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身代わりの花  作者: 細井雪
本編
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レジナルド(1)





 レジナルドの家系は、国内でも古くから続く歴史ある侯爵家として名を馳せている。

 その嫡男であるレジナルドはいずれ侯爵家を継ぐ身だ。

 この世に生をなした時から将来を決められ、自由は許されなかった。


 そんな中で出会った。

 初めは、ただの異国の姫君でしかなかった。

 それ以上の感情を持つことなど想像もしていなかった。

 だが、レジナルド以上に自由を許されない身であった姫君は、異国の地で初めての自由を味わった。

 祖国では許されないだろう振る舞いや、沸き上がる好奇心に生き生きとした表情をした。


 その姿に、レジナルドは自分を重ねた。

 叶うならば自分も望みたかった、自由な振る舞いや楽しそうに笑う姿に。

 そうして二人は燃えるような恋に落ちた。

 許されないと知っていて、もしかしたら許されないからこそ、その恋は燃え上がったのかもしれない。

 二人は人知れず逢瀬を重ねた。

 共にいる時は、何にも縛られない自分の人生を生きている気になれた。

 二人が本当に落ちたのは、恋ではなく自由という願望だったかもしれない――。







 王都から出た馬車は、郊外への道を真っ直ぐに進んだ。

 向かう先は侯爵家の領地だ。

 年に一度、この時期には本家へ集まる。

 朝から天気もよく涼やかな風に吹かれながら進む馬車の中では、クリストファーが無邪気に笑っていた。

 シャーロットも笑顔を浮かべているが、どこかその表情はいつもより暗い。

 レジナルドはそれに視線を向けたが、口を閉じたまま静かに姿勢を正していた。

 外の晴れやかな空模様とは反対のそんな雰囲気を乗せたまま、馬車は静かに本家へと向かった。


 ようやく着いた本家の前にはいくつもの馬車が停まり、それだけ侯爵家が大きいことを表している。

 中庭には大勢の人々がすでに集まっており、その中央に当主である侯爵夫妻がいた。

 シャーロットは義両親になる侯爵夫妻へと深く頭を下げた。


「この度は、お招きいただきありがとうございます」


 だが、侯爵夫妻はクリストファーには笑顔を見せたが、シャーロットに対しては無表情とも言っていいほどだった。

 どこかよそよそしい態度に、シャーロットはぎこちない笑みを保ったまま視線を落とした。

 侯爵夫妻は、クリストファーを生んだ本当の母親が異国の姫君だという真実を知っている。

 後継ぎであるレジナルドの妻に、一介の侍女でしかなかったシャーロットが据えられたということに不満を持っていた。

 だが名のある貴族令嬢に、他の女性がレジナルドの子供を生む前提で妻に望むことはできるはずがない。

 仕方なく結婚を認めざる得なかったようなもので、未だに隔たりは大きかった。


「ああ……ゆっくりしていきなさい」


 侯爵夫妻は短い返事をして、早々に知人たちの方へと向かって去っていった。

 あまりにも簡素な対応に、シャーロットは惨めな思いを抱かざる得なかった。

 義両親ではあるが、侯爵という高貴な身分を前に立場の違いが大きい。

 その壁を知っているため、シャーロットのここへ来る足取りは重かった。

 周囲を見ても知り合いなどいるはずもなく、自分が場違いだということを突きつけられる。

 こういった集まりは基本的に大人の場なので、クリストファーは他の子供たちと一緒に遊ばせるべく子守りが連れて行った。

 レジナルドの方を見れば、親類縁者たちの応対をしている様子だった。

 本家に来るにあたって、レジナルドはシャーロットにどういう振る舞いをするようにといった指示をしなかった。

 形だけの妻に期待はしていないのだろうと、シャーロットは思った。

 その隣に並ぶ勇気も出ず、そっとその場から離れた。







 シャーロットが離れたことに気づかず、レジナルドは親類たちに挨拶をして回りながら、取り留めのない会話を交わした。

 元々レジナルドはこういった場は好きではない。

 親類が集まったところで話題は自分の見栄と自慢ばかりで、笑顔の裏で本音を隠している社交界と同様に腹の探り合いでしかない。

 それでも侯爵家嫡男の義務として上手く立ち回りながらやり過ごしていく。

 それにもいい加減疲れてきた頃、背後から聞き慣れた声がかけられた。


「――レジナルド」


 呼ばれた声に振り返ると、レジナルドにしては珍しく表情を変えた。


「フレデリック」

「久しぶりだな。元気だったか?」

「ああ、おまえも元気そうだな」


 どこか顔立ちの似た雰囲気の彼は従兄弟で、親し気にレジナルドの肩を叩いた。

 同じ年でもあるためレジナルドが一番を気を許している仲だ。

 しばらくは他の親類たちも一緒に話しをしながら、少ししてから二人はその輪を離れた。

 フレデリックは周囲に目を向けて、人に聞かれないことを確認してから口を開いた。


「……思っていたより、おまえが気落ちしていない様子で安心したよ」


 その重い声音に、レジナルドはこの従兄弟が心配をしていたことを感じ取る。


「おまえもあの方も知っていただろう。一緒にはなれないと」

「ああ……」


 彼はレジナルドと姫君が恋仲になった時、密かに逢瀬を重ねる際に手を貸した。

 だから、姫君がレジナルドの子を身ごもり、二人が引き裂かれた時も知っている。


「あの時のおまえは本当に楽しそうだった。そんな姿は見たことがなかったから、あの時は良かれと思っていたが、やはり止めるべきだった」


 フレデリックの声からは、従兄弟の幸せを願いながらも、許されないことと知っていて止めることもできず、加担してしまったことへの責任を滲ませていた。

 レジナルドもまた、彼にそんな後悔をさせてしまった己自身の軽率さを悔やんだ。


「もう二度とあんな真似はしない……」


 レジナルドは記憶の中にある人物を思い出した。

 美しく聡明だった姫君。

 その姿を思い浮かべて、目を閉じて打ち消す。

 過去のことだ。

 常に自分の立場を考えてきたはずなのに、たった一度だけ感情に従って動いてしまったために、その結果起こってしまったことは後悔しても遅い。

 足元に視線を落として、言葉を絞り出した。


「おまえにも迷惑をかけてすまなかった」

「レジナルド……」 


 今も姫君のことを思っているかと問われれば、正直なところ返答に困る。

 それはおそらく姫君も同じだろう。

 子ができたと分かった時、レジナルドと姫君の二人は共に逃げる道を選ばなかった。

 共に生きる将来よりも、それぞれの立場を取った。

 そうせざる得ない身分であったのも事実だ。

 だが、結果的に見ればそれが二人の選択でもあった。

 それでも自分たちが選んだ道とはいえ、心が引き裂かれるほどの痛みが残った。

 立場を弁えない振る舞いさせしなければ、そんなことにもならなかっただろう。

 そして、その余波は関係のなかったところにまで影響した。


「一番不憫なのは、こんな不条理な結婚をさせられた彼女だ」


 フレデリックの言葉がレジナルドの胸に刺さる。


「先ほど見かけた。大人しそうな女性だ。侯爵たちに受け入れられていないようで、痛ましかった」

「ああ……。彼女にも本当に申し訳ないことをした」


 両親と挨拶をしたときの対応は、あれは誰が見てもシャーロットが侯爵夫妻に認められていないと分かる。

 シャーロットがここへ来る前から浮かない顔色だったこともそれが理由だが、レジナルドはそれに気づいていながらもどうしようもなかった。

 あの場でレジナルドが何か言っても、状況は変わらないだろう。

 それだけ侯爵家では当主の権力が強い。

 あの時、必死に笑顔を保ちながらも言葉なく俯いたシャーロットの横顔が、レジナルドの脳裏に思い出された。





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