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身代わりの花  作者: 細井雪
番外編
21/24

クリストファーの一日


一度書いてみたかったクリストファー視点の話です。





 クリストファーの一日は、子守りに起こされることから始まる。


「さあさあ、坊ちゃま。朝でございますよ」


 毛布の中から顔を出して、まだ寝ぼけ眼のままあくびを零した。

 ゆらゆらと揺れる体を子守りに支えられながら着替えをして、薄茶色の柔らかい髪をくしで梳いて寝癖も整えられる。

 そうしている内に、ようやくクリストファーの目もはっきと覚める。

 身支度が整えば、子供部屋から出ようと扉の方へ向かった。


「お母様に朝のご挨拶してくる」


 クリストファーはいつも朝の支度が済めば、シャーロットの元へと向かう。

 けれど、この日は違った。


「今日はお母上様は朝から外出していらっしゃいます」

「いないの?」

「はい。昼過ぎにお戻りの予定です」


 子守りの言葉に、クリストファーの眉が下がってしまう。

 以前はいつも屋敷にいたシャーロットだが、最近は出かけることが多い。

 貴族の妻としての役目を覚えようと頑張っているのだが、幼いクリストファーにはその辺りの事情はまだ理解できず、以前ほど一緒にいられないことが寂しかった。


「お母上様もお忙しいのです。わがままを言ってはいけませんよ」

「はぁい……」


 そう諭されて、クリストファーはやや不満げな表情ながらも頷いた。

 わがままを言ってはいけないと言われては、それ以上ごねることはできない。


 けれどまだまだ母親に甘えたい年頃。

 いつもであれば、おはようと言ってくれる優しい声が聞けないことに、途端に気分が沈んだ。

 美味しいはずの食事も、今日は何だか味気なく感じてしまう。

 朝食を食べ終えた後は庭で遊ぶことにしたけれど、やっぱりあまり楽しくない。

 それでも、飛んでいるバッタを見つけると少しは気分も浮上し、草から草へと飛び跳ねるのを追いかけて、側にいた子守りたちをこの日もどんどん引き離していく。


 そうして広い庭を駆け回っている内に、クリストファーは見慣れない人影を見つけて足を止めた。

 裏口から近い勝手口のところに、荷を持った男性と子供の姿だ。

 男性は貴族の服装ではなく、側にある荷から見て屋敷に物を届ける商人だろう。

 その隣にくっついている子供は、クリストファーより少し年上くらいの少年で、父親の手伝いとしてついてきたようだ。

 その少年は視線に気づいたのか、くるりと振り返った。


「君、ここの子?」


 少年がクリストファーに向かって尋ねると、側にいた父親らしき男性は振り返って慌てた。


「こら、坊ちゃまに何て口の利き方を……っ」

「子供同士ですから、あまり畏まらなくてよろしいですよ。主もそう言うでしょうから」


 応対をしていた家令は特に咎めず苦笑していたが、父親の方は恐縮しきっている様子だった。

 少年はまだ子供だからか身分というものに囚われず、まっすぐにクリストファーを見つめている。

 これまでクリストファーの身近には、年の近い子供はいなかった。

 同世代の子供の存在に、クリストファーの好奇心が沸き上がる。


「あそぼ!」


 クリストファーがそう言うと、少年は父親の方を見上げた。


「ねえ、お父さん。遊んできていい?」

「……ご迷惑をかけないようにするんだぞ」


 父親の方は屋敷の子息が相手ということに緊張と不安が入り混じった様子だったが、少年の方は父親の許可を貰うと笑顔になってクリストファーの隣に並び、二人は一緒に庭の方へと駆け出した。

 少年はいつも裏口の辺りまでしか入ったことがなかったのか、庭の眺めに目を見張りながらクリストファーの後に着いていく。


「すごい広いんだね!」

「向こうまで駆けっこしようよ」

「じゃあどっちが早いか勝負だよ」

「うん!」


 少年の言葉にクリストファーは頷き、庭の端まで競い合った。

 互いに追い越し追い越されながら庭中を駆け回り、途中で昆虫や鳥を見つけると一緒に追いかけた。

 庭の大木に少年が登り始めると、クリストファーも真似をしようとして途中まで登り、子守りが見れば卒倒しかねないこともした。

 けれどクリストファーにとっては、同世代の子供と遊ぶことはとても新鮮で楽しかった。

 二人はひとしきり庭を駆けまわった後、芝生の上に並んで寝転んだ。


「ねえ。君、名前は?」

「クリストファーだよ」

「ぼくはノア。よろしく、クリストファー!」

「うん! よろしく、ノア!」


 ノアが差し出した手を、クリストファーは笑顔で取って握手をした。

 二人は芝生に寝転びながら、色んな話をした。


「ねえ、ノアはいつも家に来るの?」

「毎日じゃないけど、時々お父さんの手伝いで一緒に着いて回るんだ。うちはお店をやってるから、お母さんが店番をしてお父さんと兄ちゃんたちが配達をしてるんだよ。ぼくも早く兄ちゃんたちみたいに一人前になるんだ」


 そう言うノアの目はきらきらとしていて、さほど年は変わらないはずなのに、クリストファーにはすごく大人に見えた。


「君はここのお屋敷の子だから、後を継ぐんだろ?」

「うーん……。お父様忙しいから、お仕事よく分からない……」


 尋ねられたクリストファーは考えてみたが、多忙な父親がどんな仕事をしているのか詳しくは知らなかった。


「君のお父さんってどんな人?」

「あのね、お父様はすっごく格好良いんだよ! 背が高くてね、時々肩車してくれるんだ!」


 仕事のことは知らないけれど、好きなところはいっぱいある。

 無口であまり笑ったりはしないが、大きな手で頭を撫でて貰うととても嬉しくなる。

 そしてもう一人、クリストファーの大好きな存在。


「お母様はね、いつもにこにこして優しいんだよ! ぼくね、お母様が大好きなんだ。でも、今日は朝からおでかけしてて、いないんだ……」


 声を張り上げて説明していたクリストファーだったが、朝からシャーロットの姿を見ていないことを思い出して、急に覇気をなくした。

 しょんぼりとしたクリストファーに、ノアが慌てて慰めようとする。


「いい子にして待っていたら、きっとすぐ帰ってくるよ!」


 彼がいつも兄たちに言われている言葉なのだろうか。

 ノアの励ましにクリストファーは小さく頷いた。

 しばらくして、庭の向こうからノアを呼ぶ声が聞こえた。

 家令がクリストファーのことを呼ぶ声も続く。


「あ、お父さんの声だ」


 二人は一緒に裏口の方へと戻った。

 仕事を終えたらしいノアの父親と家令が先ほどと同じ場所で待っていた。

 帰る直前、クリストファーはノアへと声をかけた。


「ねえ、また遊んでくれる?」

「もちろんだよ! ぼくたち友達だからね!」


 ノアが言葉に、クリストファーは嬉しそうに笑って、家令と一緒に親子を見送った。


 そこにようやく追いついた子守りが、葉っぱまみれになっているクリストファーを見て悲鳴を上げたので、着替えをしてちょうど昼食の時間となった。

 朝はあまり食が進まなかったけれど、たくさん遊んだためか昼食はいつもより多く食べた。

 食事を終えた後、クリストファーは玄関へと向かってみた。


 けれどまだ帰ってくる気配はない。

 ノアが、いい子にしていればすぐに帰ってくると言っていた言葉を思い出し、クリストファーは大人しく待つことにした。

 時々窓の外を気にしながら、馬車の音がしないか耳を澄ます。

 そうしている内に、たくさん遊んだためか、いつもより疲れて眠くなってきた。

 帰ってきたらすぐ分かるように起きていなければと思いながらも、睡魔には勝てず目がとろんと閉じていく――。








「――……ファー。――クリストファー」


 優しい声。

 それは大好きな声。


「クリストファー。あまりお昼寝しすぎると、夜に眠れなくなるわよ」


 優しく肩を揺すられ、クリストファーはぱちっと目を開いた。

 顔を上げてみれば、そこには朝から探していた姿があった。


「お母様!」


 クリストファーは両手を大きく広げて飛びついた。

 小さいけれど力強い体をシャーロットは抱き留める。


「まあ、クリストファー。どうしたの?」

「あのね、お母様にお話ししたいことがたくさんあるの。あのね、あのね、今日はいっぱい遊んだんだ! あと、ぼくお友達ができたんだよ!」


 午前中話しをできなかった分も、たくさんお喋りをしたかった。

 話したいことはいっぱいある。

 友達のことも。

 木登りをしたことも。

 そして、また遊ぶ約束をしたことも。

 楽しそうに色々なことを話すクリストファーに、シャーロットは頷きながら耳を傾けた。


 その夜、帰宅したレジナルドにもクリストファーは昼間のことをたくさん話し、こんなにもお喋りをするのだと父親を驚かせた。


 少し成長した、そんな一日の話。





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