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夫婦(2)





 しばらくたった頃、シャーロットが子供部屋でクリストファーを寝かしつけていると、レジナルドがいつもより早く帰宅したことを使用人が伝えにきた。

 またすぐに出かけるのだろうかと思われたが、今日はもう出る予定はないらしい。

 それと同時に、共に夕食をという伝言を受け、シャーロットは急いで着替えた。

 家での夕食と言っても、それに合わせた格好をしなければならない。

 大急ぎで支度をして夕食の席に向かえば、先にレジナルドが待っていた。

 向かい合って食事をしながら、会話を交わす。

 だが会話といっても、レジナルドは多弁な方ではなく、シャーロットも気の利いた話をできるほどまだ慣れていない。

 どこかぎこちない空気のまま、長い食事を終える。

 席を立った時、レジナルドがシャーロットへと告げた。


「今夜は私の寝室へ」


 それが何の意味か、シャーロットには最初分からなかった。

 少ししてから、夫婦の夜のことだと気づき、化粧を施された頬を赤らめた。


「は……、はい……」


 向かう時よりも緊張した足取りで自室に戻る。

 部屋に着くと侍女が出迎えた。

 シャーロットより二十歳ほど年上の彼女は姫君に同行していた侍女の一人で、その後もシャーロットの世話をするべく一緒にこの国に残り、屋敷内では唯一クリストファーの出自を知っている者だ。

 シャーロットは彼女を見ると、静かに唇を開いた。


「……例のものをください」


 そう言うと、侍女は了承したと言う風に頷いた。







 部屋の中にもう一つ扉があることは知っていた。

 夫婦の寝室につながる扉だ。

 これまで一度も開けることのなかった扉を、静かに開く。

 中を伺うと、薄暗い寝室の中に浮かぶ灯りの側で、椅子に腰かけて本を読んでいるレジナルドの姿があった。

 いつもは後ろに流している髪が額にかかり、服装も就寝用のガウンを羽織っている楽な格好だ。

 椅子に座って組まれた長い足が伸びる様などは、貴族らしい優美という表現がよく合う。

 レジナルドはシャーロットの方を見ると、手に持っていた本を置いた。


「こちらに」

「は、はい……」


 呼び寄せる声に、シャーロットは震える足取りで近づいた。

 レジナルドは椅子から立ち上がり、目の前に立つシャーロットの頤を指先で持ち上げて引き寄せる。

 シャーロットは自分の唇に少し冷たい感触を感じて、これが初めての口づけだということに気づいた。

 書類上は妻であり子供もいるのに、なんておかしな話なんだろうと、心のどこかで思う。

 長い口づけに呼吸の仕方も分からなかった。

 唇が離れると反射的に大きく息を吸い込み、足元が不安定に揺れる。

 その体をレジナルドが腕で支えると、そのまま寝台へと運んだ。


 二度目だから大丈夫だろうか。

 そんな風にシャーロットは思っていたが、やはりそう簡単にはいかなかった。

 前と同じようにほとんど目をつぶって、最後までシーツを握りっぱなしだった。


 肩で息をしながら寝台に横たわっていると、レジナルドが身を離すのが伝わった。

 視線だけを動かし、寝台から出る後ろ姿を視界の端に映す。

 レジナルドと顔を合わせることは緊張すると思っていたが、背を見ることはもっと落ち着かないものだとシャーロットは知った。

 向けられた背が、まるで自分の存在にも背かれているように感じる。

 その瞬間、熱かった体が一瞬で冷えていくような気がした。

 静かな足音が遠ざかっていくのが耳に届く。

 この屋敷の主はレジナルドなので、寝室を出て行かなければならないのは自分の方だと思った。

 まだ体は鈍く痛み気怠いが、どうにか体を起こす。

 けれど思った以上に疲労しているらしく、前のめりに倒れそうになった体を、横から伸びてきた手が支えた。


「何をしている」

「旦那様……」


 レジナルドはシャーロットを横にさせると、手に持っていた布を汗ばんだ肌に滑らせた。

 素早く体を拭って清めると、シャーロットに夜着を着け直させる。


「休んでいろ」


 茫然とした表情でされるがままだったシャーロットの体に毛布がかかる。

 隣にレジナルドが横になるのを見て目を瞬かせた。

 自分はここにいて良いのだろうか、そんなことがシャーロットの頭を巡る。

 だが疲労していた体は、温かな毛布によってすぐに眠りへと誘われた。

 夫婦なのだ。

 そんなことを考えながら、シャーロットは意識を微睡ませた。





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