雷霆の神獣・下
急いで体を起こし部屋に向かった。
途中で様子を見に行く所だったエルと遭遇した。
一緒に部屋に着き、扉を開けるとそこにはあいつの姿がなかった。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
「御手洗いに行ったのかもしれませんが、先ほどの叫び声が気になります」
「そう、だな」
2人で考え込んでいると扉が開き、ボサボサの銀色の髪を靡かせながらリルが入ってくる。
「騒がしいぞアレク、それにエル! 我はまだ眠い故、静かにして欲しいぞ。はあー……」
言うだけ言って大欠伸し頭をボリボリ掻きなが部屋に戻るリルに俺は尋ねた。
「そりゃわるーございました。それよりもリル、人間見なかったか?」
「人間とな?」
早く寝たいと顔に書いているほど面倒くさそな表情で聞き返すとエルを指差す。
「そんなの知ってるわ! エル以外でだ!」
「ふむ……あ、そうだ。部屋に戻る際に嗅いだことのない臭いがしたの」
多分リルが嗅いだのはあいつが通った時の残り香だろう。
これで居場所がわかるな。
それにしても。
「臭いって……今はいいや。それよりもどっちからした?」
「ん? この廊下の突き当たりの右側からだったかの? 奥に向かうように臭いが残っていたぞ」
指差しながらリルは教えてくれた。
あいつはトイレを探しに部屋を出た。そして、迷子になったのか。
シンバの家は無駄に広いから迷うのも仕方ない。
「エル、あっちの廊下ってなんの部屋があるんだ?」
「あちらは魔方陣の部屋に繋がっている廊下です。ただ、あちらには獅子堂様が関係者以外立ち入り出来ないよう結界が施されているはずです。奥に進めるなんて出来ないはずなんですが……」
「はあ? マジなのか?」
「はい」
エルは頷く。
エルの言う関係者は俺たち神獣にマスターの魂を持つエルとシキだ。該当しないあいつが通ったって事は。
「あいつも……マスターの魂を持つってことか?」
思わず口に出して自体を確認した。
「その話は誠か?」
さっきまで眠たそうな顔をしていたリルが真剣な表情で尋ねてくる。
「まだ仮説だけどな。あいつが魂を持つなら魔方陣も起動するかもしれない。急いで行かないと!」
「私は獅子堂様に伝えてきます!」
「おう」
エルはシンバの寝室へ行く。俺も急いであいつが通った廊下に向かう。何故かリルが付いてきた。
「ねるんじゃねーのかよ!」
「寝るのはあとだ。今はその人間が優先だろう。我の助けもあった方がいいだろう?」
ニヤリと笑いリルは言った。
「そうかよ!」
魔方陣の部屋に着くと少し扉が開いていた。
ゆっくり扉を開け、照明を点けて中を確認したがあいつは居なかった。最悪事態になったな。
「魔方陣が起動してる……」
魔方陣を撫で、僅かに残る魔力を感じた。
仮説が確証に変わった。あいつはマスターの魂を持っている。
「自ら起動させたのかの?」
「いくらマスターの魂を持っているとはいえそれはない」
「ふむ。なら魔方陣がなんかのきっかけで起動したのかもしぬな」
「かもな。絶海の孤島に行く。リルは後からシンバと一緒に来てくれ」
「うぬ」
魔方陣に魔力を込めると光り出す。一瞬で屋敷に着きエントランスの扉が開いているのに気づき、外を見ると足跡をみつけた。足跡は森に向かっていた。
「たく、屋敷で大人しくしてろよな」
色々言いたいことはあるけど後回しだ。
「久々に使うか……龍の瞳!」
龍の瞳は簡単に言えば千里眼のようなものだ。
集中して島全体を見通す。
「見つけた。って、狼に追い掛けられているのかよ!」
急いで現場に向かった。
あいつはそそり立つ岩壁を背に狼ども追い詰められていた。
狼どもが飛び掛かる寸前に目の前に雷を落とし牽制する。
「ヨウ!」
どうにか間に合いヨウと狼どもの間に入り、ちらっと見ると所々から血が流れていた。
怒りが込み上げ、それに呼応するように空が暗くなる。
「狼風情が!」
暗い雲から枝の様に雷が地面に向かって乱れ落ちる。
狼どもはびびって尻尾巻いて逃げていく。
龍の瞳でちゃんと遠くまで逃げるのを確認してから尋ねる。
「傷大丈夫か?」
「あ、はい」
「そうか」
状況に追いつけず混乱しているヨウの頭を殴った。
「痛っ!? つぅ……な、なんで殴るんですか!」
「心配掛けさせた分だ。屋敷に居ればいいもの、なんで外に出たんだ?」
頭をさすりながらヨウは答える。
「……森に向かって人影が見えて追っていたら狼に襲われて、それで……」
「アホが」
もう1発殴っておく。
「いったあ!? 何度も殴らないでくださいよ……」
「痛みだけで済んだことありがとたく思えよ。そのままその人影について行っていたら、お前、死んでたぞ?」
「え……どういうことーー」
「質問は後だ、一先ず屋敷に戻るぞ。よっと」
「うわぁまたお姫様抱っこ!?」
「こっちの方が楽だからな、しっかり掴まっていろよ!」
腕の力だけでヨウをしっかり固定し、足に力を込めて一気に森の上空に飛び上がる。そして翼を広げて屋敷に向かった。
「え!? え、えぇええ?!」
「口閉じねーと舌噛むぞー」
高速で移動してもよかったが、それで怪我悪化したら洒落にならない。
森の中歩くも危険だ。この方法が最適だ。
すぐに屋敷に着き魔方陣を起動させシンバの家に戻った。
「2人とも、 無事か!」
魔方陣の光が収まるとシンバが待っていた。
「コイツ怪我してるから手当てが必要だ。話しは後でする」
「わかった」
ヨウを部屋に連れて行き、ボロボロの洋服を脱いでもらった。
「ん? この傷跡は……」
綺麗な布で血を拭いていたら胸に心臓を貫かれたような見覚えのある傷跡が見え指でなぞった。
「あはは、アレックスさん! くすぐったいです!」
「あ、悪い。さっきの狼にやられたのか?」
「違いますよ。この傷跡は俺が生まれた時からあったそうです」
「生まれた時から?」
「はい。両親と担当医師は慌てたみたいですが、特に異常もなくて、寧ろ、体調も良く人生で一度も病気になったことがないんです」
「だろうな」
まだニクス、シンバ、俺の3柱としか契約してなかったマスターだったが体にはかなり負担があったみたいで体調を崩した時があった。
その時に負担を軽減する為に丈夫な身体にしてやるって提案した。
ただ、その際は俺の牙でマスターの心臓を貫かなければならなかった。
失敗すれば死もあったのだが。マスターは一切迷わずやる方に即決した。
もう一度触れ僅かに感じる俺の魔力を感じ取れた。間違えないな。懐かしいな。
「この傷跡のことなんか知ってるんですか?」
「知ってるけど今は言わねーよ」
ヨウの髪をボサボサに撫でる。
「ちょ、 何するんですか!」
「病人兼怪我人はさっさと休め。それからだ」
「む。……約束ですよ」
ヨウと別れ部屋を出た俺はリビングに向かう。そこにいたのはシンバだけだ。
「リルは?」
「他のマスターを探してくるって言って出ていった。それで確定なのか?」
「ああ、間違いねぇ」
シンバに改めて朝のやり取りと孤島の事を伝える。テーブルに置いてあるティーカップに手を伸ばし、紅茶を飲んでからシンバは口を開く。
「これでマスターは3人目、か……。これもマスターが仕組んだこと、なのだろうか」
「俺に聞くな。マスターの考えはいつも斜め上すぎて分からん」
紅茶を飲み乾いた喉を潤してから続きを言った。
「この世に偶然なんてない、あるのは必然だけ。ってよくマスターが言っていただろう? マスターが仕組んだにしろ、仕組んでないにしろ、こうなることは必然だった、って話だ」
「……そうだな。ならその必然を取り逃がさないようにするだけだ」
シンバと話し終えた俺はエルに新しく用意してもらった部屋に行き、久しぶりに力を使った為かベッドに入った途端急激な睡魔に襲われ眠りに就いた。
ーー1ヶ月後。
結局あの後、急用が入りヨウに何も伝えられず、そしてレースの大会も被ってしまって1ヶ月も経ってしまった。
ようやく時間が空きヨウと会う約束を取り付けてこれから会いに行くところだ。
「アレックスさん!」
早めに来たと思っていたが、俺よりも早く待ち合わせ場所にヨウが待っていたようだ。
「待たせたな」
「俺もさっき来た所です。あ、優勝おめでとうございます。レース最高でした!」
「サンキューな。よし、取り敢えず場所移動するか。後ろに乗れ」
「はーい」
ヨウに予備のヘルメットを着用させバイクを走らせる。30分程走らせ海が見える人気のない砂浜に到着。
「海開きは来月からみたいですね! 早く泳ぎて!」
季節は夏。確かに東京はクソ暑いからその気持ちはわかる。
「孤島に行くか? あそこならいつでも入れるぞ」
「え! いいですいいです! 遠慮します!」
ヨウは全力で頭を横に振った。
よっぽど怖かったのんだな。
「冗談だ。それよりも大事な話がある」
「あの事ですか?」
「そうだ」
ヨウに全てを伝えた。俺の正体、傷跡のこと、マスターの事も。ちなみにエルにはシンバから、シキにはディックが伝えている。
「俺、魔法が使えるんですか!?」
「修行すれば使えるが、人間やめないといけなくるぞ?」
「えっ! それは困る……魔法は諦めます」
「そうしとけ。俺からの話しは終わりだ。なんか質問あるか?」
「うーん、特にはないです。あ、質問じゃないけどお願いがあって……」
「ん? 聞くだけぞ?」
「俺もアレクさんって呼んでいいですか!」
一瞬何言っんだこいつとは思ったがこんなお願いされたのは初めてだ。わ
「……好きに呼べばいいさ」
「やった! ありがとうございますアレクさん」
「……」
なんかこそばゆい感じがする。
「やっぱ呼ぶな。なんか無理だ」
「えぇ! 良いって言ったじゃないですか! アレクさん!」
「恥ずかしいんだから連呼するな!」
「え……恥ずかしいんですか?」
あっしまった。
「アレクさん、顔真っ赤ですよ?」
「うっせぇ! これ以上言うなら置いてくぞ!」
誤魔化す為に急いでバイクの所に戻る。
「わあ、ごめんなさい! 置いて行かないで下さい!」
そんなやりとりが可笑しかったのか俺は自然と口角を上げていた。ヨウに気付かれないように。