全てが繋がる
ピカソ達は調査を続けた。
店主から得られた情報を精査し、過去の記録を読み解き、町の人から聴き込む。
だが、それだけのことをピカソは"赤蜜木"が枯れた根拠をクレア以上に立証出来ないでいた。
ピカソは別の枯れた区域へと足を運んだ。側にはベオルフもいる。この場所でも"赤蜜木"が枯れているにも関わらず、花や草は生い茂っている。
"赤蜜木"だけが枯れているのだ。
「はぁ……」
溜め息を吐く、分かってはいたが外に出るだけで事態が好転する訳はない。
「土壌でもありませんし、見る限り病気でもない。環境の変化でもありませんし……ダメです、法則性すら掴めません」
「手がかりすらねぇからな」
何箇所か"赤蜜木"の枯れた別々の場所を訪れて見たがどれも何か違いがあった訳でもない。
(このままずっと此処にいる訳には……)
事態が解決している以上、ピカソが此処に留まる理由は本来はない。
特に此処に留まっているのは自らの我儘だ。だからそれに付き合わせているベオルフは悪いと思っているし、もしピカソが間違っていればバルーン街にいるウォレスにも少なからず迷惑をかけるだろう。
「……焦ってもどうにもなりませんよね」
ひょっこりと地面に座り、ピカソは腰掛け鞄から帆布とウォレスに『白銀馬』の体毛を使った筆を取り出す。
そしてそのまま絵を描き始めた。
ピカソは詰まった時はこうして絵を描くと不思議と心が平穏になるのだ。
一面に咲く花とその花の蜜を求めて僅かに残ったピンクビードルが飛び交う。森林は"赤蜜木"が大半だが枯れてしまっている。ピカソは花と森林を対比し、世の無常さを絵に映しだそうとしていた。
筆をパレットに出した絵の具につけ、白い帆布を染めていく。
わからない事だらけだが絵を描くと不思議と心が落ち着いた。そして気分転換のはずがいつの間にか没頭してしまった。
(ま、悩んでるよりかは何か別の事に夢中になってる方が良いよな)
ベオルフも、気分転換になれば良いかと側で寝っ転がっていた。
やがて大部分が完成し、より絵に濃淡をつけようとする。そんなピカソの上に影が出来る。
「ーー絵を描くなんて随分余裕ですことね」
「ひゃわっ! あ、あぁっーー!!」
様子を見に来たクレアがいつの間にか背後に立っていたが、ピカソは集中していた為全く気づけなかった。
いきなり話しかけられた事で筆が狂い、グイッと斜めに大きく孤を描いてしまった。これでは台無しだ。
その事で話しかけたクレアも慌てる。
「も、申し訳ありませんっ。迂闊でしたわ。絵は大丈夫ですのっ?」
「だ、大丈夫ですよ。これくらいならまだ修正は効きますからっ」
「そうですか? なら良かったですわ……」
「えぇ、だからそんな気になさらないで下さい。というかベオルフ! 何で教えてくれなかったんですか!」
「ん? そりゃその方が面白いかもと思ったからな」
ピカソの隣で寝転んでいたベオルフは勿論クレアの足音を聞きつけていたが、まぁ良いかと放っておいたのだ。
にやにやと笑いながらこっちを見るベオルフに、ぷくっとピカソは頰を膨らませる。
「もう! いぢわるなんですから。それでクレアさん、貴方はどうしてここに?」
「朝早くから貴方達が外に出て行ったと聞きまして。一体どのような調査をしていますのか、気になりましたのですわ」
「あ、あはは……すいません。今は絵を描いていました」
「知っていますわ。それにしても……」
じっとピカソの描いた絵をクレアが見つめる。その様子は真剣で、なんだか値踏みされてるみたいで僅かにドキドキする。
「……素晴らしいですわ、繊細なタッチに彩り、生き生きとした花や草。対照的に暗い様子で描かれた"赤蜜木"に、飛び交う"ピンクビードル"はまるで今にも動き出しそうなほどリアルです。少なくともワタクシは母様の持つ絵画のコレクションでこれ程までに素晴らしいものは見たことありません」
「えっと、ありがとうございます……?」
「何故疑問形なんですの。誇りなさいな。絵を見れば貴方がどれほど努力をして来たのか分かります。だからこそ、その集大成である作品には胸を張るべきですわ。それは貴方の人生の証なんですから」
その言葉にピカソは目を丸くし、笑いながら「ありがとうございます」と告げた。
クレアは確かに高飛車でプライド高い性格ではあるが、良い所は認め褒める所は褒める、そんな女性だった。
「ですが、調査の方は殆ど進展がないと聞きますわ。ふふっ、やはりワタクシの説の方が正しかったようですわね」
但し一言余計ではあった。
「まだそうとは決まってねぇ」
「あら、五日経っても分からないのでしたらこれはワタクシの自説が正しいと裏付けされたも同然では?」
「どうだかな。それによぉ、アンタも自信があるわりには態々確認しに来たって事は、実はちょっとばかし不安だったって事じゃねぇのか?」
「なっ、口を慎みなさいベオルフ・ヴァンデルンク。そのような事、断じて、断じてありませんわ! 勝手な憶測で人の事をとやかく言わないで下さいませっ!」
「はんっ、どうだかな」
「なんですかその態度は! 幾ら貴方が《7欠月の冒険者であろうと許せませんわ! 寧ろ、《7欠月だからこそキチンとした態度と口調を」
「ノエーチェみたいなこと言ってるんじゃねぇよ! それかなんだ、お前は俺の姉か!」
「誰が貴方の姉ですか!」
そんな風に揉める二人。
すると近くの木の上から何かがクレアの背中に落ちた。
「ひぁんっ」
「うぉっ!? 何だよ急に色っぽい声あげやがって。頭大丈夫か?」
「何でもありません! ただの虫ですわ! 驚いただけです! ……全く嫌ですわ。枯れ木が増えたせいか最近"噛み切り虫"が多くなってきてしまいましたわ。鬱陶しいことこの上ない……苦手なのに」
クレアは心底嫌そうに態々ハンカチで自身に張り付いた"噛み切り虫"を掴んで捨てる。
最後の呟きはあまりに小さくベオルフにも聞こえなかった。
やがて虫を捨てたクレアはピカソの顔をマジマジと見つめた。
「……貴方、きちんと寝ていますの?」
「え、えーと……。ちゃ、ちゃんと寝てはいますよ?」
「本当ですの? 前に会った時よりも少しやつれた感じがしますわ。此処の辺りは急勾配の坂も多いですし、
ベオルフ・ヴァルデルンク!」
「な、なんだっ」
咎める声色に思わず歴戦の強者であるベオルフもビシッと身構える。
「貴方キチンと彼女を見ていますの!? こんなになるまで放っておいて!」
「あ、いや。それはお嬢が大丈夫だって」
「強がりと事実の区別もつかないんですの!? 貴方の方が大人でしょう!? 体調もキチンと見てやれないで護衛だなんて務まるんですの!?」
「ま、待って下さい! 本当に私が無理にベオルフに頼んだんです! 無理を言ってるのは私の方でしてっ」
「そ、そうなのですの? ですが無理をしていると自覚があるなら早く諦めて街に帰り、ベットでぐっすり眠っているが良いですわ」
「嫌味なのか心配してるのかわかりづれぇな、おい」
「うるさいですわ! 邪魔しましたわ。ワタクシはもう戻ります。あぁ、そうそう。そんなに絵が好きなら赤蜜木を使ってはいいのではないかしら? "赤蜜木"は、赤い絵の具の材料として使われています。ですから枯れたとしても絵の具の材料くらいにはなるでしょう」
そう言ってクレアは早足でこの場から去っていった。
「ちぇっ。美人だからと思って調子つきやがって。しかも正論言いやがって。割と心にきたぜ」
「ベオルフ、身体はともかく心は意外と硝子ですよね」
「おいおい、お嬢まで言うのかよ」
珍しく黒い尾を垂れて凹むベオルフに、ピカソは可笑しさと申し訳なさを混ぜた様子で笑う。
「でも、クレアさんの言うことも一理ありますよね」
結局ピカソはクレアの言う通り何も成果を出していない。
悔しいなぁ。
「せめてきっかけがあれば……あ、そういえば」
ふとピカソはクレアの言葉を思い出した。"赤蜜木"は絵の具の材料になると。絵は自分にとって呼吸に等しい。使えば何かわかるかもしれない。
縋ようにピカソが"赤蜜木"へと手を伸ばす。
「え、お嬢マジで材料にするのか?」
背後で信じらないような顔で見ているを他所にピカソは近くあった枯れた若い"赤蜜木"の枝を折る。
パラパラと皮を残し砕け散る"赤蜜木"。
「んん……?」
僅かな違和感。
知っている何かが違う。
喉まで出かかっているのにそれが何か分からない。
ピカソは突き動かされるようにもう一度別の枝をパキッと折る。
またも皮のみを残し赤蜜木の内部は砕け散った。
同時に何かが手の中で動く。
木の皮を退かしてみるとウゴウゴとひっくり返ったことでもがく虫がいた。
"噛み切り虫"。
最近多く見られるという虫。
瞬間、ピカソの頭にある仮説が思い浮かんだ。
『これは殺虫剤だよ。最近"噛み切り虫"がやたらと多くてね』
『全く嫌ですわ。枯れ木が増えたせいか最近"噛み切り虫"が増えてしまって……』
"噛み切り虫"は枯れ木を餌とする。それは知られていることだ。
だが、もし。もしである。
最近"噛み切り虫"が増えたとかでなく、元からいたのなら。
「ーー!!」
急に枯れた赤蜜木。
同じく急速に増えた"噛み切り虫"
この二つは、無関係ではない。
「……ベオルフベオルフ」
「何だ?」
「ちょっとひとっ走りして、在住調査官の方に行って唐突な枯れ木が増大した前より、枯れてた木がないか聞いてきて下さい。それが無理ならあの店主さんに聞いて来て下さい」
「はぁ!? お嬢を守るのはどうするんだよ!?」
「此処に魔獣が現れた事は過去の記録でもありませんよ! それでも心配ならはやく行って戻って来て下さい! ほら、はやく!」
「な、何だか分からねぇけどお嬢が言うなら分かったよ……」
覇気すらあるピカソの剣幕に押され、
去って行くベオルフの背が見えなくなった後ピカソは考え込む。
「もし、私の予想が正しければ、私達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれません」
ピカソは呟き、手に持つ"噛み切り虫"と砕いた木々の断面を模写し始めた。
「おらよ、持って来たぜ。探すの苦労したぜ」
十数分後。余程急いだのか額に汗を浮かべたベオルフが肩に木を担ぎながら戻ってきた。
どすんと木を地面に降ろす。
「ありがとう、ベオルフ。それでは」
ピカソは付近にある赤蜜木と並べて両方を手で握って砕いてみる。
片方はパキパキと皮だけがめくれるも、内部がしっかりして折れず。
もう片方はパリッと皮が取れた跡、内部がパラパラと崩れ落ちた。
崩れ落ちた方の断面を見ると、やはり微かな捕食痕があった。
そして再度"噛み切り虫"を観察する。
「何故こんな単純な事に気付かなかったんでしょう……! やはりこの虫は違う……!」
そこまで考えピカソは持って来た方の木の断面もサラサラと絵に書き起こし後、鞄から調査報告書用の白い紙を取り出し、何やら文字を書き起こす。そして"噛み切り虫"も瓶に詰めた後、呟く。
「……出来ました」
「お嬢何か分かったのか?」
「はい、けどこれだけでは確定とは言えません。確証が必要です。確かギルドの方で音速鳥に乗る蓮の葉の下の小人が常駐していたはずですからそれを使いましょう」
「定期報告以外には緊急事態にしか使えない音速鳥を使うって事はそれだけ事態が逼迫してんだな? そして、これが解決に繋がると」
「はい」
「わかった。なら行こうぜ」
ピカソは振り返る。
視線の先には枯れた"赤蜜木と、花の蜜ではまかないきれずに死んだ"ピンクビードル"の死骸があった。
「待ってて下さい。もうすぐ解決して見せますから」
そして三日後。返された手紙の内容はピカソの推理を裏付けるものであった。
「……その顔、予想通りだったらしいな」
ピカソの顔を見たベオルフがにやりと笑いながら言った。
「はい、ベオルフ」
彼のマネをしてにんまりとピカソは笑う。
「今回の謎は全て解けました」
よろしければブクマと評価の方よろしくお願いします!




