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身代わりの花  作者: 細井雪
番外編
23/24

未来へ(2)





 シャーロットは春に娘を出産した。

 生まれた子供はアメリアと名づけられた。


「お母様。アメリアを抱っこさせてください」


 揺りかごの中を見つめていたクリストファーは、きらきらと目を輝かせてお願いをする。

 シャーロットは頷くと、揺りかごの中で笑っている小さな体を抱き上げた。

 クリストファーは妹のことがとても可愛いらしく、いつも一緒にいる。


「首を支えてあげるのですよ」

「はい!」


 クリストファーは安定している椅子に行儀よく腰かけてから、慎重な手つきで小さな妹を受け取る。

 そうして自分の腕の中を覗き込めば、同じ緑色の瞳が嬉しそうに笑い返した。

 その二人の姿を見て、シャーロットは昔の自分と重なり懐かしく感じた。

 同じように弟を抱っこして、両親が温かいまなざしを向けていた、幸せな思い出だ。


「ここにいたのか」


 子供部屋の扉が開く音がして、聞き慣れた声が届いた。


「お父様、お帰りなさい!」

「旦那様。お帰りなさいませ」

「ああ。何もなかったか?」

「はい」


 レジナルドはシャーロットとクリストファー、そして腕の中に抱かれた娘を見て表情を和らげる。

 子供部屋にレジナルドが訪れると、控えていた子守りや侍女たちは静かに退室して四人だけになった。

 シャーロットがクリストファーの時と同じように自分の手で子育てを望むので、子守りたちもあまり介入しすぎないようにしている。

 そのため子供部屋で見られる光景といえば、シャーロットがアメリアをあやしている側にクリストファーがくっつき、その周りで子守りたちが見守っているというものだ。


「今日もアメリアと一緒に遊んでいたのか?」

「うん! でもアメリアはいつも眠ってばかりなんだよ。お庭でも一緒に遊びたいのに」

「赤ちゃんはたくさん眠って大きくなるのよ」


 クリストファーは妹と一緒に早く庭を駆け回りたいらしい。

 あと数年はかかりそうな言葉にシャーロットが微笑みながら言うと、クリストファーは腕の中の妹を見てから視線を上げた。


「ぼくも? ぼくも赤ちゃんのとき、こんなだったの?」

「ええ。たくさん眠って、たくさん泣いて大きくなったのよ」


 シャーロットはクリストファーがもっと幼かったころを思い出した。

 ついこの間までは小さな足で一生懸命歩こうとして、舌足らずな言葉を何度も繰り返していたのに、子供の成長はあっという間に過ぎてその早さを感じる。


「じゃあ、たくさん眠って早く大きくなって、一緒に遊ぼうね」


 クリストファーは妹の丸い頬に頬ずりをした。

 二人が庭で遊ぶ姿が想像できて、シャーロットはレジナルドと顔を合わせて微笑んだ。

 しばらくそうして過ごしながら、レジナルドがクリストファーの就寝時間が近いことに気づいた。


「クリストファー。そろそろ眠る時間ではないのか?」

「でもまだ抱っこしていたいです……」

「また明日、一緒に過ごせば良い」

「はい……」


 言葉とは反対に明らかに残念そうな顔をしているクリストファーに、アメリアを受け取りながらシャーロットは声をかけた。


「明日、お庭を散歩しましょう」

「はい! ぼく早起きするね。お休みなさい、お母様」

「ええ、お休みなさい」

「お父様、お休みなさい」

「ああ。お休み」


 シャーロットの提案に機嫌を良くしたクリストファーは、二人に就寝の挨拶をして子守りと一緒に自分の部屋へ戻った。

 おそらく明日はいつも以上に早く起きるだろう。


「クリストファーはアメリアに構ってばかりだな」

「良いお兄様をしています」


 レジナルドはシャーロットの腕の中に抱かれたアメリアを見つめ、小さな頭をそっと撫でた。

 その表情はとても柔らかく、シャーロットは頬を緩ませた。


 子を宿したと分かった時、シャーロットは少し不安になった。

 自分が生む子をレジナルドが愛してくれるだろうかと。

 けれど、アメリアが生まれた日、レジナルドもクリストファーもとても喜んでいた。

 何よりもクリストファーは妹ができたことが嬉しいらしく、毎日のようにアメリアの元へ訪れては可愛がっている。


 ただ、本家の侯爵夫妻にもアメリアが生まれたことは報告したのだが、事務的な手紙が返ってきただけだった。

 いまだ本家とは隔たりがあるが、それでも返事があっただけまだ良かったというべきか、シャーロットはそう思うしかできなかった。

 レジナルドが気にするなと言ってくれたことだけは、シャーロットを安心させた。


 その時、シャーロットの腕の中でアメリアが瞳を揺らして泣き始めた。

 震えるような泣き声が上がる。


「どうしたの、アメリア。お兄様と離れて寂しいの?」


 ぐずるように泣くアメリアに、シャーロットは背を撫でてあやした。

 小さな手が力いっぱいシャーロットの服を握りしめている。


「良い子ね、可愛いアメリア」


 手で包み込むように背を撫でる。

 シャーロットの腕の中で温もりに安心したのか、泣き声は次第に小さくなっていった。

 それを見つめていたレジナルドは、懐かしい過去の光景が脳裏に蘇り、目の前の姿に重ねた。


「……昔、まだクリストファーがこのくらいの時にもあったな」

「え……?」

「夜中に泣いていたクリストファーをあやしているところを見た」


 夜中にシャーロットがいないことに気づいて、子供部屋で幼かったクリストファーを抱いてあやしていた姿を偶然見た夜。

 きっとあの夜からレジナルドの心にシャーロットの存在が焼き付いた。


「気づきませんでした……。その時にお声をかけてくだされば良かったですのに……」


 覚えがなかったことにシャーロットは気恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。

 そんな仕草も、あの頃と同じ穏やかさも、変わらないことの安心感というものをレジナルドは初めて知った。


 あの時、声をかけられなかった理由が今になって分かる。

 幼かった頃に両親にあやされた思い出のなかったレジナルドには、あまりに自分の知らない光景で立ち入ることができなかったのだ。


 それが今はこうして隣に並び、家族で過ごすことが日常になっている。

 この日々を表す感情をレジナルドは知った。


「愛している」


 突然告げられたその言葉に、シャーロットの頬に朱が走る。

 多弁でないレジナルドはあまり気持ちを口にすることはない。

 それでも、その声は草花が水を吸収するようにすっと浸透していった。


「旦那様、私は幸せです……。とても、幸せです……」


 前にレジナルドが幸せにすると約束した言葉は、もう大分前に叶えられているとシャーロットは思った。

 肩を抱く優しい手に、この温かさがきっと幸せだというのだろうと、そう感じながら身を預けた。






これにて本編、番外編共にとりあえず完結です。

お付き合いくださりありがとうございました!

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