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海嘯の神獣・中

「ソウさん、本当に美味かったっす! ご馳走様でしたっす!」


 腹をさすりながら満面の笑みでシキは言う。


「ふふ、よかった。はい、お茶」


「いただきまっす……あちっ」


 息でふーふーと冷ましながらチビチビと彼はお茶を飲む。

 その間に空になった食器を洗い棚に戻しながら、気になっていた事を聞く。


「お店の前で暗い表情しながら空を見ていたけど、なんか悩んでた? 俺で良ければ聞くよ?」


 彼はいつのまに空になったコップに視線を落とした後苦笑いする。


「そんな暗かったっすか?」


「うん、まるで陸に上げらて死を悟り絶望する魚のような表情だったよ?」


「どんな表情すかそれ……分かるようで分からないっすよ。

 実は、財布落としちゃったんっす」


「落としただけで……あ、財布の中に生活費が入ってたとか?」


「はいっす……」


 シキは詳しく教えてくれた。

 学費は両親に払ってもっているが生活費は彼持ち。しばらくは貯金を崩してやりくりし、落ち着いたらバイトしてっと決めていたが財布を落としてしまった。その為彼は必死になって探し回ったが見つからなかったそうだ。


「交番とか行ってみた?」


「駅前のは行ったんすけど、届いていなかったっす……」


「そっか、見つかるといいね」


「絶対に見つけるっす」


 彼は強い眼差しで決意する。

 そんな彼に何かしてやれないか考える。


「あのさ、財布無くした事ご両親に話して貸して貰うのはダメなの?」


「嫌っす……」


「嫌って、そんな状況じゃないと思うけど」


「……それでも父親の手は借りたくないっす」


 彼はこれ以上聞かないで欲しい雰囲気を醸し出しす。

 はぁ……仕方ないなあ〜。

 小さく溜息を吐いたあと彼に言う。


「シキ、うちでバイトする?」


「え?」


 俺は話しを続ける。


「給料は1時間で1500円のその日支給。そういえば、部活は?」


「は、入ってないす」


「なら学校終わりに必ずお店に来ること。その代わり土日祝日は自由。急な用事で来れそうになかったら連絡して。それから――」


「ソ、ソウさん! ちょっと待つっす! 」


「ん? 分からないところあった?」


「いや、そうじゃないっす!」


「あ、じゃ安かった? もう少し上げれるけど」


「そう言う事でもなくて!」


「?」


 彼が何言いたいのか分からず頭を傾げる。


「えっと、ソウさんと俺って初対面じゃないすか?」


「そうだね」


「初対面なのになんでここまでしてくれるんすか?」


「なんでって………………なんでだろう?」


「え、俺に聞かれても困るんすけど……」


 本当になんで初対面の彼にここまでしているのか自分でもわかっていない。

 困惑してる彼をみているとマスターの言葉が頭を過る。


 ――「したいからする。そこには理由なんてないよディック」


 なんとなく聞いたことにマスターは答えてくれたけど契約したばっかでまだ人間のことを知らなかった俺は理解出来なかった。けど、長い時間生き、人間たちと暮らした今ならなんとなくわかる気がするよマスター。


「ソウさん?」


 昔のことを思い出していたら彼は心配そうに顔を覗いていた。俺は満面の笑みを浮かべ言う。


「今は俺の事は一旦置いといて」


「置いとくんすか!?」


「うん、置いとく。それでシキはどうするの?」


「お、俺は……」


 まだ迷っているようだ。でも、あと一押しな気がする。


「そうそう、言い忘れてたことがあった。賄いがあります」


 彼の喉からゴクンッと音がした。


「……あのソウさん、本当にいいんすか? 俺迷惑かけ、うわっ!」


 言い切る前に彼の髪をぐしゃぐしゃにする。


「するの? しないの?」


 もう一度尋ねると彼の表情が変わる。


「……俺、迷惑かけるかもっすけど、ソウさんのところでバイトしたいっす」


「ふふ、その答えが聞けて良かった〜。今日は閉店だから明日からよろしくね。履歴書も明日持って来てね」


「はいっす! 」


「そうだ、まだ料理あるけどいる?」


「いるっす! 」


 彼が即答したのに笑ってしまった。


「ふふ、素直でよろしい。ちょっと待っててね」


 タッパーに詰め彼に渡す。


「早めに食べちゃってね?」


「はいっす! 今日は色々とありがとうございまっす!」


 入り口まで送り扉を開けるといつのまにか雨は止んでいた。雲ひとつない夜空に輝く月がとても綺麗だ。


「月めっちゃ綺麗っすね!」


「そうだね……。もう暗いし家まで送ろうか?」


「20分ぐらいで家に着くんで大丈夫っす!」


「そっか。じゃあ気をつけて」


「はいっす! お先に失礼しまっす!」


 彼はお辞儀をして小走りで走っていく。曲がり角でこちらに振り返ってまたお辞儀をする。俺は手を振った。そして彼は道を曲がり、姿が見えなくなったので俺は店に戻った。



 翌日。彼は学校が終わったあと制服姿でちゃんと来た。

 今は急遽用意した更衣室でお店の制服――よくあるウエイター服をシンバに無理言って用意してもらった――に着替えてもらっている。


「ソウさん、着替え終わったっすけど……合ってるすか?」


 首までボタンを留めている為彼は窮屈そうにしている。


「うん、合ってるよ。じょ次はお店の中案内するね」


「はいっす」


「ここがトイレで、こっちが休憩室。そっちの部屋が俺の寝室だから立ち入り禁止」


「外からじゃ分からなかったっすけど意外と中広いんっすね!」


「ま、まぁね」


 昨夜シンバに、エルに料理の技術を教えるという条件でお店の中を改造してもらった。


「仕事内容は……」


 仕事内容も伝え終わると閉店の時間になった。彼と一緒にお店の清掃を始める。


「この時間だとほとんどいないんすね」


「昼はお客さん結構くるけど、この時間だとね。そうだ土日昼から出てみる? オーダー聞いて運ぶ仕事になるけど、やり甲斐はあるよ?」


「うーん、そうっすねやってみたいっす」


「了解。それまでにビシバシと教えるから覚悟しておいてね?」


「は、はいっす」


 そうして彼の最初のバイトは無事に終わる。



 そして、土曜日の昼頃。


「1番テーブルAセット出来上がり!」


「はいっす!」


「すいませんー注文いいですか?」


「はい、ただいま!」


 いつも以上にお客さんが来て忙しくなった。これはちょっと予想外。だけど彼は弱音吐かず頑張っている……吐かないじゃなく忙し過ぎて吐けないのか、よく見ると涙目になっている。

 ピークタイムが過ぎ彼は休憩室でぐったりしていた。


「お疲れ様ーどうだったって聞くまでないか」


「疲れたっす……よく1人で捌けたっすねソウさん……」


「うーんこんなに忙しくはないん筈なんだけど、なんでだろう?」


 席を立ち厨房に行き甘味取り出しぐったりしている彼に出す。


「そんな頑張ったシキにご褒美」


 俺の言葉に彼は頭だけあげ目の前に出された甘味を見る。


「バニラのアイス、すか?」


「俺特製のだよ。甘いから気にいると思うよ」


 用意したスプーンを持ち少しアイスを掬い口に運ぶ。


「甘くて美味しっす……これ、いつ作ったんすか?」


「内緒。残りの時間頑張れる?」


「はいっす。行ける気がするっす!」


「うん、その意気でね。あ、無理はしないように」


「はいっす!」


 その後残り時間も無事に終わった。終わった頃には彼は燃え尽きていた為家まで送った。





 そんな日々を過ごし今日で彼がバイトを始めて1カ月が経つ。大分慣れたのか休憩室でぐったりはしなくなった。


 シンバとの約束でエルに料理をお店で教えていたら彼も学びたいと言われ教えることにした。おかげで簡単なものなら作れるようになったし、エルとも仲良くなった。


 今日は平日。学校終わりにだからそろそろ来る筈だけど未だ来てない。連絡も来ない。どうしたんたわろう。

 そんなことを思っていたら入口の扉についている鈴が鳴り彼が来た。


「やっと来た。連絡こないからって、どうしたのその顔!?」


 よく見ると顔だけじゃなくや衣替えしたせいで腕の方にも青痣がちらほら見える。


「えっと……階段から落ちて……」


「本当に?」


「……」


 彼の目を見て尋ねると視線が逸れた。


「はぁー……なにも聞かないから上脱いで。手当ぐらいはさせて」


「はいっす……」


 シキを休憩室に行かせ、お店の看板をしまってから救急箱を持ち休憩室に入ると辛そうにボタンを外していた。


「手伝うよ」


 ボタンを外し服を脱ぐと身体中に殴られたような痣があった。

 なにがあったか聞きたかったが今は手当を優先しないと。


「はい、終わり」


「ありがとう、ございまっす」


「お礼を言うぐらいなら本当のこと話してほしいけどなー」


「すいませんっす、これは……俺の問題っす」


 彼は立ち上がり脱いだ服をすぐに着る。


「ソウさん、手当ありがとうございまっす」


 お礼を言い彼は店を出ていく。


「ちょっと、シキ!」


 追いかけるが既に彼の姿はなかった。


「ああ、もう!」


 ポケットにしまっている携帯を取り出し電話をかける。


『……朝っぱらから何の用だよ、ディック』


 気怠そうな声が電話越しに聞こえた。


「ごめんねアレク。急ぎで頼みたいことがあるんだ」


『……寝てぇから早く言え』


「ありがとう」


 神獣の一柱のアレクに用件を伝え電話を切りしまい、茜色の空を見上げた。


「無茶したら怒るからね、シキ」




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