される事がなくなり、魔獣の暴走が起きた際繊細で迅速な情報を届ける事が出来なくなり滅びた国もあるくらいだ。
そして彼らを語る上で欠かせないのが"音速鳥"と呼ばれる鳥である。"音速鳥"は名の通り音速で飛ぶことが可能な魔鳥の一種である。全長40〜50cm、翼を含めると80cmに達する個体もおり、小型魔鳥の類では大型な部類に入る。
その飛行方法は独特で最高速度は秒速400メートルを越える。音速の名の通り、とてつもない速さである。
蕗の葉の下に住む小人と"音速鳥"は互いに共生関係であり、"音速鳥"は子を育てるのが苦手なのだが、その代わりに雛の面倒を蕗の葉の下に住む小人が見るのだ。"音速鳥"の巣立ちの時にはこの"音速鳥"に乗って他の大陸に移動すると言われている。
そうして蕗の葉の下に住む小人は大陸各地との同族に出会って、結婚し、血族を広めていく。元々森に住む事から血が濃くなり易いのを防ぐ為にである。
「なるほど了解したぜ」
「報告ご苦労様でした。これ、甘苺です。受け取って下さい」
「ありがたくいただくの!……じゃなかった、いただくであります」
≪ポルルゥ≫
ごほんと頬を朱に染めながら咳払いし、ヌイトは受け取る。"音速鳥"も嬉しそうに鳴く。
蕗の葉の下に住む小人への報酬は食料のみである。
原始的だが古くから蕗の葉の下に住む小人はこうして人との関係を築いてきた。手紙を届ける対価として食べ物を与える。お金や貴金属はダメで食べ物のみの現物交換だ。森にいた頃は、エルフとも交流を取っていたらしい。
「では、ヌイトはこれにておいたまするであります」
「またねー」
「おう、ご苦労さん」
「では」
"音速鳥"に飛び乗りそのまま開いた窓からヌイト達は飛び去っていった。あっという間に見えなくなったヌイトを見送った後パタリとピカソが窓を閉める。
「ウォレスのおじさまからの呼び出し自体は珍しくはありませんがこんな朝早くから来るようになんて何があったんでしょうか?」
「さぁな、ウォレスのおやっさんが何考えてるのかは分からんが行けば分かるだろうよ。あぁそうだ。屋敷に行く前に風呂入っとけよ。ずっと工房にいたせいで絵具やニスの臭いついてんぞ」
「むむ、臭いますか?」
「おう、そりゃすり潰した果実とかの臭いや汗の匂いがムンムンにな」
「ベオルフ何だか変態みたいです」
「なんでだよ!?」
「にひひっ、冗談ですよ。お風呂いってきまーす」
ちろっと舌を出し、食べ終わった食器を片付けピカソは風呂場の方へと去って行った。
変態と呼ばれた事に若干のショックを受け、狼系獣人は鼻が良いから仕方ねぇんだよと誰にともなく言い訳し、ガリガリと頭を掻いた後、ガブリと余っていたサンドイッチをかじった。
少し加熱し過ぎたのかベオルフのサンドイッチは焦げ臭かった。
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