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真実


 朝露も滴る早朝。

 肌寒く薄霧が立ち込める中、とある集団が歩いていた。

 遠目から見れば流民かと思うくらい怪しい集団だが彼らはギルド規定の黒を基調とした制服を着ていた。そう歩いているのはハーニー町の在住調査官であった。


「全くなんでワタクシがこんなことを……」


 ぶつくさと呟きながら先頭を歩くのはクレアである。

 彼女は昨日の夜頼まれたことを思い出していた。



 いつものように、討伐された魔獣の死骸を見聞を広げる為に見ていると、ピカソ達が現れた。

 ピカソはクレアを見つけるなり理由は今は言えないがとにかく集まって欲しいと頼まれた。


『クレアさんにしか、頼めないんです。私達だけじゃ他の在住調査官に対する発言力がありませんので、在住調査官達の心と尊敬を集める貴方の力が必要なんです。お願い出来ますか?』


 理由はわからない。だが頼まれた。クレアは自尊心をくすぐる言葉によって一ニもなく頷いたのだ。


 今思えば良いように言葉に乗せられたとしか思えない。確かにあの時は自分にしか頼めないことと聞き、自らのプライドが刺激され一にもなく仕方ないですわ、と頷いてしまった。


 そうなると苛立ちの念が沸々と沸き上がってくる。

 かといって今更放り出すのも自らの矜持(きょうじ)に反するので最後までしなければならない。

 それがまた不愉快でつい目つきをキツめてしまう。他の在住調査官はそんなクレアを見て戦々恐々としていた。


 そんな思いを抱きながら歩いていると指定された位置へと近付いてきた。そこはかつてのピカソ達にも案内した養蜂場。

 枯れた木が辺りにある中で、学士帽を被った蜜色の髪を持つ少女と、屈強な体に黒い耳と尻尾を持つ男性が立って待っていた。


 ピカソとベオルフである。


 しかし持ち物が違う。ピカソは片手にキャンバスを持ちベオルフは何故か斧を片手に肩に背負っていた。


「みなさん良く来てくれました! クレアさん、ありがとうございます」

「全くですわ。説得するのも苦労しましたのよ。それなりの対価はあるんですわよね?」

「対価……ですか。うむむ、どうしましょう。私はお金がそんなに……あの、私が描いた絵を贈るってのはどうですか?」

「あ、いえ単に言っただけなのでそこまで真剣に悩まないで下さいまし。というか、そんな物貰っても困りますわ」


 真面目に悩むピカソに毒気が抜かれたクレアがつい素で反応してしまう。

 それに気付いたのか、誤魔化すように咳をする。


「さて、それでワタクシ達を呼んだ理由はなんですの? もしや、


 ピカソはウロウロと幾つもの木を叩いたり揺らしたりした。

 側から見れば遊んでいるようにしか見えず、つい押さえ込んだ苛立ちが爆発してしまった。


「好い加減して下さいまし! 朝早くから呼び出したかと思えば一体何なんですか貴方は!」


 他の在住調査官達も皆一応にピカソの奇行を苛立った様子で口々に批判を浴びせる。


「まぁ、ちょいと待ってくれよ。すぐに理由が分かるからよ」

「貴方も、随分と彼女を信頼しているのですわね」

「まぁな、お嬢は確かに時折変な行動もするし歳も幼い。危なっかしくて目が離せない。ーーだがな、決して馬鹿じゃねぇ。お前らを呼んだのも理由があってのことだ」


 その目にあるのは絶対の信頼。

 彼女ならばどんな事件でも解決できるという確信であった。


「っ、ふん。どうですかね」


 その姿に、苛ついている自分が恥ずかしくなりクレアはそっぽを向いた。


 そんな中ようやく納得したのか、ピカソが枯れていない若い赤蜜木にあたりをつける。


「うーん、これなら居るかな……。それじゃベオルフ、この木を切っちゃって下さい」

「やっとか、あいよ」

「……は、はい?r


 物騒な会話の内容に惚けるのを一瞬、静止する間もなく斧を降る。


 一閃。


 普通ならば何度も繰り返してやっと伐採できるそれをベオルフは一回で成し遂げた。

 太刀筋すら見えなかった斬撃に、他の在住調査官達が先程までの反抗心を忘れ思わず感嘆をあげる。

 "赤蜜木(メイプルツリー)"の重心が傾き、倒れると砂塵が舞い上がる。


 クレア達は咄嗟に砂煙から目を守るために瞼を閉じる。


 やがて砂煙が収まり倒れた赤蜜木の中で何かが蠢くのが見えた。クレアはそれが一体何か見極めようと目を細める。


「……"噛み切り虫"?」


 だが同時にひぃっとか細い悲鳴をあげた。


 ーー余りにも数が多すぎる。


 倒れた拍子に驚いたのかおびただしい数の"噛み切り虫"が木の隙間から出てきたのだ。それも十や数十にもきかない数が。

 一斉にそれらがうごめおぞましい光景にぞわっと鳥肌が立つ。


「やっぱり居ましたね。ベオルフお願いします」

「はいよ。ったく、人使いが荒いぜ。……うへぇ、さすがにこれだけいると気味が悪いな」


 逃げ出さないように予め用意した網で木全体を覆いつくす。そして一かたまりに纏めクレア達に分かるよう向ける。


 網の中の"噛み切り虫"は優に100匹を超えていた。それらがギチギチときしみあいながらな蠢く様子は誰もが生理的嫌悪を覚える。

 特にクレアは一歩二歩と後ずさった。


 そのうちの網から零れ落ちた一匹をピカソは掴み、クレア達に向ける。


「今回の多くの木が一斉に枯れ果てた現象、私はこの生物が原因であると断定します」


 もたらされた内容に在住調査官達はポカンとする。だが次第に困惑が広がりザワザワと騒めき始める。

 顔色の悪かったクレアが聞かされた内容に意を唱える。


「そ、そんなの嘘ですわっ! "噛み切り虫"に木を枯らす力はありませんわ! デタラメ言わないで下さいなっ!」

「えぇ、確かに"噛み切り虫"にはそんな生態はありません」

「やはり! これで貴方がた、特殊調査官のーー」

「けど、それは本当にこれが"噛み切り虫"だった場合です」


 その言葉にクレアは固まる。ピカソはその様子に若干戸惑いながらも残酷な真実を告げた。


「これは正確には"大顎齧(おおあごかじ)り虫"といって"噛み切り虫"とは別種(・・)です」

 噛み切り虫ではない。

 その言葉にクレア達材料調査官は目が点になった。

「"大顎齧り虫"……?」

「"大顎齧り虫"。コウチュウ綱鞘翅目オオカミキリムシ科に属する虫です。ここらでは知らされて居ませんけど、噛み切り虫の近縁種にあたります。但し、この昆虫の食性は()()()()()()()()()()()()。そうして木を枯らし、そこに小粒の卵を植え付け繁殖する。それが"大顎齧り虫"の生態です」


 ピカソは話を続ける。


「此処から北にある新しい開拓村で聞いたのですが彼処では雪が降らなかった事と人為的な理由により多くの木が枯れちゃってもいました。この虫は多分そこで繁殖して此処にきたのでしょう。何故なら今の季節は『妖精の恵み(はる)』と『炎精霊の祭宴(なつ)』の中間の時期、丁度北東より季節風が吹く時期です。成虫になった"大顎齧り虫"は風に乗って新天地を目指し、地域を移動すると気に入った木の中に住み、内部の幹をその顎で噛み砕き食します。中でも厄介なのはこの虫は集団で生活を送ること。それにより瞬く間に内部を食い荒らし木を枯らします。故に、訪れた"大顎齧り虫"は、ここらで最も数の多い"赤蜜木(メイプルツリー)"に目をつけ、食害を起こしました」

「そんな馬鹿な……」

 

 それでも認められない、いや確かにピカソの話す内容には説得力と証拠がある。しかし、それを認めてしまえばどうなってしまうか分かるクレアが食い下がる。


「でもっ、そんな虫如きで……!」

「確かに虫には魔獣や魔蟲見たくに強力な力もなければ強大な体躯もありません。ですが、彼らの強みはそこではありません。虫の強みは驚異的なまでの繁殖力と生命力、そして数にあるのです。たかだか虫と侮ってたらいけません。彼らはその強みを生かして目の見えないところで私達に被害を与えるのですから。……まぁ、これは受けおりですけど」


 白蟻に然り、ダニに然り虫は人々の気付かない所で被害話を与えてくる。そしてそれは致命的になるまで気付くことが出来ない。

 今回の件もそれであった。


「だがっ、そんな魔虫が原因だという確たる証拠はあるのか!?」


 ピカソは絵を取り出す。


「これを見てください。此方は自然に枯れた木の断面。そしてこちらは"大顎齧り虫"の被害にあった木です。"大顎齧り虫"により内部を食われた木々は中身が小さな穴が空いていてパラパラと砕けやすい特徴があります。唐突に枯れた木の全てにこれらの共通点があります。この土地に病気や問題がなかった上、これらの特徴が木に存在する以上、この虫による被害であるのは確実です。ここまでで何処かおかしい所があるでしょうか?」


 在住調査官達が"大顎齧り虫"の存在に気付けなかったのは、この虫が木の主要部分を食い尽くした後、卵を産み付け速やかに木から退去するからである。"大顎齧り虫"は食欲旺盛で餌がなくなればすぐさま別の木に移動する。そして夜行性な魔虫なのでそれは夜間に行われる。


 それでも枯れた木に全くいないわけではなかったが残っていた"大顎齧り虫"を噛み切り虫"と誤認していた。


 噛み切り虫が枯れ木を主食にしているとの認識があり、なんら違和感なく枯れた木から出てくることから餌にしてるんだなとしか思わず詳しい調査を行わなかった。


 これは何も在住調査官達だけが悪いだけではない。既に知っている生物の、それも身近なものであれば意識しなければ調査しないのは明白でそもそも専門家ですら見分けがつきにくい"噛み切り虫"と"大顎齧り虫"となればより限られた人物しか見分けることが出来ない。


「……それと、これは辛いかもしれませんがこの虫は卵を木の皮の裏に産みます。つまり長舌鹿が木の皮を食べることである程度増殖が抑制されていた可能性もあります」


 つまるところ原因だと思っていた長舌鹿は全くの冤罪で寧ろある程度防いでいた可能性もある。

 その事実に在住調査官達は足元が眩む錯覚に陥った。


「そんな……そんなことって……」


 特に、"長舌鹿"が原因であると力強く唱えていたクレアの衝撃は大きかった。

力無くへたり込み動かなくなる。

 無理もない。自身の仮説が全くの見当はずれであり、寧ろ悪化させていたかもしれないのだ。

 その心の傷は察するに余りある。


 それは他の在住調査官も同様である。皆一様に俯き、押し黙った。


 見下したり、当てつけられていたベオルフは最初こそ気分が良くなったが、そこまでの落ち込みようを見ると帰って哀れみすら湧いてくる。

 彼らは彼らなりに町を思って調査したのだ。

 居心地が悪くなったベオルフは誤魔化すように話を変えた。


「しかし、お嬢良くそんな虫の生態を知っていたな。正直見分けとかまじでつかねぇぜ」

「えぇ、私も話を聞いていたのを思い出しただけですよ。見分け方も昔聞いたのを覚えていただけで、それでも確証は持てなかったので念の為、"大顎齧り虫"の標本と一緒に手紙を送ったらすぐに返事が貰えました。ベオルフも知ってる人ですよ」

「虫について詳しい奴? ……あぁ、なるほどあいつか。あいつなら分かるだろうな」

「はい、彼です」


 納得したようにベオルフは頷いた。





「ワタクシは間違えていたのですね……」




 暫く沈黙が走り、項垂れながらぽつりと弱々しい声でクレアが呟いた。

 ピカソはふるふると首を振る。


「間違ってはいません。実際に鹿の食害により木が枯れるケースはよく報告されます。今回ばかりは、季節風の影響や乾季だったと悪いことが重なった偶然としか言えません。ですけど、すぐに原因が鹿であると決め付けずにもっと木を見て、僅かな違和感に気付いたのならば気付けた可能性はあったと思います」


 気付けた可能性がある。だが自分はそれを見逃した。

 自分の仮説は間違っていなかった。しかし正しくもなかったのだ。


「けど、私も人のこと言えた義理じゃないんですけどね。この事が分かったのはクレアさんのおかげなんですよ?」

「え……?」

「あの時私に言ってくれたじゃないですか? 『そんなに絵が好きなら

そのおかげで木の変化に気づく事が出来たんです」

「あ……」


 その言葉にはっと表情をした後、そして若干引いた顔をした。


「ほ、本当にあの後材料にしたんですわね……」

「あれ、何でちょっと引くんですか!?」

「ワタクシ、一応冗談で言ったのですけれど……」

「だろうな、俺もそうだと思っていたよ。気付かないのはお嬢くらいだろうな」

「え、え、えぇぇぇっ!? ひ、酷いっ二人して!!」


 まさかの事実に先程までの凛とした態度はどこへやら。おろおろと取り乱す。


「と、とにかくですね! そのおかげで私はこの事に気付く事が出来ました。だから、クレアさん達の活動が全く無駄だった訳じゃありません。なので自分を卑下しないで下さい」


 ごほんと咳払いをし柔らかに微笑む。


「『人は失敗を犯す。しかしそれは愚者だからではない。真の愚者とはその失敗から何も学ばぬ者。失敗を経験に生かす限り人は誰でも賢者となれる』。有名な人の名言です。クレアさんは失敗を犯したかもしれません。だったら次は経験を生かし前に進むだけですよ」

「……ワタクシを盲目であったと馬鹿にしませんの?」

「一生懸命努力した人を馬鹿にしません」


 毅然とした目でクレアを見つめる。その様子に感化されたのか、憧れの感情がクレアの目に浮かんだ。


「……ワタクシも貴方みたいになれますでしょうか?」

「はい。諦めない限り必ず。それにクレアさんだって間違えたままは嫌ですよね? だってクレアさんプライド高いですもん!」


 最後の一言は余計だったかもしれないがそれがクレアのプライドに火を付けた。

 かっとなり、何をっと言おうとした所でニコニコしたピカソの顔が見えた。恐らくは焚き付けてくれたのだ。


 変な人だ。だけど、すごい人だ。自分などよりもよっぽど。


 クレアは笑った。

 どこか肩の荷が下りたみたいな笑い方だった。


「全く、おかしな方ですのね。かないませんわ……。意地になってた自分が恥ずかしいですわね。ワタクシの負けですわ」


 クレアは清々しい笑顔を浮かべた。

木を食す害虫として白蟻が挙げられますけど、蟻とはついていますがゴキブリの仲間らしいですね。

よろしければ、ブクマと評価の方よろしくお願いします!

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