黄金の神獣・中
タルが家に訪れて――いや、違うな、玄関のドアをぶっ壊したのは襲撃だな。
ごほん。
タルが家を襲撃してから一カ月が過ぎた。
あれからタルが言った通りに他の者達も日本に来訪し、話し合いでそれぞれで探すことに。それと、何故か経費は俺が出すことに……もちろん提案したのはタルだ。あの不敵な笑顔を思い出すだけでムカつく。
「おまたせ、ってどうしたのシンバ 怖い顔になっているよ? 」
いつのまにか怖い顔になっていることを癖っ毛のあるクリーム色した髪の毛に海のように深い青の瞳をした爽やかな青年――ディックが淹れたコーヒーを持ってくる。
今代のディックはとある四つ星ホテルで総料理長。そこを辞め、今は一人でレトロな雰囲気がある喫茶店を経営している。
今俺がいるのはディックの喫茶店だ。
「タルの事を考えてた」
「ああ、納得。相変わらずの仲だね」
ディックは愉快に笑う。
「あとこれグリに渡しておいて、頼まれたケーキ」
「あいつ……いつのまに」
グリっと言うのは俺たちの仲間で三度の飯より甘いお菓子が好きな奴だ。昔はそこまでではなかったんだが……。
グリも同じく前職を辞め、今は俺の会社の近くにケーキのお店を経営している。
「了解。帰りに渡しておくよ」
「それでマスター探しはどう? 何か見つかった?」
ケーキを渡し終えたディックはコップを拭きながら聞いてくる。
「こっちはなんも、ディックの方も?」
俺は肩を落としながらディックに尋ねる。
「同じく」
黄金の神獣の俺、海嘯の神獣ディック、古樹の神獣タル、地震の神獣グリとまだ紹介していない炎天の神獣ニクスの万物を司る五人を中心に探しているが、タルが感知して以来反応が一切ない。
本当に何処にいるんだよマスター!
「日本のどこかにいるのは間違いないんだから、そう煮詰めないで気長に探そう? この前なんかエルがシンバの体調が心配で俺に相談してきたよ?」
「マジか……迷惑かけたな」
「その言葉は俺にじゃなくてエルに言ってあげてよね」
拭き終わったコップを棚にしまいながらディックは指摘する。
「そう、だな……ありがとうディック。そろそろ帰るよ」
「うん、また来てねー」
背もたれに掛けている上着を着て店を出る。
日は傾き程よい涼しさを感じる秋空を見ながら愛車に向かう。運転席側の窓をコンコンと叩くと、窓が下がりエルが顔を出す。
「どうかされました?」
「これ、グリに渡しておいて」
エルにケーキの入った箱を渡す。
「それと、迷惑かけたなエル」
俺はエルの髪の毛をわしゃわしゃする。
「や、やめてください獅子堂様」
わしゃわしゃをやめるとエルは急いで乱れた髪を直す。
「歩きたい気分だから先帰ってて」
「わかりました、お気をつけて」
エルは窓を上げ車を走らせる。車が信号を左折するのを見てから俺は歩き始めた。
どこか寂しさを感じる並木道を歩きながら忘れもしないマスターとの出会いを思い出す。
俺は黄金に輝く神殿に住んでいた。
俺の神殿は聖山と当時は言われた山の奥にあって、月に一度貢ぎ物を持ってくる人間以外は来ない場所だ。力がない人間には俺の姿は見えないし、声も聞こえない。力があっても声が聞こえる程度。俺は次第に人間たちに興味が失せていった。
そんなある日、バケツをひっくり返したような豪雨の中一人の人間が神殿に訪れた。いつもの貢ぎ物を運んでくる人間だと思って無視して寝ていると人間は俺に近づき話しかけてくる。
「すまない、ここで少し雨宿りさせて欲しい」
初めて人間に話しかけられ内心は凄く驚いたが、顔に出さず答える。
『構わん、好きにしろ』
「ありがとう」
人間は濡れた服を脱ぎ捨て、鞄にしまってある大きい布にくるまると再び話しかけてくる。
「ここで焚き火しても構わないか?」
『……好きにしろ』
「ありがとう」
人間は石組みを作り、中心に燃えるものを入れている。
「よし、あとは、火だな。
ニクス頼めるか?」
『任せて! 』
人間の前に炎天の神獣のニクスが現れ火をつける。俺は目と耳を疑った。
『……ニクスなのか?』
ニクスは俺の下まで飛んでくる。
『やぁシンバ、久しぶりだね! 久しぶり過ぎだね! 元気だったかい?』
『あ、ああ……なんで人間なんかと』
ニクスは再び飛び去り人間の肩にとまる。
『そりゃ契約しからねー』
ニクスは経緯を話してくれた。
火山の火口近くにあるニクスの神殿にこの人間が訪れた。一人で来たこの人間に興味が湧き、人間と話していると外の世界にも興味が湧き、世界を見せる条件で契約したそうだ。
『正直言うと飽きてたんだよね、神殿に』
『おい、正直過ぎだろ』
『シンバも飽きてたでしょ? 長い神殿生活に。
シンバも一緒に行かない? 行こうよ!』
ニクスの提案に俺の心は揺れる。
「えっと、シンバ……だったけ? シンバさえ良ければ一緒に世界を見ないかい?」
初めて人間に面と向かって名前を呼ばれ俺の心は地面が揺れるほど揺れた。
『し、しかし我が神殿から離れたら他の人間たちはーー』
『それなら平気だよ、平気だね!』
最後まで言う前にニクスが遮り言う。
『分身体になる像を置いとけばいつでも直ぐに帰るし、像越しに声も拾えるから安心して!』
『……わかった、それなら共に行こう』
『やった! これからよろしく、よろしくねシンバ!』
『ああ。それと人間、汝と契約しよう。
条件はニクスと同じで良い』
「ありがとうシンバ。
俺は……名はとうの昔に捨て知り合いからは黄昏の魔術師と呼ばれている。これからよろしくシンバ!」
俺は人間と契約して神殿を出た。いつのまにか雨は止み満天の星空が広がる夜の中歩き出す。
『主人殿これから何処に向かうのだ?』
「まだ決めてないけど……その主人殿はやめてほしい」
『ふむ、ならマスターはどうだ?』
『あ、それいい! 僕もマスターって呼ぶ! 呼ぶからね!』
「好きにしてくれ」
これがマスターとの出会いだった。今でも鮮明に覚えている。早くマスターに会いたいなあ。
いつのまにか日は沈み月が夜空に浮かぶ。
「もう、夜か急いで帰らないとエルに叱られるな……急ごう!」
俺は小走りで人にぶつからないように駅に向かった。
その時、空に黒煙が上がる。
しばらくすると何台もの消防車が通り過ぎていく。
街は少しパニック状態になりあまり前に進めなくなった。俺は路地裏に行き、誰も見ていないのを確認してから跳躍して屋上まで行く。すると、夜空に不釣り合いなほど明るい場所が目に映る。さらに近づくとトラックが他の車を巻き込んでの交通事故だった。さらに何台か燃えている状況。
「やばいな、あれは……うん?」
巻き込まれた車を見渡していると見覚えのある車を見つけた。そう、俺の車だ。エルが運転している車がひっくり返っていたのだ。
「エル!」
俺は理性を忘れ屋上から飛び降りた。