魔術師と神獣達
とある絶海の孤島。豪華な屋敷の一室のベットにて現代に生きる偉大なる魔術師が天寿を全うしようとしていた。
周りには彼が契約した十柱の神獣達が見守っている。
「マスター! 僕達の力を使ってよ!」
「そうだよ、マスター! 使ってよ!」
全てを呑み込む闇色の虎と全てを照らす純白の虎が顔を近づけて言う。この二柱は二つで一つの神獣。彼らは死と生を司る、故に力を使えば魔術師は不老不死になれるのだが、魔術師は首を横に振る。
「ダクにライ、何度も言っているだろう。お前たちの力は使わないと」
魔術師は二柱の頭を撫でる。
魔術師は人の道を外れた魔術の道を歩む時から、死ぬ時だけは人としてと決めていたのだ。だから、二柱と契約してから今日まで頑なに頭を横に振っては説明している。
「最後の私の我が儘をどうか聞いてくれないか?」
魔術師はダクとライに優しい眼差しで言う。
「最後なんて言わないでよ……」
「そうだよ……」
「二人ともマスターを困らせてはいけませんよ?」
落ち込むダクとライに、ひらひらと舞うだけで幻想的な蝶が言う。
「ニアは寂しくないの?」
「……寂しくないと言えば嘘になりますが、マスターが望んだことなら私は受け入れるだけです」
ニアと呼ばれた幻想的な蝶はそれにと続けた。
「魔術師は死ぬと輪廻転生は出来ないと言いますが、私は信じてます。いつか生まれ変わってくれると」
ダクとライはお互いに顔を見つめたあとライが口を開く。
「わかったよ……困らせちゃってごめんねマスター」
「ごめんなさい」
魔術師は俯くダクとライの頭を撫でながら言う。
「お前たちが謝らなくていい悪いのは私だ。二柱とも我が儘を聞いてくれてありがとう」
ダクとライは魔術師の顔を舐めると後ろに下がる。魔術師は人差し指を差し出すとニアは指の先にとまる。
「ニア、最後までわるいな」
「いいえ、それよりも信じてますよ? マスター」
「あぁ、約束するよ」
ニアはひらひらと舞い上がる。すると、蔦が魔術師にまで伸びると蔦の先には苔が覆い茂亀が現る。
「やっと、愚かなマスターから離れて自由に足を延ばせます」
「いつも自由だろう……最後の最後まで辛らつだなタルは」
苦笑する魔術師だがこのやり取りがもうできないと思うと寂しさを感じる。
「こら、タル! マスターになんてことを言っているんだ!」
黄金の鬣を持つ獅子がタルに注意するために話に割り込む。
「なんですか、クソノロライオン。私とマスターの話に割り込むなんて躾がなってないですね。バカなんですか? 単細胞なんですか? これだから脳筋は!」
「俺は馬鹿でも単細胞でも脳筋でもねぇ!」
「否定するんですか、この前、隠れて猫じゃらしで全力で遊んでるのをばらされたくなければ肯定しなさい」
「言ってんじゃねぇか! てか、見てたのかよ!」
「あなたは馬鹿ですか? 草木は私の配下ですよ? 私が知らない訳ないじゃないですか」
タルは植物を操れる神獣。故にこの世界の植物は全てタルの配下なのだ。植物越しにあらゆる情報を手に入れるタルの力を忘れてしまった黄金の鬣を持つ獅子シンバの失態なのだ。
「ぐぬぬ……くそ……忘れてた……」
「ふん、これだから――」
「二柱ともいいかげんにしないか!?」
タルとシンバのやり取りが見てられなく全身茶色い毛を纏う三メートル近くある大熊グリが仲裁に入る。
「ふふふ」
三柱のやり取りが面白おかしく笑ってしまう魔術師に気づき口喧嘩が止む。
「お前たちの口喧嘩は相変わらずだな」
そう言ったあと魔術師はそれぞれの名前を呼びあげる。
「タル、あんまりシンバをいじめるなよ。それと今までありがとな」
「マスターもバカなんですか? なにしれっと最後の挨拶しているんですか? 色々と言いたいことがありますからさっさと生まれ変わってきてください! ふん」
「ひでぇな……。ありがとうタル」
タルは言うだけ言って元の場所に戻る。次にシンバを見ると涙目になっていた。
「マスター……」
魔術師はシンバの触り心地がいい鬣を触り、頭を撫でる。
「そう泣くなシンバ。必ず生まれ変わるから」
「わかりましたマスター! 必ずお待ちしております! ぐす」
のしのしとグリが近づく。そして頭を魔術師の近くに乗せる。
「グリ、二柱のこと任せたぞ」
「任せてください。生まれ変わったら甘いもの御馳走してくださいね」
「ふふ、了解」
グリはのしのしと下がり、入れ替わりに白銀の毛を纏う狼と空中に漂う水球の中を泳ぐ白鯨――本来の大きさだとこの部屋に入らないため小さくなっている――の二柱が近づく。
最初に白鯨のディックの名を呼ぶ。
「ディック、また遊ぼうな」
「うん! マスター約束だよ!」
次に狼のリルを呼ぶ。
「むやみやたらに喧嘩を売るなよ」
「ふん、だったらさっさと生まれ変わって私と戦え」
にやっと不敵に笑うリルにやれやれと思う魔術師。ディックとリルが話終わると残る二柱、紅蓮の翼を持つ鳥ニクスと蒼鱗の龍アレクが前に出る。アレクも小さくなっている。
「マスター早く生まれ変わってね! 生まれ変わってよね?」
「おい、ニクス。あんま無茶を言うなよ、たく……マスターこいつらの事は任せてくれ」
「ありがとニクス、アレク」
ニクスとアレクと話し終わると他の神獣達は一歩前に出てくる。魔術師は神獣達を見渡し神獣達の名前を順番に呼ぶ。
「ダク、ライ、ニア、タル、シンバ、グリ、ディック、リル、ニクス、アレク。俺の我が儘を聞いてくれてありがとう。生まれ変わっても記憶がないかもしれない……けどお前たちと過ごした一生は忘れない。絶対忘れないから。それと、これは私からの贈り物だ受け取ってくれ」
魔術師は指を鳴らすと、神獣達のそれぞれの身体の一部にそれぞれに合う色の指輪が付けられた。
「そろそろ時間だな……ありがとうみんな……」
そう言い魔術師は瞳から一粒の涙が流れる。そして魔術師の瞼は力が抜けるように閉じていく。
神獣達は島の岬に魔術師の遺体を埋めた。
神獣達は話し合い、きっと生まれ変わってくれると信じて、魔術が衰退してきてる人の世に生きることを決めた。
一人、また一人が消えていき最後に残ったのは十柱の中で最も魔術師を好いていたシンバだ。泣きすぎて目が真っ赤に腫れているて。
「マスター……何年、何百年、何千年経っても俺はマスターのこと待っているから」
そう言い残しシンバも絶海の孤島を離れるのだった。