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エピローグ


 そうして三週間後。

 何処と無く暗い雰囲気だったハーニー町は皆んなが笑顔になり、生活を営んでいた。子どもたちもこの村名物のクレープを片手に頬張っている。


「この町も活気が戻ってきましたね」


 町道にある長椅子に座りながら人々の生活を見ていたピカソが話す。

 手には念願のクレープを握っている。あの店主が事件を解決したお礼に是非とも食べてくれと特別に用意したものだ。実際その美味しさと甘さはこれまで食べた事の無いほど極上なもので一口食べる事に舌鼓を打っていた。


「原因が解決したからな。不安の元がなくなって安心したんだろ。流石に復興には時間はかかるが、大顎木食い虫に侵食されず無事だったピンクビードルの養蜂場も再開したらしいし元の蜜の盛んな町に戻るのも時間の問題だな。つーか、蜜がついてんぞ」

「んっ」


 拭いてとばかりに唇を尖らずピカソにやれやれと思いながら取り出したハンカチで拭き取ってやる。

 ムニムニとされるがままのピカソに悪戯心が湧き、左右の頬を引っ張ってみる。


「いひゃいです、ひゃめてくだひゃい!」

「おっと悪りぃ悪りぃ、引っ張りやすそうな頬っぺたをしてたからつい引っ張っちまった」

「何ですかそれ! この前も引っ張りましたが私の頬っぺたはおもちゃじゃありませんよ」

「まぁ良いじゃねぇか。ほら、このクレープあげるから許し「許します!」…即答かよ」

「えへへー♪ クレープークレープー♪」


 足をブラブラしながら両手に食べかけのクレープを握る様は微笑ましく、思わず笑顔になる。


「あぁ、ここにいましたか。探しましたわ」


 長閑に町の営みを見ていると不意に後ろから声が聞こえた。赤い長髪にカチューシャをつけたサイドテールの女性。クレアである。


 彼女は不貞腐れたように唇を尖らせる。


「全く、何処かに出掛けるのならば伝言を入れておいて下さいまし。探したじゃないですの」

「いや、俺たちももう仕事終わったようなもんだしそれにそっちはまだ今回の報告書作成とかで忙しいだろ? 手間取らせる必要はねぇと思ったんだ」

「知りませんわ、そんな事。住民に聞きまくったワタクシの身にもなって下さい」

「おまっ、こっちの好意をだな」


 つーんとするクレアだが、クレープを嬉しそうに食べるピカソにふっと格好を崩す。


「座っても?」

「どうぞ」


 ベオルフ、ピカソ、クレアの順で長椅子に並んで座る。

 何かを喋るわけでもなく、ただその場にいるだけ。

 何の要件で探していたのかと尋ねようとした時、クレアはおもむろに口を開いた。


「ーーワタクシは愚かでしたわ」


 突然の、それも自らを卑下する内容に眼を瞬かせる。


「自らの言い分が正しいと思い、視野を狭め、他人の意見に聞く耳を持たず、自らの主張を貫いた。それが特殊調査官の派遣を拒み結果として事態の収拾を遅らせました」

「でも、クレアさんだけが悪い訳ではありませんよ。ギルドからの応援の拒否も在住調査官の一致であってクレアさんだけの意志ではありません」


 実際クレア以外は何も出来ていなかったのだから、その点については

 長舌鹿は確かに直接的な原因ではなかったが、放っておけば

ある程度の被害自体は防げていたのだから大したものだろう。

 だがそんなピカソのフォローにクレアは儚げな顔をしながら首を振る。


「本質を見極められていなかった時点で愚かだったという結果は変わりませんわ。慰めは結構です。これはワタクシなりのケジメですから。……初めてでしたわ。ワタクシに真正面から意見する人は。他の在住調査官達も、誰もがワタクシの意見に異を唱えるものはいなかった。だから、ワタクシは自身が正しいと、自身が導かねばと愚かには増長してしまいました」


 クレアは二人に向き直す。


「ありがとうございます。おかげでこの町を守れました」


 そう言って真摯に頭を下げた。


「それで。その、ですわね。実は今回話に来たのはそれだけじゃなくてですね……」

 きっぱり物事を言うクレアにしては歯切れが悪い。もじもじと身体を譲り、何度もぎゅっと手のひらを握りしめる。


「ピ、ピカソさん。ワタクシと友達となっていただけませんか?」

「はい、良いですよ」

「こんなことを言えた義理ではないとはわかっています。何度も

ですが、ワタクシは貴女と……、ん? へ……?」


 あっさりと頷いたピカソにポカンとした顔になる。


「い、良いんですの?」

「クレアさんが言ったんですよ?」

「そ、それはそうですけどワタクシ貴方方に何度もひどい事を……」

「あれくらいぜーんぜん気にしてませんよ。ねっ、ベオルフ?」

「俺は根に持ってるんだが」

「もうっ、そこは気にしてないって言うべきですよ!」


 肘で突いてくるピカソに悪りぃ悪りぃと謝りながら両の手のひらを上げる。


「とにかく、私は気にしていませんから。頭をあげてください」

「……えぇ


 頭をあげたクレアはピカソが笑っているのを見て、やっと少女らしい笑顔を見せた。


「あ、ついでに貴方とも友になってもよろしいですわよ。ベオルフ・ヴァンデルンク」

「……何で俺に対しては上から目線なんだよ」

「貴方に対してはその強さに敬意は払います。けれど、それだけですわ。言葉遣い、態度、作法、その他諸々の点がマイナスですわ。ガサツで言葉遣いも気品のカケラもない。駄目駄目ですわ。おまけに獣臭い」

「……え、俺って臭いのか?」

「えぇ。それはもう」

「私は好きですよベオルフの臭い」

「待ってくれお嬢、え、まじで俺って臭うのか!?」


 衝撃の事実にくんくんと自らの体臭を気にし始める。確かにベオルフは護衛の立場から、何度も魔獣と戦い、その度に返り血を浴びたことも一度や二度ではない。だがその度に水で洗っているのだ。

そんな自分が臭いという。


 ベオルフは愕然とする。


 その様子に二人して軽く笑いーーそしてクレアは目に強い意志を宿す。


「ワタクシは決めましたわ。この地だけでなくもっと世界を知る。その為にこの町を出ます。そして自分の目でもっと色んなことを学びます。そして、貴方のようになりたい」

「それってつまり……」

「えぇ、ワタクシは特殊調査官を目指します」


 特殊調査官になるには在住調査官以上の知識と物事に対する正しい見解を持つ必要がある。偏見などで真実を見誤る訳にはいかない。その為に国や地域毎に関する風習、慣習、文化にも精通する必要がある。

 それは生半可な覚悟で出来るはずがない、険しい道のりだ。


「いつなれるかは分からない。自分の見聞が正しいと思い込んでしまう点もいつ直るか分からない。それでもワタクシはなるって決めました。ーー貴女みたいになるために」


 クレアは今回のいかに自分の世界が狭いかを知った。

 この町で初めて事件を解決した事で誰もが自分に対して意見を言う事がなく、それがまた自分は正しいのだと


 そして自分より幼い少女が見事に事件を解決した事に衝撃を受けた。

 渇望が生まれた。もっと世界を知りたいと。


「特殊調査官になれたのならばワタクシはライバル、だけども友達でもありますわ」


クレアが手を差し出す。


「次会う時には在住ではなく、特殊調査官としてですわ」

「はい、楽しみにしてます」


 二人は握手し、互いに笑顔を浮かべた。


 そうしてふとベオルフが何も喋っていないと思い横を向いて見た。


「臭い……臭いって……。こうなったら売っていた香水ってのを買ってみるか? いやしかし、あの匂い俺は苦手だし、けど臭いって言われるのも……」


 その傍らで臭いと言われたベオルフはブツブツと言葉を零しながら悶々としていた。

 その様子に二人の少女は再び年相応の笑みを浮かべ、笑いあった。



「なぁ、頼むよノエーチェ君。研究科で新しい魔獣についての発見があったらしいんだ。ほら、僕ってこれでも最高責任者だし自ら行った方が研究員の士気や新しい見解も出てくるんだと思うんだよね? だから……」

「ダメです。今度ばかりは許しません」

≪グケェーー≫


 冒険者ギルド<タンポポの綿毛>の一室。扉の前でウォレスとノエーチェが揉めあっていた。理由は研究科の方で魔獣についての新たな発見があり、ウォレスは是非とも行きたいという。だがノエーチェも譲らない。ここを抜けられては今日一日仕事が手につかないのは必然。溜まっている書類を処理するためにもいかせる訳にはいかない。


ノエーチェに同意とばかりに泡鳥のるーちゃんも鳴いた。


「それにウォレス様が行ったところで何も出来ることはありません。貴方がすべき事はここに仕事を終えることです」

 諦めて席に着く。やっと大人しくなった事にノエーチェは安堵の溜息を吐きながら先ほど届いたウォレス宛の手紙を取り出す。


「そういえばウォレス様、お手紙です。先程音速鳥から送られてきました」

「んー、僕にかい? 誰から?」

「えぇ、ピカソさんからです」

「ピカソって事はハーニー町の事についての報告かな? っと、これは随分大きいね」


 渡されたものは手紙にしては少し大きかった。


「コロポックルが音速鳥で運ぶのが大変だったと言っていたので僅かにですが多くの謝礼を支払って起きました。主に棚の中にあったものを」

「また君は僕のお菓子を……、あぁ良いよ。それで手紙か。一体なんだろうか」


 開封し、サッと目を通す。そして折り畳まれた2枚目にも目を通しふっと笑みを浮かべた。


「どうしたんですか、ウォレス様」

「いや、別に。ただの報告書だよ。よしっ、ノエーチェ君今日の分の仕事をちゃっちゃと終わらせてしまおうか」

「はっ? 一体どういう風の……いや、それよりも大丈夫ですか? ついに頭がおかしくなりましたか? 医者を呼んで来ましょうか?r

「問題ないよ、ちょっと嬉しい出来事があってね。というか君が普段僕をどう思ってるのか疑問になってきたよ。やる気がでたんだ」


 そうですかと訝しげな表情をしながらも新しい書類を持って来る為にノエーチェは部屋を出た。

 パタンと扉が閉まった後ウォレスはもう一度手紙を見て微笑む。


「良かったね、ピカソ」



 其処には幾つかの報告に解決という文字。最後に『お友達ができました』と大きな字で書かれた手紙とハーニー町並みと一緒に映るピカソとベオルフ、そして一人の赤い髪の女性がいる絵が送られていた。


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