二度目の本家(1)
一年前と同じように、本家に集まる季節が訪れた。
けれど、まるで周囲に壁が築かれていたように息苦しかった一年前とは違って、シャーロットは穏やかな気持ちでその日を迎えられた。
その理由は、この一年で会話や外出といった交流が増え、家族らしくなったからだろう。
馬車に乗ったクリストファーは、遊びに行くと思っていたのか、側に座るシャーロットをはしゃいだ様子で見上げた。
「どこいくの?」
「お祖父さまとお祖母さまのところよ。良い子にしてね、クリストファー」
「うん!」
元気な声を上げるクリストファーにシャーロットは笑顔を向けた。
その向かいに座ったレジナルドも、穏やかな笑みを浮かべている。
一年前は静かだった馬車での移動も、今年はクリストファーが大分言葉を覚えたこともあってか賑やかに過ぎた。
本家に到着するとすでにたくさんの馬車が並んでおり、中庭には親類たちが大勢集まっている。
まずは当主である侯爵の元へ挨拶に行ったが、去年と同様にシャーロットには短い返事しかしなかった。
分かっていたこととはいえ少し辛かったが、シャーロットは仕方ないと思いあまり俯かないようにするしかなかった。
「レジナルド」
「フレデリック。久しぶりだな」
中庭に戻ると、従兄弟であるフレデリックがレジナルドに声をかけた。
フレデリックの視線が隣に並ぶシャーロットへも向けられると、慌てて頭を下げた。
「フレデリック様。本日はよろしくお願いいたします」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。ただの親戚の集まりなのだから」
去年は挨拶だけしか交わしていないが、気負わせないフレデリックの言葉に、シャーロットは先ほど沈んだ気分が浮上するようだった。
フレデリックはシャーロットの後ろに隠れていたクリストファーにも目を向ける。
「そっちがレジナルドの息子か? 前に会ったときはまだ赤ん坊だったのに、子供の成長は早いな」
「ああ。クリストファー、こちらに来て挨拶をしなさい」
「……こんにちは、クリストファーです」
クリストファーは少し人見知りをしたが、フレデリックが父親とどこか似ていることもあって安心したのか、前に出て教えられた通りに挨拶をした。
きちんと挨拶をできたクリストファーの頭をレジナルドが撫でれば、はにかむような笑顔を浮かべた。
「少し回ってくる」
「はい。クリストファーを他の子達と遊ばせてきます」
「ああ、頼む」
レジナルドはシャーロットにそう言って、フレデリックと共にその場から離れた。
少し進んでから、フレデリックは振り返らずに視線だけを後ろに向けて、ぽつりと言葉を零した。
「……少し、意外だった」
「何がだ?」
レジナルドが何のことだろうかと問い返すと、フレデリックはどこか安堵したような視線を向けた。
「一年前より、彼女の雰囲気が明るくなっている」
フレデリックは、記憶にある一年前のシャーロットの俯いていた印象を思い出した。
微笑みを浮かべながらも、寂しそうに下を向いていた、そんな記憶だった。
それが今日見たときは、控えめなところは変わらないが、明るい表情でレジナルドと話をしていて驚きを感じたものだ。
その言葉を受けて、レジナルドは僅かに頷いた。
「ああ……。自分が、何も見ていなかったことに気づかされた」
視線を足元に落として少し歩みを遅くさせると、フレデリックもそれに合わせた。
「クリストファーが泣けば、抱いてあやすんだ。私は、両親にそんな風にされたことなど一度もなかった」
フレデリックが言葉なく頷いて同調する。
それは貴族にとっては珍しいことではなく、そうして育てばそれを普通だと思う。
レジナルドもそう思っていたからこそ、初めて知ったあの夜に驚き、それ以来シャーロットのことを見るきっかけになった。
この一年で大分成長して今では夜に泣くこともほとんどなくなったが、シャーロットはクリストファーが泣いた時には子守りを呼ぶのではなく自分の腕で抱いてあやす。
レジナルドの記憶の中の両親というのは、めったに顔を合わせることもなく、何かあるときに指示をするだけで、泣いたときにあやすのは子守りの役目だった。
レジナルドが知っている家族というものと、シャーロットはあまりにも異なった。
けれど、それは悪い意味ではない。
「こんな風に穏やかな日々は初めてだ」
レジナルドは侯爵家の後継ぎとして教育を受け、目立つことを好むわけではないが、常に人に負けないように意識して、自分にも他人にも厳しい性格だ。
だがシャーロットはそれとは逆で、穏やかな暮らしを望み、控えめで多くを望まない。
クリストファーが泣いたときには抱いてあやし、温かく見守る優しさのおかげで、クリストファーはシャーロットにとても懐いている。
シャーロットでなければ、レジナルドはここまで子供に関わることもなかっただろう。
きっと貴族の教育に倣って、子守りや家庭教師に任せていたはずだ。
遠出して遊び行ったり、楽しそうにはしゃぐ姿にも気づかなかったかもしれない。
この穏やかな日常を味わうこともなかっただろう。
「……そうか。うまくやっているようで良かった」
フレデリックが表情を和らげてそう言ったとき、後ろから使用人が恭しくレジナルドに声をかけた。
「――大旦那様がお呼びでございます」
その言葉に、レジナルドが眉をしかめる。
レジナルドとフレデリックの二人を見送ったシャーロットは、共に来ていたデボラを振り返った。
「デボラさん。クリストファーを子供部屋に連れて行っていただけますか?」
「畏まりました」
去年と同じように、子供たちは一緒に遊んでいるはずだ。
その言葉を聞いたクリストファーが、シャーロットの袖をつかんで見上げた。
「いっしょに?」
「お友達と遊ぶことも大事よ。さっきみたいにご挨拶ができたら、すぐ仲良くなれるわ」
森に遠出して以来は時々外へ遊びにも連れて行っているが、あまり同世代の遊び相手は近くにいないので、こういう機会に子供同士で遊ぶこともさせたいとシャーロットは思った。
クリストファーは一瞬だけ物怖じしたものの、シャーロットに背を押されると笑顔で頷いた。
「いってらっしゃい、クリストファー」
「うん!」
デボラに付き添われて行くクリストファーが何度も手を振るのを、シャーロットはその姿が見えなくなるまで振り返した。
そして、少し足が重いのを感じながらも、侯爵家の親類たちが集まっている場所へと向かった。
嫡男であるレジナルドの妻として、本来ならばシャーロットはもてなす側に回らないといけない。
昨年もレジナルドは特に指示はしなかったが、それではいけないことを頭では分かっていながらも侯爵家の雰囲気に圧倒されて何もできず、裏庭へと逃げてしまった。
けれどこの先もそうし続けるわけにはいかないと思い、周囲に自分にできることを尋ねた。
侯爵夫妻がシャーロットのことをあまり良く思っていない態度なため、他の親類たちもどこかよそよそしくはあったが、それでも返事をしてくれたことにシャーロットは少し安堵した。
「では、お客様がいらしたから当主をお呼びしてきてくださる?」
「分かりました」
その言葉に頷き、屋敷の中へと向かった。